第1章

第1話 光る原石

 悠太郎は常に自身にあることを問いかけている。

 問いの内容は、『アリドルに求められるものは』である。

 ルックス? 人格? 学歴? 特技? 踊り? 歌? 知識?

 どれが必要? 何個持っていれば良い?

 目の前の少女はそれらをどれくらい持っている?

「じゃあ、最後にあなたがアリドルになって何をしたいのか、を教えてくれる?」

 悠太郎の隣に座っている女性、槙野 恵美まきのえみは目の前のパイプ椅子に座っている少女にそう問いかけた。

 悠太郎がいるのは、仙台駅から徒歩十五分ほどの雑居ビルの三階、そこに居を構える太田芸能事務所の会議室だ。悠太郎はアルバイトとしてこの事務所で働いている。ここは姉の恵美の職場であり、彼女に半ば強制的に働かせれている。そして、今はお仕事の真っ最中だ

「は、はい。私。アリドルでも歌を中心に……」

 恵美に問いかけられた少女は、緊張しながら答える。

 本日土曜日、事務所はアリドルのオーディションを開催しており、少女は応募者だ。

 バイトにオーディションの面接官をやらせるなんてどうかと思うが、生粋のアリドルオタクである悠太郎の意見を聞きたいとのこと。

「ふむふむ。そっか。ありがとうね。これで質問は終わりね。合否については後から連絡する」

「はい、本日はありがとうございました!」

 少女はぺこりと頭を下げ、部屋を後にした。

 扉が完全にしまったことを確認すると、恵美は「ねえ、悠」と問いかける。

「どう? 今の子。なかなか純朴でいい子だと思うんだけど」

「うん、同感」

 悠太郎は「でも」と付け加える。

「それだけ。いい子なだけ」

 今面接した子は見た感じ、おとなしそうな子。人当たりも良いし、周りの人間に好かれるタイプだろう。だけど、それではダメなのだ。アリドルに求められるものに、存在感が挙げられる。

 アリドルはAR技術で作られた斬新な衣装と、豪華絢爛で現実離れした舞台を用意する。だけど、それらは主役ではない。主役はあくまで人。ARで作られた虚構に負けないような華、つまり存在感が必要。一眼見ただけで、全員の視線を釘付けにするような強烈な存在感がなければ、アリドルとしてやっていけない。

「そっか。目の肥えたあんたが言うなら、ちょっと難しいわね。まあ、採用候補の補欠として考えておきましょうか。なかなか原石が見つからないわね。応募者も次で最後。この子も、十代の女の子ね」

 オーディションの応募者は合計六人。恵美が働いている太田芸能事務所は名前の通り、宮城県を中心に芸能、イベント関係の仕事をしている。芸能事務所と言えば聞こえはいいが、所属しているアリドルも十名に満たず、吹けば飛ぶような小さな事務所。

 そんな超弱小事務所に六人もオーディションに来てくれたのだから、かなり多い方だ。

「若い子が多いな」

「今、七月でもうすぐ夏休みに入るでしょ。長期休みを機に、アリドルに挑戦してみようという子が増えるのよね」

「なるほどね」

 コンコンと扉を叩く音。

「あら来たわね。どうぞ、入ってきて」

「失礼します」

 扉が開くとともに。鈴の音を転がすような美しい声がした。

 悠太郎達は応募者の提出書類から瞬時に顔を上げる。

 入ってきたのは色白の少女。薄桃色のカーディガンに花柄のロングスカートと、春の出立。腰まで長い黒髪が艶があり、垂れ目がちな大きな目と高い鼻と整った顔立ちをしている。

 何よりも目を引くのが、彼女の瞳だ。

 左眼は日本人によくある焦茶色。一方の右眼は澄んだ青色と、漫画やアニメでしか見ないオッドアイだ。

 悠太郎と恵美は顔を見合わせる。

 二人は姉弟であり、お互いに何を考えているかわかる。

 この子だ。

 この子こそが、自分達が求めていた原石なのだと。

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