第5話 デビューへの道のり
放課後、悠太郎と凛奈は一緒に学校から直接その足で事務所に来た。
悠太郎は凛奈を空いているデスクに適当に座らせ、凛奈と今後の話をすることに。
凛奈の担当職員は悠太郎がやることとなった。最初はアルバイトの自分がアリドルを受け持つのかと驚いたが、他の社員はこれ以上担当を受け持つのは人数的に難しいとのこと。それに同年代の方が仲良くやっていけるだろうと、社長の太田が判断したのである。
「燐堂さんのデビューについてだけど……」
「ちょって待って」
デビューの流れを説明しようとする悠太郎を、凛奈は制止。
「どうしたの? 何か疑問点でも?」
「名前」
「へ?」
「苗字じゃなくて下の名前で呼んで。これから一緒に活動する仲間だし、君と私は同い年でしょ。苗字は他人行儀に感じちゃう」
「そんなもん?」
「そんなもん。だから名前で呼んで」
悠太郎は
「じゃあ、改めて凛奈さんのデビューについて話をする。まずデビューの時期だけど、事務所の考えとしては高校の夏休み中に凛奈さんをデビューさせたいと思っている」
高校生である凛奈は夏休みの間、アリドルの活動に多くの時間を割くことができる。また他の学生も夏休みは暇であり、アリドルのライブを視聴する子が増える。学生達をファンとして引き込むには、この期間がうってつけという判断だ。
「今は七月中旬。だから、デビューまでの時間は一ヶ月半しかない。だから、かなり駆け足でデビューの準備をするね。大変だと思うけど頑張ろう」
「うん」
「じゃあ、早速話を始める。質問があれば、手を挙げてください」
「はい、悠君先生」
「まずはアリドルの歴史。これはパフォーマンスとは直接関係ないけど、基本知識として覚えていてほしい」
アリドルという存在が生まれたのは、今から五年前。きっかけは北海道のとある自治体の町興しだ。日本の地方都市は少子高齢化と都心への人口流出に苦しんでいる。それはこの自治体も同じ。町興しのアイディアを募集した結果、都内のあるベンチャー企業が手を挙げた。ベンチャー企業の名前はソムニウム社。AR技術を用いた教育や行政サービスを提供している企業だった。
ソムニウム社が提示したアイディアは自治体が運営しているローカルアイドルのライブにARを用いて、ド派手なパフォーマンスを行うというもの。このローカルアイドルも町興しの一貫としてグループが結成されたのだが、鳴かず飛ばずであり運営に苦労していた。
初めてのARを用いたライブは雄大な北海道の土地を背景とした迫力あるものだったのだが、結果としては惨敗。客はまったく来てはくれなかった。だが、ライブを繰り返す内に口コミが広がり、瞬く間に世間で大人気となる。ライブを開催する度に大勢の客が来場し、自治体に莫大な金を落としていった。
この成功例を見ていた他の地方自治体もすぐに飛びついた。我も我もとARを使ったアイドルのライブが各地で急増。ARを使ったパフォーマンスを行うアイドル達は、いつしかアリドルと呼称されるようになった。
「ここまでがアリドルの歴史。凛奈さん、大丈夫? ついてこれてる?」
「大丈夫」
「なら、次はパフォーマンスの話に入るね。知っての通り、アリドルはARを使ったパフォーマンスを行う。一昔前は歌とダンスを行うアイドルのことをアリドルと言ってた。だけど、今は様々なパフォーマンスがあって、ARを使った配信を行う人の全般ことをアリドルって言う。凛奈さんは歌と踊りのパフォーマンスがしたいんだよね?」
「うん」
「歌と踊りは今も人気が根強い。華やかで目立つから。故に競争率がかなり高い。ライバルに勝つために、相応の努力をしないといけない」
「もちろん、わかってる」
「よろしい。次はパフォーマンスの配信について説明する」
悠太郎は自分のカバンからあるものを取り出す。それはSF映画に出てくるようなゴーグルだった。
「このARゴーグルはどういうものかわかるよね?」
「その名の通り、ARを見るためのゴーグル。学校の授業でも使ってる」
「うん。アリドルと共にAR技術も世間に浸透していった。今や学校の教育から行政の手続きなど幅広い分野で用いられている。ちなみにだけど、日本の各種ARサービスとARゴーグルのほとんどはソムニウム社製。特にARゴーグルはシェア九割」
「そりゃすごいね!」
「そう、すごい。んで、話を戻すね。アリドルの配信を見る時には、このARゴーグルを装着する。配信は大きく分けて二種類存在。ロケーションタイプと、フリータイプ」
一つ目のロケーションタイプは観客が指定された特定の場所に赴き、ARゴーグルを装着することで見られるもの。ロケーションタイプのメリットは広い会場で迫力あるARの演出を見られること。
二つ目がフリータイプ。フリータイプは場所に囚われずにアリドルのパフォーマンスを視聴できる配信であり、観客は自室にアリドルの姿を投射し彼らの様子を見る。狭い部屋でも見られるようにこじんまりとしたパフォーマンスが多いが、アリドルが自分のすぐ近くにいるみたいに錯覚できる。
「凛奈さんのデビュー配信は、ロケーションタイプで行う。派手なパフォーマンスの方が人々の印象に残りやすい」
「ふむふむ」
「ここからがとても重要な話。凛奈さんのパフォーマンスは歌と踊りだけど、まずは歌を準備する必要がある。当然だよね。凛奈さんにはパフォーマンスのための曲を探してほしい」
凛奈は元気よく挙手。
「 悠君先生、曲を探すとはどういう意味ですか?」
「通常他人の歌を使う場合は、その人に使用料を払う必要がある。だけど、アリドルの配信では歌ってもよいと、許可されている曲があるんだ。中には配信での収益の有無に関わらず、自由に歌える曲もある」
使用料を取らないことは、楽曲提供者にとってデメリットに思えるかもしれない。だが、今やアリドルは人気コンテンツの一つであり、パフォーマンスで歌ってもらうことは大きな宣伝となる。有名なアーティストも曲を提供しており、歌って欲しいと積極的にアピールしている。
「ネットを探せばすぐに見つかるから。とりあえず十曲ぐらいは探しておいて。もちろん、なるべく無料で使えるものを。一応、事務所が凛奈さん用の曲を作るつもりだけど、せいぜい一、二曲。だから、使える曲を探す必要がある」
「わかった。衣装の方はどうするの?」
「もちろん、専用の衣装を作るよ」
ソムニウム社やファッションデザイナーが衣装のARデータを無償で公開している。だが、せっかくの凛奈のデビューなのに、有り合わせのものを使うのでは味気がない。
「うちの事務所に所属しているアリドルが衣装を作れる。その人達に凛奈さんの衣装を作ってもらう。あ、ちなみに曲の方についても、アリドルの作曲家がいる。大手だと衣装や作曲に専属の担当者がいるんだけど、うちは弱小事務所でさ、所属のアリドル達で助け合っているんだよね」
「それは素敵だね。私も曲選び頑張るね!」
悠太郎はあることを思い出し、「あ!」と声を上げた。
「そうだ、期末試験! あと一週間で期末試験でしょ。曲選びも大切だけど、そっちも頑張って。もし成績が下がると、凛奈さんのご両親からアリドルの活動を制限されるかもしれないから」
せっかくデビューの準備を整えても、アリドルの活動ができなくなれば意味がない。期末試験ではきちんと結果を出す必要がある。
それは凛奈もわかっている。彼女は「もちろん!」と元気よく返事をした。
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