第3話
オーディションの翌週、悠太郎と恵美はそれぞれの応募者の評価を、太田芸能事務所の社長である太田健一に伝えた。応募者の三人を推薦し、太田が最終判断。結果、合格したのは凛奈だけ。
彼女に合格の旨を伝え、週末の土曜に契約についての説明をすることになった。
今日はその説明会。
「ねえねえ、悠太郎君?」
悠太郎が仕事をしていると、眼鏡をかけた三十代前半の男性が話しかけてきた。彼の名前は
「合格した
「一見お淑やかですが、愛嬌があるとっつきやすい子ですね。同年代にかなり受けると思います。また歌の練習もしている努力家な一面もあります。あ、あと左右の目の色が違うオッドアイという珍しい特徴を持っていました」
「アリドルとしてやっていけそうかな?」
「そう思っていないなら、社長に推薦しませんよ。歌も上手なので、上手くプロデュースすればかなり売れると思います」
「ふむふむ。生粋のアリドルオタクである悠太郎君がそう言うのだから、売れるんだろうね」
事務所のインターフォンが鳴る。凛奈達が来たのだろう。
「お、噂をすればなんとらやら。悠太郎君お墨付きの超新星が来たね」
橋本は玄関に行き、扉を開ける。凛奈と両親を事務所の応接間に通した。
「社長、燐堂さんがお見えになりました」
「わかった。橋本君、お茶を淹れてくれるかな?」
「承知しました」
応接間と悠太郎達の仕事場の間には仕切りが存在しない。小さい事務所故だ。太田と恵美が燐堂一家に向き合うように座り、橋本が人数分のお茶をテーブルに置いた。
悠太郎は仕事をしながら、太田達の会話に聞き耳を立てる。
太田は自身の名刺を燐堂一家に渡し、話を始める。
「初めまして、この事務所の社長を務めている太田です」
芸能事務所の社長というと、ギラギラとしたバイタリティあふれる人物を思い浮かべるかもしれない。だが、太田は世間の想像とは大きくかけ離れている。丸坊主に丸メガネ、ついでに丸い体型であり、ノンブランドの柄シャツとハーフパンツを身につけている。齢五十を超えている太田は社長の威厳が無い代わりに、愛嬌たっぷりの人物だ。
彼は燐堂一家にニコニコと人の良い笑みを浮かべる。
「では、早速ですが、燐堂凛奈さんとの契約について話をしましょうか。まずご両親に確認したいのですが、娘さんが芸能事務所に所属することについては承認しているのでしょうか?」
答えたのは凛奈の父親。ダークグレーのスーツをピシッと着こなした、ダンディな男性である。
「はい、もちろんです」
「それならよかった。では、早速契約の説明に移行しましょう。娘さんにはアリドルとして、パフォーマンスを行ってもらいます。アリドルの活動にノルマはありません。ただ、娘さんはまだ高校生なので、学業を優先していただきたい。支障が出ていると感じた場合は、事務所の方で活動を抑制します」
「それについては私も妻も同意見です」
「逆に活動の頻度が少ないというのも問題です。SNSなどへの投稿でも良いので、月一回は何かしらの活動を行うことを推奨します。凛奈さん、できそう?」
「はい。私自身はなるべくたくさん活動したいと思ってます」
「まあ、無理ない範囲で頑張ろうか。活動の具体的な内容についてですが、娘さん本人は歌やダンスを希望しているので、それらを中心に行っていきたいと思います。ただ、活動をしていく中で、グラビアなどの仕事も来る可能性があります。凛奈さん本人やご両親はそのような仕事、どうでしょうか?」
アリドル活動において、本人との意思疎通は重要。さらに未成年の場合は本人はOKでも、両親はNGという場合がある。過去に未成年の人気アリドルが仕事の内容で揉めに揉めて、しばらくの間活動休止となったことがある。
「基本的には娘のやりたいようにやらせたいです。ただあまり過激なことは……」
「わかりました。肌の露出がある仕事については親御さんに一度確認をする、ということでよろしいですか?」
「それでお願いします」
その後も太田達は契約の内容について話をしていく。
一段落ついたところ、「よろしいですか?」と恵美が挙手。
「娘さんの眼についてです。彼女の眼、いわゆるオッドアイですよね?」
父親が「はい」と頷く。
「まあ、気になりますよね。娘の眼は先天的なものです。視力などに問題はありません。医者の話によると、どうも遺伝の組み合わせらしいと。姉がいるのですが、その子もオッドアイでして」
「お姉さんがいるのですか?」
恵美の目つきが鋭くなり、姉という部分に食いつく。
「ちなみになんですけど、お姉さんはアリドルに興味とかあります?」
まさか、姉もスカウトするつもりか。
話を聞いていた悠太郎は弟ながら呆れてしまった。まあ、スカウトしたい気持ちもわからなくはない。オッドアイの姉妹アリドル、きっと世間には受けるだろう。
凛奈の両親はなんとも言えない微妙な顔をする。父親はだいぶ言葉を選びながら答えた。
「姉はアリドルという職業は大好きです。ただ事務所に所属するということはないです。別に太田芸能事務所さんが悪いというわけではありません。ただ、彼女は太田芸能事務所さんには入らないでしょうね、今は」
「そうですか。それは残念です。凛奈さんの眼に戻るのですが、彼女の眼はかなり特徴的です。正直事務所としては、売り出す時の強みにしたいなと」
「凛奈はどうだい?」
「私は特に問題ないよ。隠そうとは思っていない。強みになるなら、使う」
凛奈の回答を聞き、恵美は満足そうに頷く。
「ならよかったです。では、凛奈さんの眼は最大限活用するという方向で。次は学校ですね。後々のトラブルを避けるため、凛奈さんの学校に一応話を通した方がいいでしょう」
恵美は手元に置いてある凛奈の履歴書を確認。
「あら、よく見たら悠太郎と同じ
「ん、何?」
「あんたの学校って、結構厳しい?」
「いや、緩い方。生徒の中にもSNSで動画投稿とかしている人も結構いる。アリドル活動なら認めてくれるはず」
悠太郎達が通っている清華高校は生徒の自主性を重んじている。公序良俗に反しない範囲なら、学校側は基本的に口出ししない。
「何か学校から言われたら、その時はその時ね。事務所が説得しましょうか」
その後も凛奈のアリドル活動について話し合いが進められた。一時間ほどで大体の話が終わり、太田がペンと契約書をテーブルに置く。
「今までの話に問題がなければ、この契約書にサインしてください」
燐堂夫妻が契約書を記入している間、凛奈が悠太郎の方に駆け寄ってきた。
「悠君、悠君」
悠太郎をあだ名を呼ぶ凛奈。随分親しげだなあと思いながら、悠太郎は「なに?」と応える。
「連絡先、教えてもらっていい? アリドルのことで色々相談したいことあるし」
「もちろん」
悠太郎の連絡先が表示されたスマートフォンを、凛奈は嬉しそうに眺める。
「悠君、これからよろしくね」
凛奈は悠太郎の手を握り、破壊力抜群の満面の笑顔でそう言ってきた。
この笑顔なら、アリドルとしてすぐ人気が出そうだな。
悠太郎も「こちらこそ」と返す。
凛奈の契約が結ばれた後、燐堂一家は事務所を後にした。
去り行く凛奈達を見送る悠太郎は新しい仲間をどう売り出していこうかと頭の中でシナリオを描き、彼女が活躍する姿を楽しみに思った。
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