自分の家……だと思っていた空き地から、灯花の家に向かったのは、丁度日付が変わった頃だった。

 道中、何度も李凛と灯花に話しかけられるも、肝心の莉々は、空返事に愛想笑いを繰り返す。心ここに在らずといった様子で、ずっと上の空だった。


 でもそれは、振られた会話に興味が無い訳ではなく、会話がつまらないと思っている訳でもなく、どう話題を返せば無難なのかと、コミュニティ能力の低さを懸念して言葉に詰まっていた訳でもない。


 ただ思い返していたからだった。


 家族の事を、自分の過去を、歩きながら少しずつ。冷静に、しっかりと、思い返していた。


 しかし、考えれば考えるほど、悩めば悩むほどに何も思い出せない。兄の事も、両親の事も、そして自分の事さえも。

 断片的な記憶こそ、あるには、ある。だけども、その前後の記憶がない。

 それこそ取って付けられた様な、曖昧で朧げな記憶。気づけば、というよりも、物心ついた時には今現在に至る、そんな感じだった。


 ふと思う。


 これは『思い出せない』のではなく『知らない』のでは、と。

 

 自分の事を知らない。まるで産まれてきた赤ん坊のように。赤ん坊が、自身がこの世に産まれ落ちたという事を知らないように。


 本当の自分を解っていないとか、自分の才能に気づいていないとか、そういったことではなく『知らない』のでは、と。

 ズキズキと微かに痛む頭を押さえ、一人で思い悩んでいると、気づいた時には灯花が住むマンションに辿り着いていた。


「遠慮しないでね」と灯花は莉々を部屋に招き入れる。

 李凛は部屋についてから、しばらく黙って莉々の様子を見ていたが、痺れを切らしたか、莉々に質問を投げかける。


「落ち着いたか?」

「うん、さっきよりかは」

「少しは思い出せたか?」


 首を横に振り俯く莉々。灯花は黙って会話を聞いている。


「さっきのアレな、魔法とか魔術とかの類じゃないんだ。アレは『呪い』だ。いや、『呪縛』って言い変えてもいいかもしれない」


「しかも、かなり強力」灯花がすかさずつけ加える。


「なんか心当たりないのか? 恨みつらみを買うタイプではないだろうけど」

「莉々ちゃんにちょっかいを出すにしては、やり過ぎだしね。それに、なんか細かすぎない? わざわざ記憶を操作して、実在しない兄の存在に縛り付けてたって事だよ」

「変わらない日常を送れているように仕向けていた、のか? でもなんで? 強力なうえ、凶悪な『呪縛』なのに、死に直結するような類ではなかったよな」

「うーん、分かんないなー」


 実在しない兄の存在——ああ、そうなのか。と莉々は直感する。


 シェイムリルファだ、と。


 二人が分からないのは当然だし、これで『呪縛』を仕掛けたのがシェイムリルファの仕業だと突き止めたのなら、二人は今すぐに魔法少女を廃業して、探偵事務所を開いた方がよっぽどいい。

 話してないのだから、莉々とシェイムリルファの関係を二人は知る由もないし、シェイムリルファが莉々の兄と結婚したという事実も分かるはずがない。

 今となれば、それも全てが虚言であり、シェイムリルファか画策していた事なのだろうけど。


 そして、そうなると、また新たな疑念が生まれる。

 

 なぜ結婚などと嘘を吐き、莉々に近づいたのか。なぜ莉々に自らのステッキを渡し、魔法少女になるように仕向けたのか。なぜわざわざ普通の日常を、変わらぬ生活を送っているかのように見せかけていたのか。


 もう一人で悩んでいても仕方がないだろうと、李凛と灯花に打ち明けようとする。しかし、莉々はすんでのところで踏み留まる。


「……心当たりは、ないかな。でも二人が『呪縛』解いてくれたんでしょ? もう大丈夫だよ。記憶もその内戻ってくるだろし」

「原因が分からねえとまた同じ事繰り返されるぞ」

「平気だって。私も魔法少女だよ。これくらい一人で解決しないとね」

「魔法少女って言ったって一人で出来ることには限界がありますよ」

「私の目標はシェイムリルファだよ。平気、平気」

「じゃあ、なんで涙が出てるんだよ」

「……え?」


 莉々は嘘がつけないし、言い訳も下手くそ。だけどバレないように嘘をついた、つもりだった。


 シェイムリルファの画策ならば、きっと話せば二人を巻き込んでしまう。彼女の目的は分からないけど、絶対に良いことではない。それだけは分かる。

 だからここで打ち明けて、迷惑をかけるくらいならと、精一杯嘘を。


 声だって震えないようにしたし、笑って誤魔化さないようにした。出来る限り明るく、気丈に振る舞った。新しく出来た友達を守る為の、一世一代の嘘。


 だけど、涙が溢れてしまった。


 代理を任されて、不安ももちろんあったけど、フワフワするような高揚感もあった。

 彼女が自分の家族になったという信じられないような驚きもあった。

 魔法少女になれたという喜びもあった。


 大好きな、憧れの、最強でカッコいいシェイムリルファに、騙されていた事実。自分でも気付けないくらいに、心がついていけなかった。


 莉々は一度流れた涙を止める事は出来なかった。


「いいよ、ゆっくり話せよ」

「うん、うん。その方がいいですよー」

「ご、ごめんなさい。……今は、上手く、話せない、かも」

「私の経験上、泣くだけ泣いたら泣くのも馬鹿らしくなりますよ。涙も枯れ果てて、どうでも良くなりますから」

「どうでも良くなっちゃダメだろ。泣くだけ泣いたら、心の膿を吐き出せば良いんだよ。周りに頼って解決できる問題なら、一緒に解決すればいいだけなんだから」

「まあ、それでもダメな時はダメですけどねー」

「『鉄血の乙女』には解決できない問題なんてねえんだよ!」

「そうだね! 恋の悩み以外なら大体いけるよね!」

「……うん。そうだね」


 そして莉々はゆっくりと語り始めた。


 シェイムリルファと自身の関係を。


 流した涙の理由を。


 

 

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魔法少女・マジカルリリィ(仮) @uma1234

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