5月16日(風) 脱出ー①

 マーガレットが行った短剣への強化は、予想通り短剣の寿命を大きく減らした。

 一振りごとに手のひらに帰ってくる感触が変わり、死んでいくのがよくわかった。しかしそれでもその短剣は最後まで勤めを果たし、岩竜もどきベヒモスモチーフにとどめを刺すと同時、短剣は柄を残して砕け散った。

「ありがとう。世話になったわ」

 数年前から懐刀として持ち歩いていた、銘もない名剣に別れを告げる。

 それが戦闘終了の合図だった。

 短剣が通じるのを確かめた後は、作業のように剣を振るうだけであった。

 もちろん傷が増えるたびに岩竜もどきベヒモスモチーフが大暴れするので、回避する必要があったのは面倒だったが、それでも面倒だったの域を出なかった。

 退避していたウィードが肩に少年の魔人を抱えたまま私の隣に並び、動きを止めた岩竜もどきベヒモスモチーフを眺めながら呟く。

「お疲れ、嬢ちゃん。あれを倒しちまうなんて、やっぱ魔術師ってのはすげぇのな……。って、得物壊れちまったのか?予備はあるのか?」

「ありますよ。愛用品ではありませんが」

「そうか。柄だけでもちゃんと弔ってやりなよ」

「もちろんです。この子は勤めを果たしたのですから」

 柄だけになった短剣を鞄の底にしまい込み、似たような短剣を取り出す。

 その間、ウィードは私たちがしていたように、もどきの素材をいくつか採取して瓶に詰めていた。

「何をしているのです。というか、剣を弔うという発想も、傭兵から出るとは思えないのですが」

「んー?留置所で話せって言ったのは嬢ちゃんだろ?俺はなんも答えないぜ」

 採取したもどきの血を鼻歌交じりに眺めるウィードからは、ファルジュと似た嘘つきの匂いがした。

 より一層こいつの正体が気になるが、聞いたところで答えないだろうし、今はそんな場合ではないと気を取り直す。

「とにかく今は殿下の場所に案内してほしいのですが、行けますか?」

「ああ、問題ないぜ。一緒にいた嬢ちゃんもそこにいるはずだ」

「その女性は白髪に翠眼の、まるで聖女みたいな?」

 ウィードが頷き、私は少しだけ安心する。きっとセシリアに間違いない。我々の中で戦えないのは彼女だけだったからな。殿下と共にいるのなら一安心だ。

「護衛もいたと思うのですが」

「見つけた時には居なかったそうだ」

 やはり私が落ちた後、地揺れに巻き込まれた時にはぐれてしまったのだろう。あの時離れていなければと、後悔の念が再び浮かんできてしまった。

 ただ、過去を恨んでも何も変わらないと、いつも通りため息を一つついて自分を取り戻す。

 今一度状況を整理しよう。私が地下に落ちてきて1時間ほど経っただろうか。戦っていた時間を考えると、もう少し経っているかもしれない。

 その間にセシリアたちも地下に落ちて、こいつらに捕まり、私はもどきを討伐した。

 殿下とセシリアは共に行動。護衛の所在は不明。他、生徒多数が被害に合う。

 先生の陣は洞窟近くであるため、報せは走っていると想定。騎士団にも連絡が入っていることを最上だと想定して。その上で、私がやるべきことは……。

 数秒黙り込んで考える。ウィードはその間に少年の魔人を再度縛り直していた。

「傭兵。次の行動を決めました」

「なあ嬢ちゃん。そろそろウィードって呼んでくれていいんじゃないか?」

「名前を読んで欲しいなら、もったいぶらずに正体を教えなさい」

 ウィードはどうしようもないという風に肩をすくめ、続きを促すように視線を向けてくる。

 私は彼の正体をある程度掴みながらも、何も言わずに溜息だけ吐いた。

「まずは殿下とその女性の保護を。あなたは道案内をお願いします」

「了解。そのあとは地上に戻るのか?」

「その予定です。何かあるので?」

 彼ははその言葉に気まずそうな表情をした後、頬を掻きながら告げる。

「いやぁ、小僧も言ってた通り、他にも化け物がいるんだよ。それも大量に。途中で見つかったら面倒だなぁと……」

 ウィードに言われ、気付く。この岩竜もどきベヒモスモチーフがそれなりの脅威であったから忘れていたが、確かに魔人まがびとは他の生徒も襲わせていると言っていた。同時、私が今日彼らを発見できていなければ、これと同レベルの脅威が森に、ひいては王都に解き放たれていたのかと思うと、少しだけ恐ろしくなった。

「そう言えばそうでしたね……」

 だとすれば殿下の身柄より、この情報を届けることを優先した方がいいだろうか。

 移動に関しては、私が探知し、彼が案内するという方法で安全に移動できるだろうし、他の生徒の安否も気になる……。

 少しだけ目を閉じ、先の判断を修正する。目を開き、間違いだろうと構わないという意思で判断を下す。

「行き先の安全は私が確かめます。優先事項は殿下と同行者の救助。次点に味方との合流、または地上への脱出です。道中の敵はなるべく避ける。要救助者がいれば助けます。よろしいですね?」

「うえ、なんだいそりゃあ。俺は軍人じゃなくて傭兵なんだが……わあったよ。案内するから、ついてきてくれ」

 嫌そうな顔をしながら、ウィードは先導するように私の一歩先を歩き始める。

 私は黒霧ブラックミストを道の先に送り込みながら、極めて事務的に洞窟の闇の踏破に乗り出した。

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