第7話 衣装作り

 高校の放課後、悠太郎は廊下であるものを見ていた。見ているのは掲示板に張り出された期末試験の結果。この清華せいか高校では試験の成績上位者を張り出すのだ。個人情報に煩い昨今、よくも大々的に張り出せるなと悠太郎は思う。実際、張り出しに関して生徒や保護者からクレームが出ているらしいが、それでも学校側はやめない。競争心を煽った方が、生徒全体の能力が向上するからと。

「今回の試験は出来が良かったな」

 悠太郎の順位は十四番目。清華高校の一年生は二百四十人おり、その中でも十四番目なのだから誇っていいと自分でも思う。悠太郎は視線をそのまま右へ。三十番目に凛奈の名前を見つけた。

「凛奈さんも結構いいな」

 凛奈は悠太郎と毎晩勉強会をしていたため、かなり成績が上がった。凛奈の両親もご満足の様で、昨日父親がわざわざ電話で、「面倒を見てくれてありがとう。これからも娘を末長くよろしくお願いする」と礼を言ってきた。末長くという言葉に少し引っかかったが、凛奈のアイドル活動が制限されなかったことは喜ばしいこと。

「悠君」

 振り向くと帰り支度を整えた凛奈が立っていた。

「今日、衣装の準備とかするんでしょ? 早く行こう!」

 凛奈は目を爛々と輝かせている。アリドルとして活動することが、楽しみで仕方がないのだろう。

「ちょっと俺の荷物取ってくる」

 悠太郎は自分の教室で荷物を手にした後、凛奈と一緒に校舎を出た。校庭では野球部が大声を上げならノック練習をし、悠太郎達の横を陸上部が走りながら通り過ぎる。

 まさに青春という光景を目にし、悠太郎は彼らから爽やかな青春パワーを分けてもらう。部活に打ち込む生徒を見ると、自分もなんだかテンションが上がる。

「そういえば、悠君は部活に入っていないの?」

「うん、入っていないよ。中学時代はバドミントン部に入っていてさ、高校でもやろうかなって。だけど、去年に廃部してた。何か入ろうかなって一応探してはいたけど、高校入学してすぐに姉さんにアルバイトにさせられてさ。アルバイトが忙しくて、部活に入らずそのまま帰宅部。凛奈さんは?」

「私も入っていないよ。本当はね、茶道部に入ろうと思っていたんだけど、今年の部員が私を含んで新入生の二人だけだった。同好会の条件も満たせなくて、結局解散しちゃったの」

 悠太郎は少子高齢化の煽りを受け、全国で部活が相次いで廃部になっているというニュースを思い出した。この清華高校も例に漏れないようだ。

「なるほどね。我々は部活に入らない代わりにアリドルの活動を頑張ろうか。あ、今日は事務所には行かないよ。直接ウチの衣装係に会いに行く。凛奈さんの衣装を作りにね。一応、ここから歩いていける距離」

「衣装作り? それは楽しみ」

 凛奈は笑いながらスキップするような軽い足取り。そんな凛奈の様子に、悠太郎もつられて口角を上げる。


 悠太郎達が尋ねたのは、ホープという名前の小さなアパレル店。レンガ作りのシックな店であり、路地裏に構えていることから、秘密の隠れ家のような印象を受ける。

「あれ? 今日は衣装を作りにきたんだよね?」

 凛奈は店を見て、パチクリと瞬きをする。どうやら彼女は衣装作りを専門としている工房や事業所を想像していたようだ。

「とりあえず、お店に入ろうか」

 悠太郎は凛奈を連れて店の中へ。ドアベルが鳴ると、「はーい、いらっしゃいませ!」という女性の声が聞こえてきた。悠太郎達の前に現れたのは、二人の女性店員。アパレルの店員だけあって、流行を取り入れたオシャレな服装をしている。店員達にはもう一つ特徴があった。それは顔がとても似ているということ。

「こんにちは、まれさん、のぞみさん」

 悠太郎は店員達に挨拶。

 彼女達の名前は麻井希と麻井望。ミディアムカットの方が姉の希であり、腰まで長いロングヘアーが妹の望である。姉妹でホープを経営している。

 希は凛奈に目を向ける。

「悠太郎君、その子って」

「はい。燐堂凛奈さんです」

 希は凛奈に駆け寄り、ぎゅーと抱き寄せる。

「聞いていた通り、可愛い子だ! いや、想像以上。眼も本当にオッドアイだ! すごい!」

「あ、あの。えっと」

 凛奈は急に抱きつかれたことに驚き、目を白黒させる。

 望が希の襟首を掴み、凛奈から強引に引き離した。

「お姉ちゃん、凛奈ちゃん困ってるでしょ」

「あはは、ごめんね。可愛くてつい」

 希は望の横に立ち、ごほんと咳払い。

「では、改めまして。燐堂凛奈ちゃん、私達のお店、ホープへようこそ。私は麻井希、こっちが妹の望。凛奈ちゃんの衣装担当でーす」

「凛奈ちゃん、よろしくね」

「よろしくお願いします」

 悠太郎は麻井姉妹について補足。

「希さん達はうちの事務所のアリドル。つまり凛奈さんの先輩。本業でアパレル店の経営をしていて、服のデザインと製造が得意。それを生かして、ファッションショーや裁縫のパフォーマンスを配信している。うちのアリドルは彼女達に衣装を作ってもらっているんだ」

 大手芸能事務所だと事務所の専属デザイナーや契約している有名デザイナーがいるが、弱小事務所の太田芸能事務所にそのような人間はない。所属しているアリドル同士で助け合っている。

「このホープの服は希さんと望さんが全て自分で手がけたもので、中高生にかなり人気。アリドルが着ている衣装も可愛いって評判」

 ホープの店舗はこの小さな店のみだが、売上は決して悪くない。

 AR技術が発展している現在、自宅でARによる試着で服を確認するというのは常識。客は店舗に訪れることすらしない。各アパレル店は費用削減のために店舗を減らし、ネット上での売買を主体としている。ホープはその典型的な例。希と望はアリドルとして活動することで、自身の店を宣伝をしている。

 希は自分の胸を、自信を表すように強く叩く。

「自分で言うのもなんだけど、アリドルの衣装作りは得意。だから、凛奈ちゃん安心して。君に似合う服を作るよ!」


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