5月16日(風) 脱出ー②
しばらくの間、無言で歩を進める。
たまに化け物や盗賊を見つけたりしたが、避けながら、もしくは捕縛しながらどんどん先に進む。
そうしてウィードと共に洞窟を進むこと数分。無事に殿下が捕らえられていた場所に来ることが出来た。
しかし、待機所らしいその場所は無残にも荒らされており、その奥の牢屋らしき場所も、すでにもぬけの殻であった。
「……ちょっと、話が違うじゃないの」
「ええ?いやいや。確かに捕まえた奴らはここに入れてたんだが……」
辺りには数人男が倒れているところを見るに、殿下が暴れるなどをして逃げて行ったのだろうと予想できた。
この広い洞窟を案内役もないままに彷徨うなど、見つける側からすれば面倒極まりないが、不安から二人が逃げ出したことも理解できた。
ウィードが嘘をついているとは思わないし、殿下と一緒にいるなら死ぬことはないだろう。セシリアたちは警備隊や騎士団と遭遇することを願っておこう。
床に転がっていた男たちも道中の盗賊と同じように縛り、見つけやすそうな未知の真ん中に放置しておく。そして私は、先ほど決めた優先順位を変更する。
「傭兵。地上を目指しますわよ」
「おや、いいのかい?てっきり王子サマを探しに行くのかと」
「二人で探すより、それを地上に知らせて多数で探した方が確実でしょう。あの方なら生き延びるでしょうし」
「そうかい?嬢ちゃんが言うならいいんだがね」
そう言うとウィードは来た道を戻り始め、不審げな私に早く来いと手招きをした。
彼の先導に従い、暗い洞窟の中を進む。道の先の状況は黒霧で確認し、
また一時間ほど経っただろうか。化け物の数はどんどん減り、また、外に近づいているのか、微かに風の流れを感じた。
同時に殿下や他の生存者も探してはいるのだが、痕跡は有れど、彼ら自身は全く見つからず、これだけ見つからないのであれば全員避難しているのだろうと思うことにした。
「もうすぐ広間に出る。そっからすぐに外だぜ」
ウィードが振り向きそう告げたその時、また地面が揺れた。揺れの原因だと思われる巨大な
とにかく今は地上に戻るが最優先で、発見した時は道を戻ってでも退避する。
そう決め、警戒を高めながら進んでいく。無言の時間に飽きてきた頃、どこか懐かしい、覚えのある魔力を感知した。それだけでなく複数人の魔力を発見し、更には
そこまで感知できたとき、その考えを裏付けするように剣戟と地面を砕く音が耳に入る。きっとこの先では、騎士団が偽竜と戦っている。
もしかしたら殿下たちもいるかと思い、少し足早になってしまった。
「おい!戦いは避けるんじゃなかったのか!」
先導するウィードを追い抜き音の鳴る方へ走っていくと、学園の大ホールが如く大きく開けた場所に出た。
そこには甲冑に身を包んだ二十人程度の騎士たちが、私が倒したよりも巨大な
驚くべきことに、戦線の中には幼馴染であるランスの姿もあった。さっき感じた懐かしい魔力はこいつか。
見知った顔に安心しながら広間に出て、戦闘の邪魔にならないよう様子を伺っていると、こちらに気が付いたランスが素早く戦いを離れてこちらへと駆けてきた。
「マーガレット!やっと見つけた!どこにいたんだよ!」
「それはこっちのセリフよ!あなたは騎士見習いのはずでしょう!」
ランスは顔に困惑を浮かべて肩を掴んでくるが、私だって困惑している。なぜ見習いのこいつがここにいるのか。
「僕だってこんなつもりはなかったよ!ただの研修だったはずなのに」
その言葉には納得しかなかった。この野外訓練前の事前準備として、危険地帯の調査も不穏分子の排除も徹底的に行われるはずで、彼もそのうえで、この訓練に配置されていたはず。そのため、これは敵方の情報操作を褒めるべきだろう。
想定外にも巻き込まれた幼馴染に同情しながら、急ぎ聞かなければならないことを口に出す。
「そんなことより!殿下を見なかった?行方が分からないの」
「殿下なら他の部隊が保護した!というか、森に入っていた生徒は君以外保護してる!」
「あら、そうなの?」
私が騎士団の足を留めていた事実に、少しだけショックを受ける。でも、予想外の事件発生からそこまで経たず、被害者を全員保護するとは。流石アイリス聖王国が誇る騎士団。
そこでまた、ひときわ大きな破壊音が広場に響いた。ランスが抜けた影響なのか、騎士団は少しだけ苦戦しているようにも見える。
生徒の無事は確認されているのだし、私は頭のスイッチを切り替えた。調査官から戦闘員に。
「あの化け物の止め方を知ってる。騎士団に伝えられる?」
「できるけど、君の安全が先!……情報元は?」
「あなたがいるここが一番安全でしょう。情報元はあれよ」
言いながら、背後からこちらを伺うウィードを手招くと、彼は恐る恐るこちらに近づいてきた。
「いや、騎士サマ。事情は後で話しますんで、許してもらえると……」
彼が何を謝っているのか私には分からなかったが、ランスはその一瞬のやり取りですべてを理解したという風にため息をついていた。
「お前か……。情報元は分かった。何をすればいいんだ」
彼らは顔見知りなのだろうか?ますますウィードの正体が気になる中、魔人から聞いた話をかいつまみながら説明する。
「そういう訳で、縫い目を狙うか、大量の魔力を浴びせて欲しいんだけど、出来る?」
「隊長に相談する。後で何があったのか、ちゃんと聞かせてもらうからな!」
そう言うと彼は私の元を離れ、指揮官らしき人物に話しかけていた。私もできることがないか、確認するためそちらに近づく。
私が駆け寄った時にはすでに情報が伝わっていて、私にも確認の言葉がかけられた。
「リコリスネーロ嬢!訳は聞かんが、奴に魔術は効かんぞ!縫い目も我々の武器では斬れんかった!」
騎士団の装備は元から強化魔術がかけられた特別製のはず。それでも斬れなかったということは、奴は改良種なのだろうか。
「騎士団の剣でもですか!……であればやはり魔術を使用した方がよろしいかと」
「何故だ。無駄に魔力を消費するだけであろう!」
「その耐性には上限があります。皆様の全力であれば到達しうると考えます!」
私自身どれくらい必要であるか把握していないが、倒せる気配のない今よりも、賭けに出てでも無力化の可能性を掴むべき。
そう考えて指揮官に進言する。彼は少し逡巡するように下を向いたが、すぐに顔を上げ全体に指示を言い放つ。
「……お前たち、作戦変更だ!赤、青、緑は集まって混合魔術!他色は時間稼ぎを!」
どうやら彼は私のことを信じて、賭けに出ることに決めたようだ。団員たちも何も言わずにその指示に従い、迅速に陣を組んでいった。
混合魔術。それは異なる属性を組み合わせ、ただ連発するよりも何倍も大きな結果を起こす技術。術者同士の相性や呪文詠唱の合わせなど、難しい点はいくつもあるが、普通に魔術を放つよりも効率的だ。
更には混合に参加できない基本色の団員は足止めに徹底させていることから、指揮官の団員と魔術への理解度の高さがよく理解できた。
そこでまた、私の悪癖が出てしまった。そんな優秀な彼らと肩を並べて戦えたならば、とても名誉なことであろう。私は笑みを浮かべて指揮官の前に立ち、この国の敬礼である、胸を叩く動作をする。
「私も参戦を。あの
だが私の提案はその指揮官によって早々に却下された。
「連携の邪魔だ!頼むから後方で大人しくしていてくれ!」
「時間稼ぎで構いません!戦いの名誉を!」
「相談役から聞いた通りの戦闘狂だな、君は!たまには女性らしく守られてみればどうだ!」
指揮官であるその男性は焦燥と苦悩を含んだ声で怒鳴った後、話は終わったという風に他の騎士の元へ戻っていった。
私の性格は、きちんと騎士団にも伝わっていたらしい。というか、騎士団の相談役、つまり父からそのようなことが伝えられていたというのが、恥ずかしいやら情けないやら、どうにも複雑な気持ちであった。
指揮官に対しても言いたいことはたくさんあったが、それでも私が連携の邪魔だというのは理解できる事実であった。
さらには追い打ちをかけるように、ランスが肩を叩きながら言葉をかけてくる。
「僕たちを信じてよ。君から見れば不甲斐ないかもしれないけどね」
私は頬を膨らませて不満を示し、その思いをランスに吐露する。
「不甲斐ないなんて思っていないわ。でも、時間稼ぎくらいして見せるのに」
「君は表向き学園の生徒で、保護すべき対象なんだ。君の家がどれだけ国に貢献していても、それは変わらない」
「戦いたいわけじゃないわよ!ただ、出来ることをやれないのは、気分が悪いだけ!」
私は嫌々ながらも下がることに決め、せめて意趣返しにと、捨て台詞を吐いて補給部隊の方へ向かった。
こちらを伺っていたのか、私が話しかけるより前に補給隊員が水と食料、顔を拭く布を渡してくれた。
「お疲れ様です。十分に休んでくださいね」
「ありがとう。あの虜囚も預かってもらえるかしら」
「承知いたしました。あちらの方ですか?」
「彼は私の家の者よ。背負っているのが捕らえた奴ね」
共についてきたウィードを訝し気な眼で見るその隊員に、私は事もなげに嘘をつく。その嘘にはウィードが何かをいいだけにしていたが、それより早く補助員が指示を出した。
「ではあなた、あちらの隊員に案内してもらってください」
ウィードは別の補給隊員に連れられて別の荷車に向かい、私はこれまでのことを詳しく説明していく。彼女は最初こそ私に同情するように頷いていたのだが、話が進んでいくうちに、何故だか目から光が失われていった。
「なるほど、それは大変でしたね。後は我々に任せてゆっくりお休みください」
補助員はメモしたそれを確認しながら、優しく微笑んでどこかへ行ってしまった。
「休めと言われても、特に疲れている訳じゃないのよね……」
私は退屈を紛らわせるためにも、騎士団の戦闘を眺めることにした。他の通路には奇襲に備え、
現在戦っている
これを突破するならば、対城兵器並の威力が必要になるだろうか。
と、号令に合わせて混合魔術が唱えられるされる。その中にはランスの姿もあった。
一人で任務を行ってきた自分は、知識としての混合魔術しか知らない。一体どうやって発動させるのか。魔術士として純粋に目が離せなかった。
「……いと尊き世界の主よ 我らが赤の理を願う」「……いと尊き世界の主よ 我らが青の理を願う」「……いと尊き世界の主よ 我らが緑の理を願う」
三組に分かれた団員たちが、それぞれ赤、青、緑の魔力に包まれる。
「……赤とは照らし 熱し 熔かすもの」「……青とは流し 冷やし 溶かすもの」「……緑とは圧し 廻し 梳かすもの」
彼らの上には、火、水、風になりかけの魔力が、決まった形をとらないまま集まっていく。
「……我らは集い 極限の火を求める」「……我らは集い 極限の水を求める」「……我らは集い 極限の風を求める」
最後にはすべてが一つに混ざり、極彩色のそれが白一色に変わった。
「「「……
その光が
そう期待を込めてウズウズと煙が晴れるのを待つ。だがそこにあったのは、焦げ付きながらも無事に眠る偽竜の姿であった。
その外殻は傷付いてはいるが、あと二、三発は耐えられそうなくらいなほど、その形を保っていた。その恐ろしさに、思わず体が震えてしまった。
団員の一人が、本当に気絶したのか剣の腹で頭を叩くが、奴が目を覚ます様子はなかった。
それを確かめた後、騎士団はその巨体を鎖で動けないよう縛り、荷車につないで地上に持ち帰る準備を進める。
恐らくは研究のためであろう。今後同じような化け物が出た時、騎士団として対処できなければコトだからね。ただ、あんな重厚そうな身体を運び出すことなんてできるのだろうか?
鎖に縛られていく偽竜を眺めながら、ランスが私の隣へと歩いてきた。
私は労うように手をあげてから、補助員に渡された水をランスにも分けた。
「お疲れ様。かっこよかったわよ」
「全く、こんな時まで……」
「何よ。素直に褒めたって言うのに」
そう言うと、ランスは下を向いたのちに、強引に話題を変えた。
「それで、そっちは何があったのさ?あの魔物も倒したとか言ってたし……」
「さっきも少し話したと思うけど、地震に巻き込まれて下層まで落ちちゃってね。それで彷徨ってたんだけど、この騒動の大本を見つけちゃって……」
斯く斯く云々。任務のためとはいえ、あんな化け物と対峙することになるなんて。いやぁ大変だった。
そうランスに笑いかけると、喜んでくれるかと思っていたのに、予想と反してランスの表情は微妙だった。
「どうしたの?危ないことをしない、なんて説教なら受けないわよ」
「いや、いまさらそんなこと言わないけど。一言いい?」
「なによ」
「逃げなよ」
私は一瞬肩を強張らせ、彼から目を逸らすしかなかった。
「足の速さは勝っていた。元凶らしき人物も確保した。それでなんで逃げないのさ」
「いや……だって……で、殿下たちに襲い掛かったら大変だなあって……」
「なんでも自分でやろうとしないで。君にもしものことがあったら……」
ランスはそこで言葉を区切り、私の肩を掴んだまま固まってしまった。
「その、ごめんなさい。でもあなたも、私がどんな人間か知ってるでしょう?」
肩に置かれた鎧に包まれたランスの手に手を添えて、意思を込めて彼の目を覗く。
彼も眉を下げながら、私を見返してくれた。
「前にも言ったかもだけど、心配くらいはさせてくれ」
「もちろんよ。いつもありがとう」
そうして見つめ合ってやっと納得したのか、彼は手を放してため息をつく。
「それで?偉大なる女戦士様は、あの化け物をどうやって倒したのさ」
「茶化されるのってこんな気分なのね……」
「普段僕がどういう気持ちか理解できた?」
「そうね……」
ランスがにやけながら私を覗き込んできて、もうそう返すしかなかった。
「まあ、相性が良かっただけよ。それと、自由度の違いかしら?」
「自由度?」
「私の短剣は家のお抱え工房の作品とはいえ数打ち品よ。でも騎士団の剣は一品物。その辺りを気にせず振舞えるのも、私の強みね」
「ああ、そう言えば短剣変わってるね。さっきの話から察するに、壊したの?」
「ええ」
リュックにしまっていた柄だけになった短剣を取り出し、もう一度慈しむように眺める。
ランスもその柄を眺めて、呆れ声を返してきた。
「何をやったらこんなになるのさ」
「強化魔術の限界って知ってる?それを超えて強化したの」
「ええと、素材ごとの飽和魔力量が、なんとかってやつだっけ。それ使用者にも危険が及ぶからって禁止されてなかった?」
「あら、そうだったかしら?」
そう言うと、ランスはまた微妙な顔でこちらを見つめてきた。
「自分の身を顧みない戦いなんて、騎士団ではやらないよ……」
「やれるようになったら色々便利よ。ランスも久々にうちの訓練受ける?」
「いや、いい。やめとく」
「そんな早口になっちゃって。……そんなに嫌?」
と、そこにウィードが首を鳴らしながら戻ってくる。
「いやー、疲れた。あんだけ戦ったのも久しぶりだし。つーかあの嬢ちゃんこそ鬼だな、鬼。……あ、どうも」
私は無言でウィードを張り倒した。
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