第2話 行方不明
その日は到着した時間が夕方だということもあり、小説の執筆は最初から考えていなかった。到着すぐに、
「ご夕食は?」
と聞かれた。
「どういうことですか?」
と訊ねると、
「このホテルでは、レストランでのお食事も、お部屋でお食事もお客様がご自由に選べる仕組みになっております。また、和食、洋食もお選びできます。メニューに関しましてはそちらのテーブルにございますので、ご確認ください」
ということだった。
せっかく景色の綺麗なホテルに来たのだから、部屋でコソコソと食べようとは思わなかった。そもそもがビジネスホテルのような狭いところではない場所を所望していたので、食事は食堂でと思っていた。
「じゃあ、レストランに参ります。メニューはそうですね。洋食でお願いしましょうかね」
と言うと、
「かしこまりました」
と言って、下がっていった。
西洋風のホテルなので、洋食というのも普通に考えられることだった。
「まあ数日は滞在するわけなので、選べるのであれば、一度くらいはどこかで和食もいいかな?」
というくらいに感じていた。
ビジネスホテルの滞在は結構今までにもあった。執筆目的が多かったのだが、やはり静かなところでという目的であったが、作業するにはあまりにも陳腐な状況に、最近ではまったく使用しなくなった。
今回の執筆に関しては、久しぶりに出版社から依頼があったからだ。このホテルを紹介してくれた出版社とは別で、その出版社はあまり馴染みではなかったが、何かどこかで鎌倉のウワサを聞いたとかで、
「それならば」
と、正直複雑な気持ちだった鎌倉の背中を押した。
複雑な心境だった理由は、馴染みもない出版社がなぜ売れてもいない自分の作品に興味を持ったかということであるが、今後心理的な視点から書ける作家を探していたという。その証拠にその出版社から最近その出版社からデビューした作家の作風が、鎌倉に似ていたこともあって、
――まんざら担がれたわけでもないようだ――
と感じたことで、この依頼を受けたのだった。
そこへたまたま立ち寄ったここを紹介してくれた出版社の以前馴染みだった人と偶然会ったことで、ここを紹介してもらったという次第である。
「そんなにいい環境があるのなら行ってみたいですね」
というと、
「ええ、ぜひ。今だったら、うちの紹介だということにすれば、半額以下くらいで宿泊できますよ」
と言われて、
「ほう、それはすごい。じゃあ、ぜひ」
という運びになったわけだ。
半額ということにも大いにそそられるものがあったが、何よりもまわりの環境から隔絶されている割には、まるで西洋のお城のような宿泊施設に、まわりが湖という環境に魅せられたというわけだ。話を聞いているだけでウキウキしてきて、ひょっとすると、その時の思い入れの激しさが、最初にここに来た時、
「初めてではないような気がする」
という気分にさせたのかも知れない。
こんな環境にいるだけで、何か小説のヒントが生まれてくる気がするくらいで、今までこんな素晴らしい環境があまり世間に知られていないというのもビックリであった。
ただそれも、このエリアの状況については、前もって出版社の人から聞いていたので、それほどビックリもしなかった。
「きっとお気に召すと思いますよ」
と言われて、心はすでにこちらに向かっていたのかも知れない。
小説のネタについては、何となく漠然としたものはあった。このエリアの話を聞いたのと、数枚の写真を見せられたことで、何となくイメージが湧いたからである。
「でも、こんな環境が他の人にあまり知られていないなんて、何かもったいない気がしますね」
と、心にもないことをいうと、相手の編集者の人も以前馴染みだったこともあってか、鎌倉のことをよく知っている。
「またまた、そんなことを言って、まったくそんなことは思ってもいないくせに」
と言ってからかうのだったが、間違いではないことを指摘されて、
「まあ、そうなんだけどね」
と苦笑いをするしかなかったが、
――まだ俺のことを分かっていてくれているんだな――
と思うと、嬉しくなってきた。
小説家というのも現金なもので、将来についても安定が約束されているわけでもなく、まったく何もないところから作り上げていくという難しさがあるだけに、絶えず不安が付きまとっている。それを払拭させるには、ちょっとした些細なことでも安心する何かがあれば、それだけで心境は一転したりするものだ。
だから、おだてに弱いというところもあるし、調子に乗りやすいところもある。そのせいもあってか、有頂天になった時にはまわりのことを考えないという悪い癖もあって、鎌倉もそれにたぐわぬ性格だった。それがそのまま小説家としての彼を作っているのかも知れない。売れない中でも小説家にしがみついているのは、そんな性格が影響しているのだろう。
小説を書くことは最近ではさほど苦痛ではなくなった。元々苦痛な気持ちがあったから不安が尽きなかったのだが、苦痛がなくなったからといって、不安が消えたわけではない。むしろ苦痛ではなくなったことで、余計に不安の方が増幅していったのではないかと思うようになった。
小説というものを書いていると、集中力が高まってきて、まわりを気にせずに書けるようになる。
それはまるで夢の中のようで、「夢中」という言葉があるが、それもまんざらではないような気がする。
一生懸命に描かなくても、集中さえできれば、負では進むものだ。そういえば、最初に小説が書けるようになった時のことを思い出した。
あれは、大学生になってからだったか。それまでは何度も執筆に挑戦してみたが、どうしても書けない。数行書いただけで、そこから言葉が出てこない。本屋に行って、
「小説の書き方」
なる本を買ってきて読んだり、ネットでも類似の記事を読んだりしたが、書いてあることは至極当たり前のことであって、
「そんなの分かってる」
としか言えないことだった。
「だから、どうだっていうんだ。その先が知りたいんだ」
と言いたかった。
ただ、ほとんどの本が書いているのは、
「小説は自由であり、自分の書き方で書けばいい」
ということと、
「とにかく、最後まで書き切ること。途中でやめてしまっては、まったくやっていないのと同じで、いくら途中まで書けたとしても、そこに何も残らない」
と書いてあった。
それも分かっていることであったが、そのためにどうすればいいのかということをどこにも書いていない。
だが、考えてみれば、
「どうすればいいか」
ではなく、
「どう考えればいいか」
ということの方が大切ではないだろうか。
モノを書くことが考え方だけだとは言わないが、少なくとも何もないところから新しく作り上げていくという発想は、考え方ひとつでいくらでもどうにかなるのではないかと思わせる。
そして思い至ったこととして、
「そうだ。人と話ができるんだから、書けるんじゃないか?」
ということだった。
確かに、会話は誰かに教えられたわけではない。面接であったり試験されている場合は、それなりにマニュアルがあるのだろうが、それ以外の雑談や友達との会話に決まり事などない。ただ、相手の気分を害さないようにすればいいだけだ。(本当はそれが一番難しいのだが)
そう思うと、プロの書いた出版されている小説を、声を出して読んでみた。そうするとまるで自分が喋っているかのような錯覚を感じ、朗読なのか会話なのかが分からなくなるほどになり、書き方については何とかなりそうな気がした。
後は、何を題材にどう書くかということであるが、いわゆる「プロット」のようなものは苦手だった。
プロットを書いても、なかなか最初の発想にはならなかった、途中で書いていて脱線してしまうのだ。
それは小説を書きながら急に立ち止まってしまう原因が、
「書いている時に、余計なことを考えてしまうからだ」
と思ったからだ。
つまりは、今書いている文章の三つくらい先の文章をすでに頭に浮かべていれば、そこに向かって突き進むだけで、集中力も落ちることはない。時間もあっという間に過ぎてくれたような気がして、
「これこそがリズムというものだ」
と思い、リズムこそが執筆に一番大切なものではないかと思うようになった。
集中力も発想も、すべてがこのリズムから始まっていると思えばいいのだと感じたのだった。
小説をうまく書くという発想ではなく、途切れることなく書くということが書き上げるうえで重要なことだったのだ。
何とか曲がりなりにも一作品書きあげるとそこから先は難しいことではなかった。もちろん、それができるようになったからと言って、そこが終点というわけではない。だが、そこからは賞に応募してみたりして、作品を表に出そうという努力をするのだが、なかなか入賞は難しい。
しかも、応募しても、一次審査、二次審査で落選した作品は、どこから何も評価を受けることもない。順位も分からなければ、読んだ人の感想が聞けるわけでもない。落選通知もないくらいだ。
そんな状態で、自分の今のレベルがどれくらいなのかを判断できるわけもない。ただ、集中力と書き上げる力というものは紛れもないものだという自信だけは持ち続けることができた。
そうでなければ、売れないとは言いながら、小説家としてデビューなどできるはずもない。
最初デビューできた時は本当に有頂天だった。小説家が有頂天な気分になった時はどうなるかということは前述の通りだが、まさにそんな感じで、まわりの色が変わってしまったのではないかと思うほどになっていた。
小説を書きあげることができるようになったのは、偶然というわけではなかっただろう。そこには努力というにはおこがましいが、何か得るタイミングが潜んでいたはずである。そう、タイミングなのだ。
「タイミングを掴むというのも才能の一つ」
と言っていた人がいたが、それもそうだと思った。
「運も才能の内」
という言葉と酷似しているではないか。
だが、ここからが本当の正念場だったようで、書いても書いてもなかなか出版には漕ぎつかない。
しかも、
「最近は出版不況と言われていてね」
と、出版社からも渋られてしまう。
雑誌に記事を掲載するルポライターなどはネットでも記事が出せるから、それほどでもないのかも知れないが、
「本を売ってなんぼ」
という作家には厳しいものだ。
確かに電子書籍というものがネット上にはあるが、最近の小説のジャンルはライトノベルであったり、ケイタイ小説であったりと言った、鎌倉が書くような話とはまったく違っている。それを思うと、
「俺はこのまま小説を書いていていいのだろうか?」
と思わないわけにもいかなかった。
小説を書くということは、自分を顧みることになると言ってもいいのだろうが、鎌倉もノンフィクションを書くということは嫌いだった。自分の経験からの話であれば、題材にはできるが、そのまま書くということは彼のプライドが許さないのだ。
「何もないところから新しいものを作る」
これが鎌倉のモットーだった。
そう思うと、あまりどこかに行って取材するということはなかった。ドキュメントを書くのであれば、取材は不可欠であるが、そうではないので、書く場所はそんなにどこかに行ってというわけではなかった。
鎌倉が書く話は、深層心理を抉る話が多いのだが、その題材として心理学を持ち出すのだが、その心理学が完成するに至った歴史を見ていると、結構いろいろな発想が生まれてくるのが分かった。
例えば、どこか地方の名も知らぬ村が発祥になって、そこに昔から伝わっている伝説がその心理学の走りだったりする。
――昔の心理学の先生は、そんな地方の伝説とかを研究していたのだろうか?
と感じるほどで、実際に地方でなくても、一般的に伝わっているおとぎ話から、心理学の発想が生まれそうなものも結構あるような気がしていた。
そういう意味で鎌倉は、一時期図書館の郷土資料室で研究したこともあった。これは大学時代のことで、まだ自分の作風が確立される前、つまりは小説家としてデビューする前のことで、まとめた内容を小説にしようと思ったが、結局できなかったということもあった。
その時に一度、
「俺は何をやってもダメなんじゃないかな?」
と感じた時だった。
それだけいろいろやってみて、最後の手段として図書館で郷土史を調べるという方法を選んだのだったが、そこが鎌倉にとっての最終ラインであり、結界が見えていたのかも知れない。
だが、それから少しして、自分がひょんなことから小説家としてデビューできた。(これは大きな声では言えないことなので、ここでは割愛します)
結界が見えたことが、小説家デビューに繋がったかも知れないと思ったが、本当にそうだったのだろうか。
結界だと思ったことはいわゆる、
「破ることのできない限界」
というイメージを持っていたが、そうではなかったのではないだろうか。
そう思うと、鎌倉は自分が小説家になった時、有頂天からなかなか目が覚めなかった時、我に返ることができたのは、
――この時結界だと思った壁が見えたからではないか――
と思ったからであった。
鎌倉にとって小説を書くということがどういうことなのか、今でも分かっていないが、一度感じたような気がしたことがあった。
その時は、漠然としていて、
「将来にもう一度感じる時が来て、その時には必ず答えを見つけられるだろう」
と思っていた。
しかし、今その時のことを思うと、
「あの時に考えたことが本当の答えだったのかも知れないな」
と思うことであった。
ただ、それがどういうことであったのかというのを思い出そうとすると、どうしても思い出すことができない。思い出すことができないと思ったということは、漠然としているつもりでも確立した考えを持っていたということだと感じた。
以前に将来のことを思い、そして将来に過去を思い出そうとする。過去から将来に向けて見たその先が本当に今の自分であり、今の自分が過去を思い返したその時が、本当に自分の過去だったと言えるのだろうか。過去から見て未来が違っているのであれば、未来から見た過去も当然違っている。今を起点にするか、過去を起点にするかで違うわけではない。この発想は、
「タマゴが先かニワトリが先か」
という禅問答のような発想と同じではないだろうか。
どちらから見ても同じであるからこそ、永久に抜けることのできない袋小路が控えていて、堂々巡りを繰り返すという結果をもたらすのかも知れない。
「堂々巡り」
またしても、のしかかってくる言葉だった。
また、最近になって考えるということがどういうことなのか? と感じるようになってきた。考えるということと、感じるということ、この二つを比較して考えるからだった。
鎌倉は小説を書く時、あまり考えない。むしろ考えないようにしていると言った方がいいかも知れない。
下手に考えると我に返ってしまって先に進めなくなる。集中しているということと関係があるのだ。集中していると、妄想するのと同じ感覚だ。妄想や想像は、考えるわけでなく感じるものだ。忘れっぽくなっているのもそのせいかも知れない。忘れてしまうから、忘れる前に書いてしまおうという考えが、先々へと進み、先の二、三つの文章を最初か考えて書く。ただ、これも考えているというよりも、イメージしているというべきの気がする。
よく人から、
「何を考えているんだ?」
だったり、
「もっと考えろよ」
と言われるが、考えるということは何に対して考えるということなのだろう?
自分の行動やこれからのことを考えるとした場合、どちらを選べば正解なのかという発想が、考えるということではないだろうか。つまり何か比較材料がなければ、考えることもできない。
もし、未来のことを真剣に考えなければいけない時、何が正解なのか分かるはずもなく、なるべく間違った選択をしないようにするには、今までの経験や勉強していろいろな場面を想定することのできるようになっていることで、なるべく正解に近いものを選択できるというものである。それは将来において、自分が後悔しないようにするための選択であって、間違っていても、自分で選んだのであれば、それが後悔に繋がるとは言えない。
「自業自得」
ということになるからだ・
「考えるということは、間違いないように選択することだ」
ということであれば、何もないところから新たに生み出す場合はどうなのだろう?
その場合は選択ではなく、創作である。
「創作は考えるのではなく、感じることだ」
という話を聞いたことがある。
想像や妄想は考えて浮かんでくるものではなく、目を瞑って瞼の裏に写るものというのは、感じたものではないだろうか。
そういう意味で、鎌倉は考えることではなく、なるべく感じるようにすることにしている。
それが小説執筆などの芸術面において一番重要なことだと思う。だからこそ、小説執筆の時に、考えたりしないのだと自分で理解していた。
集中するということは感じることであり、それが鋭くなってくると、感性というのではないだろうか。ただ感じるだけでは感性ではない。鎌倉は自分を芸術家だと思いたいので、そう考えるようにしていた。
ただ、考えるという言葉は、いろいろな場面で使われるので、きっと広義の意味と、狭義の意味との二種類に分かれるのではないだろうか。さっきの話は極論に近く、かなりの狭義の意味に近いのではないだろうか。
「小説執筆は明日からにして、今日は少しゆっくりしよう」
と思い、ふと気が抜けたことで、何か睡魔が襲ってきたような気がした。
服を着替えるのも煩わしいくらいになっていて、ベッドに倒れこんだ鎌倉は、そのままベッドのバネがかなりよかったのか、そのまま眠ってしまったようだ。
「気が付けば寝ていた」
というのは、こういう時のことをいうのだろう。
何も考えないで眠ったつもりだったが、どうやら夢を見たようだ。鎌倉は今までの経験から、夢を見るのは何かを考えている時だと思っていたが、この時に何を考えていたのか自分でも分からない。ただ、きっと何か気になることがあったのではないだろうか。
この時の夢は、まさに夢の世界とうつつとを行き来しているかのようだった。夢の中で、今倒れこんだベッドの上で目を覚ましたのだ。
「だったら、夢じゃなくて本当のことなんじゃないか?」
と思われるだろうが、鎌倉には夢だという意識があった。
普段は夢を見たとしても、夢を自分が今見ているという感覚はない。そんな時はすぐに目が覚めてしまうか、うたた寝だったことに気付くのかのどちらかではないだろうか。
うたた寝ではないというのは分かっていた。もしうたた寝だったとすれば、身体を起こすことができないと思っているからだ。つまりうたた寝を夢と混乱してしまう精神状態の時は、身体が金縛りに遭ったかのように動かないというのが、鎌倉の考えだった。
夢の中で、鎌倉はまっくらな場所にいた。そこは前を見ても後ろを見ても、いや、どちらが前なのか後ろなのかも分からない場所にいて、足を一歩も踏み出せないことに恐怖を感じていた。
しかし、不思議なことに疲れは感じない。足が棒のように硬くなっていて、足の芯からまるで熱を持っているかのようで、さらに鉄のように硬くなっている。
――これが金縛りというものなのか?
と、鎌倉は考えたが、自分が金縛りに遭うのはその時が初めてだった。
それはきっと足を踏み出すことができずに、どれほどその場所にいたのか、自分で分かっていないからだ。
「足に根が生えたような気がする」
という言葉を聞いたことがあるが、まさにそんな感じである。
前に踏み出すと、そこは断崖絶壁になっているのではないかと思っている。風が吹いてこないことが却って怖いと思わせ、自分に油断させて、足を踏み出させようという魂胆に感じられる。
踏み出した足が、何の障害も感じなければ、そのまま谷底に落っこちて、気が付いていれば死んでいる状況になっているかも知れない。
断崖絶壁だということが分かれば、普通であれば、腰を下げて、まるで匍匐前進のように、その場にビタットと這いつくばる形になるはずなのに、それができないのは、足元以外の場所がすべて吹き抜けになっているかも知れないという恐怖からだ。
まったく動くことのできないそんな状況に、
「夢であってほしい」
と感じる。
そして夢であると信じ込もうとする。信じ込んでしまえば勝ちだという感覚からであった。しかし、そこが果たして夢であるという根拠うなど何もないにも関わらず、急に怖いという感覚がマヒしていた。まるで他人事のように思えるその状況は、他人事だと思った瞬間に、目の前の暗さが解消され、その場所がどこかの倉庫であることが分かった。きっと電気がついたから分かったのだろう。
鉄工所としては、それほど大きくない場所にトタン屋根が張り巡らされ、どこかからか油の匂いが沁みてくるこの状況に身体が湿気に包まれているのを感じた。
どうやら、自分は縛られているようだ。身体が動かなかったのは、縛られているからで、これでは腰を曲げることもできるはずはなかった。
自分は眠っていたと思った。最初は夢だという感覚があったわけではないので、目が覚めるとまっくらな場所にいて、前も後ろも分からないことで、それだけでパニックに陥ってしまったのだ。
誰が鎌倉を縛ったのか? 一体何の目的で?
誘拐されたのだとすれば、身代金が目的か? そうであれば、身代金を誰に請求するというのだろう?
少なくとも誘拐されて、身代金を払ってくれる保証はない自分などを誘拐してどうなるというのか? それを思うと、この状況自体が納得できないものであった。
そうなると、
――やはり夢なのかも知れない――
と感じたが、夢であれば、早めに覚めてほしいと思った。
だが、もう一つ考えたのは、どうしてこんな夢を見たかということである。夢というものが潜在意識が見せるものだという話に則れば、このまま目が覚めたとすれば、どういう状況で眠りに就いたかということである。もし、目が覚めて、もっとロクなことではなかったら、
「目なんか覚まさなければよかった」
と思うかも知れない。
しかし、これ以上のロクなことではないというのはどういうことであろうか。想像もしたくないことであった。
幸いにも今目の前に誰もいない。何とかこの場を逃れる方法を考えたいものだが、どうしても頭が回らない。自分の中で、頭を動かしたくないという意識があるからではないだろうか。
何も考えたくないと思うことは過去にもあった。徹夜でレポート作成をした大学時代、高校時代の受験勉強など、気が付けば眠っている。そんな時見る夢は、レポートが間に合わず単位を落としたり、受験の当日に寝坊をして、試験すら受けられなかったという夢だったりする。
つまりは、現実逃避から見た夢は、結局は本末転倒な結果しか得られないものだったということになるのだ。
だが、もし自分が誘拐されているのだとすれば、自分が行方不明になっているということを示している。
「きっと皆俺のことを探してくれているんだろうな」
と感じていたが。何やらムズムズしたものを感じた。
それは、皆俺のことを知らないという胸騒ぎだった。知らない人間であれば、いくらいなくなろうが下手をすれば殺されようが誰の知ったことでもないわけである。普段から、どんなに近しい人でも他人のように感じてきたのだ。その報いを夢の中で思い知らされていた。
そう思うと、場面が切り替わった
「これは、つい最近見たどこかのオフィスではないか?」
と思ったが、すぐには思い出せなかった。
だが、思い出せなかったのも一瞬のことで、
「ああ、ここは湖畔のホテルを紹介してくれた出版社ではないか」
と感じた。
ただよく見ると事務所はもぬけの殻で、誰もいなかった。皆、どこに行ってしまったのだろう?
事務所の机の上は、乱雑にいろいろな資料が散らばっていて、本当に喧騒とした雰囲気である。ただ人がいないだけというだけで、今の今まで人がいたような温かさが残っていた。
一度瞬きをすると、今度は同じ場所で、今までいなかった人が現れた。だが、何かがおかしい。目の前にいる人たちがまったく動いていないのだ。空気は凍り付いてしまっていて、呼吸すら感じられない。顔色は皆真っ青で、その世界が立体なのか、平面なのかの区別がつかないほどだった。
しかし、これもよく見ると、ゆっくりであるが動いているようだ。その証拠に事務の女の子が、ここから見える給湯室でポットに水を入れているのだが、その水がゆっくりとポットを満たそうとしていた。
まったく凍り付いてしまったわけではなく、限りなく凍り付いてしまったかのような時間がゆっくりにしか進まない世界だったのだ。
そう思うと、凍り付いたのは時間だったことに気付いた。実際には完全に凍り付いていないわけだが、見えている光景は完全に凍り付いている。そんな状況は夢でしか考えられないではないか。
「夢でよかった」
と思うと次々に新しい場面が出現し、鎌倉を脅かしている。
その都度小さな驚きに変わっていくのだが、その時々の衝撃を自分なりに理解できているのだろうか。理解できないから、まるで夢でも見ているような感覚になっているのかも知れない。それが夢だとしてもである。
つまりは、夢だと思わせるためには、これでもかとばかりに夢としての演出を見せつける。その必要があるということだ。
そんな不思議なスパイラルに見舞われている鎌倉は、次第に夢が覚めてくるのを感じた。普段から、夢から覚める瞬間が分かると思っていたからだが、その感覚は本当に目が覚めると亡くなっているもので、この瞬間は毎回、
――ここで夢が覚める――
と感じる時である。
毎回感じているというのを意識できるのは夢から覚めるこの瞬間だけで、目が覚めてしまうとまったく忘れてしまっている。だが、
――毎回感じるんだよな――
という思いが残っているのは意識の中にあるようで、ふとした時に、夢の一部を繰り返しているような気がするのは、この感覚があるからなのではないだろうか。
これはデジャブとは違うもののようだが、デジャブと言えば、最近の鎌倉は、
「前にも同じことを感じたことがあるような」
という思いに至ることが多かった。
この日も、湖畔に降り立った時、
「以前にも見たことがあるような」
と思ったではないか。
そんな思いはあっても、この場所に来るのは初めてだということを自信を持って言えるにも関わらず、どうしてもすべてを思い出せないのは、思い出すことに恐怖であったり、不安であったり、そんなものが渦巻いているから、自己防衛心が余計なことを考えさせないようにしているのだろう。
自分をいかに納得させることができるのか、鎌倉は考えてみた。しかし、考えれば考えるほど堂々巡りを繰り返す。なぜなら、
「考えるということは、何かの比較対象があって、そのどちらを選ぶかということだからだ。
夢に比較対象となる記憶が残っていないのだから、考えるということ自体が矛盾しているようなものである。
だが不思議なもので、これを夢だと思うと、その瞬間に夢から覚めたりすることもあるようで、この時などまさにその通りだった。夢から覚めるきっかけとしては、怖い夢を見ている場合、自分が本当に危険になった時、今にも殺されそうになった時など、夢の中で断末魔の叫びを聞くことはない。逆に楽しい夢を見ている時は、最後のハッピーエンドを迎えることはできない。楽しい夢などは、ひょっとするとハッピーエンドを見たと思っているかも知れないが、それはあくまでも想像の中で見たという錯覚に過ぎない。それに比べて自分が死に直面していて実際に死んでしまうことは想像できない。実際に死んだこともなければ、そもそも死んでしまえば、夢を見続けることもできないからだ。
「気が付いたら死んでいた」
などという笑い話にもならあい洒落があるが、これなど矛盾の果てだと言ってもいいだろう。
気が付いたら死んでいるわけがない。死んでしまっていれば気付くことなどできないからだ。
また、一度どこかのお寺に水飲み場があり、その水は長寿で有名なようだが、ガイドさんの話の中で、
「一度飲めば一年、二度飲めば十年、三度飲めば死ぬまで生きられます」
というブラックユーモアがったが、これも同じようなものである。
死ぬまで生きられるというのは当たり前のことではないだろうか。しかし一度目も二度目も実は矛盾したことを言っているのであって、人間誰も自分の寿命を知るわけではない。だから一年、十年長生きができると言っても、一体いつからの起算なのかの基準がないのである。
ひょっとすると、ブラックユーモアを逆手に取ると、三度飲む方が、そのままの寿命なので、何も得をしているとは言えないのではないだろうか。このブラックユーモアには、そんな裏の発想も含まれている。実によくできたユーモアとは言えないだろうか。
さて、夢から覚めた鎌倉だったが、まだ身体は全然自由にはなっていない。まだ金縛りが続いているような気がしていた。夢から覚めたという意識はあるのだが、それが本当に信憑性のあるものなのか、自分でも疑問だった。
夢というのはいろいろな矛盾やジレンマを抱えているのかも知れない。夢を見る人が現実で抱えている矛盾を夢が解決しようとしているのだろうか。夢に解決できるわけではないので、無理強いをさせたことで、夢は矛盾に満ちた世界になっているのかも知れない。
夢というのは、そういう意味では実に都合よくできている。死を目の前にしたり、幸福が目の前にありながら、それを得ることはできない。だが、夢の世界で現実逃避ができて、解決できないまでも、幾分か、気が楽になることもあるだろう。
この日の夢は、自分が行方不明になって。どこかに連れ去られるというものだったが、肝心の連れ去った連中が出てくることはなかった。自分の中で想像ができないのか、それとも夢というものが他の日との登場を拒絶したのだろうか。
誰かと夢を共有しているのではないかとも思ったことがあったが、すぐに、
「そんなバカなことがあるはずはない」
といって、真っ向から否定した。
ここには否定できるだけの材料や信憑性があるわけではないのに、簡単に否定できるというのは、自分の中に理性や常識というものが備わっているからだろう。これは人間が生きる上で最低限の本能を形にしたものなのかも知れない。
ただ、鎌倉は理性や常識という言葉が嫌いだった。特に常識という言葉が嫌いで、
「社会一般の常識」
などという言葉を聞くと、ヘドが出るほどであった。
「一体、常識なんて誰が決めたんだ。決めたやつってそんなに偉いのか?」
と言いたいくらいだった。
常識や理性がなければ無法地帯になってしまい、秩序が守れなくなり、生命の安全さえも脅かされるのは分かっている。しかし、それは一部の権力者などのわがままによるものだという考えは危険なのだろうか。決められた常識を守るということがどういうことなのか、誰か分かりやすく説明してほしいと思うほどだった。
だが、それも考えてみれば嫌だった。多分、その人が何を言うか、ある程度想像がつくからだ、想像がつくから余計にそういう言葉が嫌いなのであって。そのセリフが、自分が嫌いだという根拠そのものになることだろう。
夢から覚めるにしたがって、夢の中で見た出版社のオフィスが思い出された。ここに来る前に、お願いというか、
「できればでいいんだが」
ということで調査依頼のようなものをされた。
その内容というのを少しずつ思い出していたが、どうにも理解しがたいものだった。
「実は、今度行ってもらうホテルで二年前に一人の女性が行方不明になっている。この編集者に原稿を持ち込んできた女性だったんだが、彼女の書いた小説の内容がそれに酷似していたんだ」
「どういうことですか?」
「彼女はその小説を僕のところに持ってきて、それから君に紹介するホテルに赴くと言ったんだ。僕もビックリしたよ。そのホテルを時々うちの社長が使用しているということは誰も知らないはずなのだから、偶然なんだろうと思うけど、この小説を読めば私のことがよく分かるなどというセリフを残してね。で、小説の内容を読めば、そこに登場するホテルの外観だったり、まわりの風景など、まるで見てきたように書いてある。だから、彼女はきっとこのホテルのことを知っていて、わざと見てきたんだろうね。そして何らかの目的を持って小説を書き、うちに持ち込んだ。まるで脅迫を受けているような不気味な感じがしたんだが、それから数日してからのことだった。ホテルからうちの会社に連絡があって、わが社から紹介されてやってきた女性が行方不明になったというんだ。僕が誰にも紹介した覚えがないと言えば、いや、社長の紹介状を持っていると言って、掛かってきた電話なので、こっちも笑い話で済ますわけには行かなくなって、僕はさっそくホテルに駆け付けたんだけどね」
と、編集者が言った。
「それで、紹介状は実在したんですか?」
「ええ、確かにうちの社長の紹介状に間違いありません。社長自身が認めたことです。どうやら彼女とは以前から知り合いだったらしく。ただ、その時にはその縁は切れていたんですが、確かに彼女のために招待状を書いたことがあると言っていました」
「社長の女だったということですか?」
「下品な言い方をすればそういうことですね。ただ、こうやって招待状もある。そして彼女の宿泊していた部屋には、彼女の着替えが一着残っていたんです。着替えを残したまま失踪したのだから、計画的な失踪ではないかも知れないということになって、何かの理由で自殺したのではないかという疑いも出てきたので、湖を捜索したり、森の中を捜索したりと、結構な人数を割いて、警察も捜査してくれたようなんですが、何しろあれだけ大きな森や湖なので、もし自殺していたとしても、そう簡単には見つかるものではありませんよね」
まだ、その時鎌倉は湖のその土地を見ていなかったので、実際にどれほど大きなものなのか分からなかったが、自分で勝手に想像してみた。
最初に森を抜けてこの湖とホテルを見た時、
「初めてではないような気がする」
と思ったが、それは間違いではなかったのかも知れない。
鎌倉は出版社の人から聞いた言葉を想像した。それとほぼ変わりない光景が、大きさや規模でほとんど誤差がなく、瞼の裏に重ねてみると、ほとんどズバリ嵌りこむほどの酷似に、
「初めて見た気がしない」
という感覚に陥ったのではないか。
そう思うと疑問は一気に氷解する。それだけ想像力が豊かなのか、本当に以前どこかで似たような光景を見て、それが鮮明に記憶として残っていたからなのか、自分でも何とも言えない感覚があった。
「ところで死体は結局?」
「うん、死体はおろか、それ以降彼女を見た人が誰もいないんだ。もちろん捜索願を出して、全国で捜索のポスターも作成し、完全な公開捜査を行ったが、彼女は煙のように忽然と消えてしまったんだよ」
「そんなことってあるんだろうか?」
「そうなんだ。だから、本当はいまさら君にお願いしても仕方のないことはじゃないかとも思うんだけど、何しろ警察がずっと捜索していても見つからなかった相手だからね。でも、君も深層心理をテーマに書いている作家だ。君なら我々と違った発想で、考えることができるんじゃないかと思って、せっかくだからと思ってお願いしているんだ。軽く、アルバイト感覚でお願いできないか? それなりに報酬を出してもいいと、社長も言っているんだ。なるほど社長にとっても、寝つきの悪いことだろう。何とかしてあげたいという気持ちもあるので、何とか君の頭で捜査してみてくれないか?」
そう言われると実も蓋もなかった。とりあえず、宿泊費の半分以上は出版社が持ってくれるということで、さらに納得のいく捜査ができれば、形になって現れることでなくともそれなりに謝礼は出すつもりでいるんだ。
というのだった。
さすがにそうでもなければ、いくら何でも初めての客の宿泊費が半分以下になるなどありえない。実に奇妙な交渉を行い、彼はそれを引き受けた。
確かに、
「できればでいいから」
と言われたが、それでも何らかの仕事をしたという証拠を示さなければ、答えを見つけることができなくても、その証があれば、それでいいのかも知れない、
もしそれをしなければ、せっかく今だに売れない小説家の自分の相手をしてくれる出版社など他にはないので、この会社と切られたら、もう小説家と言えない立場に追い込まれてしまう。それはなるべく避けたかった。
そういう意味では今回の旅行は自分にとってのテストのようなものだった。出版社が鎌倉にどれほどのことを期待しているのかは分からない。その女性を見つけてほしいというのか? 失踪した当初、地元の警察や捜索隊が見つけることのできなかった相手を二年も経った今、見つけることがどれほど困難なのか分かりそうなものだ。
それとも、本人の捜索よりも失踪の理由であったり、その手段を知りたいというのだろうか。実際に聞いたり、その場所に行くことで、小説家としての感性が何かを探し当てるとでもいうのであろうか。
確かに芸術家は、
「考えるのではなく、感じるのだ」
と思っていて、他の一般の人とは何かが違わなければ、芸術的なことに造詣を深めることはできないと思っている。
だが、彼はミステリー作家でもなければ、SF作家でもない。人間の心理について感じ、そして小説として描いている。そんな鎌倉だからできる何かを期待しているのだろうか?
もしそうだとすれば、やはり失踪した理由について、何かを知りたいということになる。だが、そもそもその女性の失踪を、今になってあの出版社がここまで気にしなければいけないのだろうか。それは、あの時少し聞いてみた。
「どうして二年間もの間、僕に相談するまで、何もしていなかったんですか?」
と聞くと、
「そんなことはない。我々も手をこまねいてただ見ていたわけではなない。独自で捜査のマネ事をしてみたんだが、なかなかうまくいかなかった。やはりプロではないからね。でも、警察にしても作家にしても、プロとしての意識があるだろうから、それを君に期待したいんだ」
と言っていた。
「僕を買いかぶりすぎていませんか?」
と聞くと、
「いや、僕としては、君が一番適任ではないかと思っているくらいなんだ。小説のジャンルとしてはなかなか世間に受け入れられないものではあるので、今はまだ鳴かず飛ばずだが、僕は君の小説には一種異様なものを感じているんだ。きっと今は数少ない読者なんだろうけど、その深さは、決して浅いものではないと思っているんだ」
と言っている。
おだてにも聞こえなくはないが、そこまでしてその捜査を続けたいのかと思うと、何となく鎌倉にも興味が湧いてきた。
――それにしても、何をそんなにこだわっているんだ?
という思いもある。
出版社の社長に絡んだ人の失踪。ひょっとすると出版社では極秘にしていることが、この捜査で明るみにでるかも知れない。そのリスクを考えての鎌倉への依頼だとすれば、逆にどうして探偵でも雇わなかったのかと思う。探偵であれば、基本的に守秘義務も守ってくれるだろう。
と思っていると、それを見越したように。出版社の人は、テーブルの下に置いてあった資料を机の上に置いた。それは何かの捜査報告書のようなノートに、スクラップブックのようなもの、それぞれ一冊ずつあった。テーブルの下に隠すように置いてあったので、この話とは関係のないものだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「これは、この事件に関して、マスコミが報じたニュースの切り抜きと、実はその後、探偵を雇って少し調べてもらったんだ。そういう意味ではある程度くらいまでは分かっている。だが、それは決して表に出ることのなかった裏で行われた事実が書かれているだけで、その理由や原因となったことについてまでは書かれていない。あくまでも推理にとどまるだけで、探偵の推理は一見、どこも間違っていないかのように思えるのだが、何か私にはそれだけでは納得のいかないことがあるのだ。この資料を君に示すので、君なりの答えを何か見つけてほしいんだ」
と言われた。
これがヒントになるのかどうか分からないが、ここまで分かっているのであれば、今度は鎌倉の方にプレッシャーがかかるというものだ。
「やはり、引き受けるには、かなりのリスクを伴うのではないだろうか」
と思った。
それにしても、探偵の捜査のどこが気に入らないのだろう。集めてきた証拠をそのまま表面上の理屈にだけ押し当てた形式的な推理だったということになるのだろうか。そんな推理というものは、編集者のプロに掛かれば、意外と簡単に見破ることができるのかも知れない。
考えられるとすれば、捜査のプロと、捜査に関してはプロではないが、発想に関してのプロとのどちらもの意見を知りたかったということか、あるいは、捜査のプロに捜査をさせ資料を作成し、作成した資料を元に、今度は発想力の高い人間の手によって、さらにその資料を最大限に生かすことで目的を果たそうとする考えだ。
後者の方が数段前者よりもリアルな発想であり、説得力がある。きっと出版社の方ではこちらの方を採用したのだろう。その白羽の矢があったのが、鎌倉だったというわけだ。
この白羽の矢が当たったのは偶然なのか故意なのか分からないが、編集部を訪れた時に何も知らなかったのを思えば、偶然だったと思った方がよさそうだ。
探偵の捜査資料としては、ほとんどが形式的な調査を元に、時系列に沿って書かれていた。
それは捜査の時系列ではなく、失踪した彼女の身元から経歴などである。きっと身内の人を調べて書き上げたのだろうが、どうやら彼女は身内も知り合いもごく少ない女性だったようだ。
そのことは、社長にもそれなりに分かっていたようだ。だが、彼女からハッキリとその口で聞いたわけではないが、その一挙手一同を見ていれば分かってくることもあるというもので、ウスウス感づいていた思いが次第に固まっていき、それが確証に変わってくると、さすがの社長も怖くなったという。
この会社の社長というのは、表面は結構温厚で、慈悲深い人間に見えていたが、女性に関してはかなりシビアな人で、自分に近寄ってくる女性は、皆自分のために生きているとさえ思っているほどであった。
もちろん、女性の中には彼自身というわけではなく、社長としての地位や、実際の財産にしか興味のない人もいた。そんなことは社長にも分かっている。分かっていて、
「来る者は拒まず」
の精神であった。
むしろそんな女性の方が、あと腐れがなくていいとすら思えた。
「お金で解決できるなら、それでいいじゃないか」
という考え方である。
お金目的の女性は、実に淡白なくせに、ベッドの中ではかなり情熱的だという。本来なら逆な気がするが、社長には分かるというのだ。社長としては、
「金目的の女には、恥じらいというものがない。羞恥のない女のセックスはまるで野獣のようで、欲望や快感を貪ってくるのだ」
というのが理由だという。
「それに比べて、私個人という男性に愛情を感じてくれる女性というのは、恥じらいがあり、こちらが覗こうとすると、本能で拒否しようとする。その態度がいじらしく、そして嫌らしいのだ。私はそんな女にそそる。セックスの間もそんな女性に美というものを感じずにはいられないのだ」
と言っている。
そして、例の女にはそのどちらもあったという。恥じらいで顔を覆うような羞恥心を持った時と、欲望や快感で身を焦がしている時とである。
だから、彼女が社長に近づいたのは、お金目的もあるだろうが、それだけではないと言っている。ただ、愛情だけが溢れているわけではない。とにかく不思議な女だそうだ。
どこか狂気に満ちたところもあるのだが、決して本能を剥き出しにはしない。女に関しては百戦錬磨を自称する社長でも、その女だけはひょっとすると自分の手に負えないのはないかと言っていたという。
そして、さらにこの社長の特徴としては、
「去る者は追わず」
といういしきを持っていたという。
去ろうとする者を追いかけてもまったく意味がない。潔さが縁の切れ目だという思いでいる。これが彼のモットーではないのだろうか。
これは探偵の資料の中に書かれていたが、まさか彼がこれを社長に示したとは思えない。ひょっとすると、この資料は、失踪した女の秘密を探るうえで必要だと思い、社長のことを密かに調べた内容を、社長以外の誰かが手に入れて、社長にだけ見せずに、一連の資料として保管していたのではないだろうか。そこまで彼らは鎌倉に提供する資料としていたようだ。
「それだけ調査をしようと思い立った方も、真剣に考えているという証拠なんだ。しかしなぜなんだろう? この女に何か秘密でも握られているのかな?」
と、鎌倉は邪推していた。
探偵の捜査は確かに結構役に立つかも知れない。少なくとも出版社からだけの情報では、これまでお警察やマスコミの発表など一から調べなおさなければいけなかったからだ。しかも探偵の調査には素人の我々ではできない情報収集も含まれている。それは探偵料を頂いているのだから当然と言えば当然だ。
何日も費やして調べなければいけない内容を資料を読むだけで把握できるのだから、ありがたいというものだ。
彼女の名前は、中川綾音という。綾音はこのホテルには一人で来たのではないという。その情報は、なぜか出版社の方から言われなかった。もちろん、この資料を見れば分かることではあるが、ただ言い忘れただけなのか、故意に言わなかったのかは分からない。
一緒に来ていた男は名前を桜井忠弘という。綾音の年齢は二十八歳、忠弘の年齢は二十三歳だったという。
忠弘という男は実に腰の低い男で、逆に綾音の態度は横柄だったという。絶えず二人は一緒にいたので、その性格は叙実に分かったというが、何でも表に出てくるのは忠弘の方で、彼のそんなへりくだった態度に従業員は困惑していたという。あまりにも相手にへりくだられると次第にウザくなってくるようで、忠弘の態度に対しての憤りがそのまま後ろで彼を操っているように見える綾音に注がれていった。
二人の滞在は一週間だったようだ。元々ここのことは、出版社の社長からの紹介だったので、ホテル側とすれば断ることもできず、VIPとしての待遇だったようだが、その待遇に乗っかってしまったのか、少しの間、ホテルの中にちょっとした風況和音が張り巡らされてしまっていたようだ。
そんな経緯があったこともあって、鎌倉に対しても、最初表面上はホテルらしく丁寧な対応ではあったが、どこか表面でしか接していないような冷たさもあったのを覚えている。もしこの資料を読んでいなければ、きっとこのホテルを最低ランクとして位置付けていたに違いない。
ただ、その理由も分かってしまうと、逆に気が楽だ。何かを聞くにしても馴れ馴れしいくらいに接すれば、却って自分が横柄ではないということを示すことができ、心象もよくなると思っていた。
実際にホテルの人も気さくな人が多く、別に何か緘口令が敷かれてるわけではないようで、二年前の綾音と忠弘の様子くらいは聞くことができたようだ。
従業員だって、最初に冷たかったのが、二人と同じ紹介でここにきているということを知っていたからであり、二人のここでの行動を聞くことはさほど困難ではなく、自然な形で聞けたのはありがたかった。
――それにしても、探偵というのはすごいものだ。よくこれだけ調べ上げたものだ――
と思うほど、日々の二人の行動まで記されている。
まるで一緒にいなければ分からないような内容も多かったが、きっと一緒に来たとされる桜井忠弘から事情は聴いたのかも知れない。
ただ、捜査の綿密さに反比例して、綾音が失踪してからの状況に関してはまったくの皆無だった。
失踪したその日は何事もなかったようだが、その日、彼女は一晩帰ってこなかった。それなのに、同行していた忠弘は騒ぎ立てることはなかった。
「ちょっと、留守にしているだけなので、今晩の夕食はいらない」
と言って、キャンセルまでしているようだ。
これを見ると、夕方に彼女が不在になることは忠弘にも分かっていることだったようだが、実際に翌朝になっても帰ってこず、昼前になって、さすがに痺れを切らしたのか、忠弘が慌て出した。それまでに携帯電話で本人はもちろん、他のあても探してみたが、結局連絡がつかなかったり、彼女の行方は知らないという人が多かった。ほとんどの人はけんもほろろだったというが、横柄な彼女の日ごろの態度が報いた結果と言えるのではないだろうか。
行方不明ということで捜査が行われたが、足取りは掴めなかった。その時に一番に疑われて事情聴取を一番行われたのが忠弘であることは言うまでもないだろう。忠弘の方とすれば、
「何も知らない。彼女からは今晩だけ留守にするが、明日の朝には却ってくるので心配いらない」
と言われていたという。
しかし、刑事は二人が対等な立場だと思っていたので、そのセリフをまともに信じられなかった。しかも相手は女性で自分が男性。そんな従属関係にあるなど思ってもいなかったからだ。それが分かったのはホテルの従業員が二人の関係について、口を揃えて従属関係のような話をしたからであって、いくら女性が年上であってもそんな関係であるというのはやはりおかしいとして、却って忠弘への容疑が深まったくらいだった。
忠弘への容疑は実にグレーなものだったようだ。何しろ失踪した綾音という女性の正体自体は鮮明に浮かんでこなかったらしい。失踪する一年前に今のスナックに入ってアルバイトをする前は何をしていたのか、ハッキリとしないと書いてある。探偵の方でもそれなりに調べたようだが、分かったことと言えば、二十歳を少し過ぎた頃に一度結婚していて、その時に子供ができたことでの結婚だったようだが、どうやら流産したようである。そのあと少しして離婚されているが、その離婚の原因が、流産にあったのではないかという調査報告が書いてあった。
それ以前のことを少しは書いていたが、参考になるようなことは書かれていない。ただ綾音という女は想像以上に男性からはモテたようで、見せてもらった写真からは想像もできなかった。
もらった写真を見ると、明らかに暗さを表に出していて、心のどこかに暗黒部分を持っていることは一目瞭然だったからだ。性格的な暗さに関しては表情を見ていれば分かる気がした。これでも売れていないとはいえ、深層心理をテーマにした小説家の端くれだと思っていたからだ。
写真を見ていると、実年齢は二十八歳だと言っていたが、どう見ても三十後半くらいにしか見えない。化粧の施し方が下手なのか、光線の具合なのか、その表情の暗さも若干影響しているのかも知れない。
以前勤めていたスナックの人たちからもいくつか聴取したようで、それも少し書かれていた。
「何というか、暗さを秘めていて、影があるというんですか? でも男性には彼女のことを気にしている人もいたみたいなんですよ。もっともその人も暗いひとで、それだけに何か執念深さのようなものを感じて、彼女に関しては他の女の子よりも余計に気を付けていたものよ」
というのが、経営者であるママさんの話だった。
「なるほど、類は友を呼ぶということでしょうか? 実際に執念深い彼女のファンの男性はいたんですか?」
と、探偵が聞きなおすと、
「そうね、何か自分では小説家のようなことを言っていたけど、名前は聞いたことはなかったわ。結構来てくれていたお得意さんだったんだけど、いつもカウンターの一番奥の席に腰かけていて、自分の指定席にしていたのよ。だから、その席が埋まっていれば、他の席が空いていたとしても、踵を返してすぐに帰ってしまうようなそんな人だったの。こっちも商売なので、他のお客さんだったら、『まあまあ』って宥めて、入店を促すんだけど、その人にだけは入店を促すことはしなかったわ」
どうやら、かなり風変わりな人だったようだ。
それにしても小説家というのはドキッとした。
――この事件に自分以外の人が一体どれだけ関わっているのだろうか?
と考えさせらた。
だが、彼女はその後、出版社に作品を書いて持ち込んできたというではないか。ということは、その作家という人がその後彼女に何か関係していたのかということになるが、そのことに関して探偵の資料には書かれていなかった。
――調べたのだろうか? それとも調べたけど、何も出てこなかったということなのだろうか?
鎌倉は探偵の資料を読めば読むほど、一つのことが気になっていた。それは捜査を進めていくうえで、知り得た情報から発展しての捜査がどこか中途半端な気がしていた。本当に捜査するのに最適な探偵だったのだろうかと思うくらいだ。
ただ、再捜査する上ではそれも悪いことではないと思った。すべてを知ってしまうとそこからの疑問もわいてくることはなく、どこから何を再捜査すればいいのかが分からない。与えられた情報を机上で整理しただけで推理を組み立てていいものか、これほど難しいことはないような気がしたのだ。
あらためて、出版社が自分にこの話を持ってきた真意について考えてみた。
――本当に結論のような結果がほしいのだろうか? ただ、向こうで納得のいく答えを期待しているだけではないか?
と思うと、自分が忖度しなければいけないと思い、
――俺にはそんなことできるはずないのにな――
と思った。
そもそも忖度するのであれば、なぜ最初に探偵に頼んだのか、そこから疑問もわいてくるのであった。
忠弘に関しての捜査であるが、彼に関しては結構細かく書かれていたが、ここまで細かく書いてあるということは、彼に対しての捜査にはほとんど困難を伴わなかったということであろうか。ひょっとすると、一か所で聞くだけで、芋づる式に過去のことも露見していき、その話の裏を取るだけでよくなり、下手をすると電話で済むこともあったのではないかと思うと、いろいろ書かれているわりに、この男の人生がどんなに薄っぺらいものなのかが想像ついた。
ただ、それを全面的に信じることもできない。なぜなら一本筋の通った人間であれば、いろいろなところに顔を出したり、神出鬼没になるわけはないだろうから、捜査がスムーズだったとしても理解できる。
それを思うと、一つの結果からもたらされた事実は、両極端な見方のできるものではないかというものであった。
忠弘は、学生時代は優等生で、あまり友達もいない人で、高校も進学校に入学し、現役で国立大学入学に成功している男だった。
優等生というレッテルを貼ればそれまでなのだろうが、挫折したのは、就職してからだった。某商社に入社したのだが、上司に大学の先輩がいて、その人に徹底的に嫌われたようだ。
その先輩というのは、バリバリの体育会系で、スポーツの成果で入社した人間だっただけに、忠弘のような青二才は一番腹が立つ人だった。
しかも、成績優秀者には劣等感を抱いていたので、先輩という権力をひけらかし、いびっていたようだ。いわゆる「パワハラ」と呼ばれるものだった。
まだ、この会社ではそこまでコンプライアンスに厳しいところはなかったので、上司のやりたい放題であった。
少しは我慢していたが、このままでは精神に異常をきたすということで病院に受診すると、
「このままなら、神経が崩壊します」
と言われたことで、迷っていた退職を決めたようだ。
その後再就職した会社は、地元の中小企業だったので、今までの大手に比べれば格段に風通しもよかった。社長も社員皆とよく一緒に呑みに行くような関係で、大企業から逃げ出したような忠弘であっても暖かく受け入れてくれた。本当に、
「捨てる神あれば拾う神あり」
というべきであろう。
そんな社長の行きつけの店が、ちょうど綾音の勤めているスナックだったというわけで、ここで二人は知り合うことになったのだ。
最初に惹かれたのは、綾音のようだった。綾音は実に活発な性格であり、ズバズバ思ったことを口にするタイプだったが、その代わり人一倍正義感に満ちていたという。だから、忠弘が前の会社で受けたパワハラを聞いた時、とにかく同情し、かわいそうだとまわりの人に話していたという。
ただ、その時に彼女の中に恋愛感情があったのかというと、疑問だったようで、その証拠にその頃綾音には付き合っている男性がいたということだ。
「でもね、その頃、静香ちゃん(綾音の源氏名)悩んでいたみたいなの」
と、店の女の子が話した。
「どういうことで?」
「付き合っている男性がかなり猜疑心が強くて、本当に参るっていっていたわ。その人にかなり気を遣っていたようだし、あの娘、見るからに人に気を遣うなんてできない雰囲気でしょう? だからかなり無理をしていたんじゃないかしら?」
と言っていた。
「そうかも知れないね。で、結局どうなったんだい?」
「ママさんが中に入って、円満に別れることができたらしいんだけど、それから少しして静香ちゃんと桜井さんが仲良くなっているってウワサになっていたの。まわりは皆静香ちゃんの悩んでいたことを知っていて、ママに相談して前の男と別れたのも知っていたから、二人のことを心の中で応援していたんじゃないかな?」
と言っていた。
綾音に対して、少なくともホテルでの表に出てきている雰囲気とはかなり違うようだ。それに忠弘に対しての態度もまったく違う。一体何がどこでいつ、彼女を変えてしまったというのだろうか?
二人の関係はよく分かった。ただ、綾音のその前の過去がまったく書かれていないのが不思議だ。調べていないのか、調べられなかったのか。それとも調べる必要がなくなってしまったのか、鎌倉は、資料を見ながら腕組みをしてしまった。
「うーん」
と唸るばかりである。
このホテルの従業員は、誰も鎌倉の目的を分かっていないだろう。宿泊者カードの職業欄には、
「小説家」
と書いているので、皆鎌倉のことを、
「小説を書くために来た」
としか思っていないだろう。
もちろん、半分はそのためであるが、もう半分の目的に対してなど、まったく想像もしていないに違いない。祝各日数に関しては、とりあえず一週間にしておいたが、そこまでに帰ることはなくとも、宿泊を延長するかも知れないという旨は伝えておいた。作家が執筆するのだから、一週間やそこらで終わらないと思っていたとしても、それは当然のことであった。
しかも、紹介者がお得意様の出版社社長である。半分はそちらからお金が出ているのだから、ホテル側としても、VIP扱いに等しいもてなしを考えていて当然であった。
鎌倉は捜査の事前確認を終えて、一度部屋を出た。せっかく来たのだから、このあたりを散策してみようと思ったのだ。
ロビーにカギを渡し、近くを散策する旨を告げた。
「湖畔にはうちのボートを使っていただければいいですよ。モーターボートもあります。もし運転できなければ、うちのスタッフが運転いたしますので、お気軽にお申しつけください」
と言われた。
「ありがとう。その時は、利用させてもらうよ」
と言った。
今日到着したばかりで疲れていることもあって、そんなに遠くに赴くつもりは最初からサラサラなかったのだ。
表に出ると、すでに日は沈みかけていた。それなのに、さっきのフロントではボートもあると話していたが、夜間でも大丈夫なのだろうか。モーターボートなどは大丈夫だろうが、手漕ぎだと、漕ぎ出したらすぐに暗くなるのではないだろうか。
だが、その心配は無用だった。ホテルからまるで灯台のようなサーチライトがまわりを明るく照らす趣向がもたらされていた。
「なるほど、これなら日が暮れても大丈夫なようだな」
と感じた。
この一帯は、完全にこのホテルが仕切っていると言ってもいいだろう。何しろこれだけ広大な広さを誇っているのだが、ほとんどが湖であり、それを囲んでいる森林地帯なのだからである。ホテルの近くの部分だけがかろうじて開拓されている。ひょっとするとあのあたりも元々は森で、ホテル建設のために整備されたのかも知れないとも感じた。
だが、そのうちにこのまわりには別荘が建ち始め、少しずつ開拓されていったのだろう。そう思うと、このホテルも、最初はホテルではなく、どこかの財閥が財に任せて作ったものではないかと思えてきた。
だから、別荘が建ち始めたのも、金持ちの象徴として、外界から遮断された場所ということで、ここが選ばれたのかも知れない。そういう意味では、ここはある意味、治外法権の場所であり、この土地独自の法律でも存在するのではないかと思えた。
日本には、昔から高級住宅街というのが存在する。東京でいうところの田園調布であったり、関西でいうところの芦屋などがその例であろう。しかし、それは表に出ている例であって、ここのような表に出ていない場所も少なからずいくつかは存在しているのではないかと思えてきた。
その日は軽く湖畔を散歩したが、歩きながら、横目に見ていたのは、対岸であった。じっと見ていると、まったく動いていないように思う。それはきっとそれだけ広いからなのではないだろうか。しかもまるで図ったかのような見事な円形をしているということは予備知識として持っていたので、これが自然の力だとすればすごいことだと思った。人間業でできることではないので、当然自然の力によるものであろう。
ただ、世界には驚くべき文明が存在する。かつてのエジプト文明のようなピラミッドの幾何学的な緻密な計算に基づいて完成されたということ。さらにインカ文明の大地に存在する、
「ナスカの地上絵」
など、何をどう説明しても合理的な説明などできるはずもない。
そう思うと、ここも日本のピラミッドであり、ナスカの地上絵なのだと言えるのではないだろうか。
こんな神秘的な土地で一人の人間が姿をくらました。それからどうなったのかを後から探すというのは、本当は無理なのではないかと鎌倉は思い始めていた。
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