第2話

 悠太郎と恵美は高鳴る気持ちを抑えながら、面接を開始する。

「では、そちらの椅子に座って」

「はい!」

 恵美に促された少女は、元気よく返事をしてパイプ椅子に座る。

 悠太郎は少女を観察。少女は背筋を伸ばして椅子に座っており、姿勢が綺麗だ。所作が一つ一つ洗練されており、育ちが良いことが見て取れる。

「じゃあ、面接を始めるわね。まずあなたの名前を聞かせてもらっていいかしら?」

「はい。私は燐堂凛奈りんどう りんなと申します」

「凛奈さんね。綺麗な名前ね」

「あ、ありがとうございます」

 凛奈は顔を赤くし少し俯く。その初々しい反応に思わず、悠太郎達は頬を緩ませる。

「なぜうちのオーディションを受けたのかしら? うちは結構小さい事務所だけど」

 意地悪な質問だなと、悠太郎は内心思った。

 だが、この質問は重要だ。

 アリドルはパフォーマンスを配信する際、配信中にコメントを返信する。コメントの中には意地悪なものがあったり、物議を醸すものがある。それらを露骨に無視したり、下手な回答をすると炎上する恐れがあり、炎上を避けるためのトーク力がアリドルには求められるのだ。

「私、ずっと前からアリドルになりたいと思っていたんです。オーディションを開催している事務所を探していたのですが、その時に太田芸能事務所さんを見つけました。自身を小さい事務所と仰いましたが、規模なんて関係ありません。私、太田芸能事務所さんが公開している動画を見ました。所属しているアリドルさん達の動画で、皆楽しそうでした。何より動画を作っている方の熱意が伝わってきまして、太田芸能事務所さんでなら楽しく活動できると思ったんです」

 凛奈が見たと言うのは、太田芸能事務所が配信しているアリドル募集の動画。芸能事務所は次なるスターを見つけるため、常にアリドルを探している。この太田芸能事務所も例外ではない。事務所公式のSNSや動画配信サイトで動画を流し、アリドルを募集している。

「実はね、あの動画、ここにいる悠太郎が作ったの」

「そうなんですか?」

「そうそう。こいつね、大のアリドル好きでね、ノリノリで動画作ってたわ。悠太郎があまりにも楽しそうだから、社長もアリドル達もついノセられちゃって」

「はい。確かに動画では皆さんすごい楽しそうでした。本当にこの仕事が好きなんだっていうのが伝わって来ました」

「だって悠太郎。良かったわね!」

「ま、まあね」

 悠太郎は照れを隠すために顔を俯かせる。

 恵美の言う通り、募集の動画は悠太郎が作った。「熱心なアリドルファンである悠太郎君が作った方が、アリドル達の魅力を引き出せると思うよ」と社長が悠太郎を指名したのだ。当時の悠太郎はすっかり舞い上がってしまい、寝る間も惜しんで制作に当たった。かなり気合の入ったものであり、再生数もかなり伸びている。

 凛奈は笑みを浮かべながら「もう一つ理由がありまして」と付け加える。

「家から近かったことですね。移動時間がかからないので、その分アリドルの活動に時間をかけられるなって」

 回答を聞いた悠太郎は上手いなあと感心。凛奈はきちんと太田芸能事務所のことを調べていることを回答の中でアピール。さらに家が近かったと冗談めかした、それでいて真面目な答えで場を和ませている。

「ふむふむ、なるほどね。もし、凛奈ちゃんがうちの事務所に所属するってなったら、どういうアリドルになりたいの? こういう活動をしたいって、具体的な希望はあるかしら?」

「はい。歌を中心に活動したいと思っています。あとダンスもしたいなって」

 アリドルと一言で言っても、活動はさまざま。料理やゲーム実況、マニアックなものだと、釣りの様子や日本舞踊などを配信する人間もいる。

 歌と踊りを披露することは、最もオーソドックスなアリドルの形だ。悠太郎の体感では実に八割がこのタイプ。昔ながらのアイドル像で華やかなために選ぶ人間が多い。だが、このジャンルは競争率も高い。泣く泣く見切りをつけ、別のジャンルに転向するアリドルがなんと多いことか。

 恵美も少し難しい顔をしている。

「そっか。歌か。可能なら、この場で何か試しに歌ってくれないかしら?」

 いくら本人が望んでいても、歌が下手なら意味がない。どれくらいの技量か、確認するのは当然。

「歌は何でもいいですか?」

「うん、好きな曲をどうぞ」

「じゃあ、今ぱっと思いついたので」

 凛奈は大きく息を吸ってから歌い始める。

 凛奈の歌に、悠太郎達は聞き覚えがある。確かに宮城県のローカルスーパーのCMの曲であり、地元の人気アリドルNEMUが歌っているものだ。

 歌詞自体は少しトンチキなものだが、その歌を歌う凛奈は上手い。とんでもなく上手い。プロの歌手と比べても遜色なく、彼女の綺麗な声で歌うと、変な歌も何か芸術性を感じる。

 凛奈が歌い終わると、悠太郎達は思わず拍手。

「すごい上手ね。ちょっと聞きたいんだけど、何か歌に関する活動の経験とかある?」

「いや、ないです。ただ、小さい頃から歌うのが好きで。色んな人の歌を真似したりしてました。あとカラオケで練習とかもしてます」

「ほう」

 我流ではあるが、歌の経験をそれなりに積んできたことは事実。今の段階でも歌唱力は高く、これなら強力なライバルがいる中でも負けないだろう。

「質問はこれで全部ね。合否については、一週間後ぐらいに伝えるから」

「はい。本日はありがとうございました!」

 凛奈はぺこりと綺麗なお辞儀をし、事務所を後にした。

「悠太郎、あの子、アリよね?」

「うん。絶対うちに欲しい。他の事務所に渡してはダメだよ」

「重度のアリドルオタクであるあんたがそう思うってことは、よっぽどなんだわ。ルックスも性格も良い。歌も上手。それにあのオッドアイ。あれって生まれつきよね? ずるいわー、あんな姿で生まれてきて幸運」

「あの姉さん、その言い方はちょっと」

 羨む気持ちはわかるが、発言はコンプライアンス的によろしくない。失言については、恵美も自覚。

「そうね。よくなかった。ただ、あの目は武器になる。アリドルとして売り出す時に、その特徴を全面的に出していいか確認しないと」

「気が早いよ。まだ所属するって決まったわけじゃないよ」

「いやいや。社長も所属を必ず認めてくれるわよ。さて、今からどのようなキャラや設定で売り出すか、考えるのが楽しみだわ。衣装も考えなくちゃね」

 恵美はあれこれと妄想しているが、それは悠太郎も同じ。

 アリドルになった凛奈が大人気になる姿を、悠太郎は簡単に思い描くことができた。

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