5月16日(風) 開戦ー別視点
***
セシリアが目を覚ました時、真っ先に感じたのは地面の冷たい感触だった。体の痛みを我慢しながら目を開くと、目の前には手足を縛られたサミュエル様の姿があった。
思わず手を伸ばそうとしたとき、自分も同じように手足が閉まられていることに気付く。
なぜこんなことになっているのだろうか?
確か、マーガレット様が穴に落ちて、みんなで避難しようとして。でも、崩落に巻き込まれて穴に落ちて……。その先のことがわからない。
今の状況から、気絶した私たちを誰かが発見し拾ってくれたのだと考えられる。しかし手足を縛られているため、善意での行動ではないことも察せられた。
どうすればいいのかと混乱した頭を必死に働かせていると、すぐ近くに待機所でもあるのか、洞穴の向こうからみずぼらしい格好の男が顔を見せた。
「あ?なんだ、目を覚ましたのか。寝てるうちに済ませてやろうと思ったんだがなあ」
ククと、如何にも悪党でござい、という風な笑みを見るだけでいったい何をするつもりだったのか想像できる。
殿下の方を見ると、ところどころ服が擦り切れており私を守ってくれたのだと理解できた。
この人の強さはよく知っている。きっと卑怯な手でも使って複数人で袋叩きにしたんだろう。
久しく直視せずにいれた隠されていない悪意に、自分の中の何かが燃え上がる。心の声に従って、射殺さんばかりに睨んでいると、男はまた笑い声をあげた。
「はっはっは!嬢ちゃんみたいな可愛い子に睨まれたところで、俺たちを興奮させるだけだぜ?」
「……あなたたちは何者ですか」
「あ?あー。ま、傭兵だよ。たまにあくどいこともする、な。」
男はそう言いながら、腰に刺した剣を見せつけてきた。しかしそんな物騒な存在が、なぜ訓練の前に排除されていなかったのだろうか?
とにかくここから脱出して、先生たちにこのことを知らせないと。そう思い立つが、手足は後ろで縛られ周囲は男に見張られている。
私に何ができる?癒すことは得意だが、そんなことは今役に立たない。
「まあそれも今日までだ。お前ら、地揺れに巻き込まれて落ちてきたんだろ?
ようやく仕事が始められると、男は歓喜の笑い声をあげた。
地震もこいつらの影響?そして、あくどいこともするという男の言葉。こいつらを自由にした時、この町やクラスメイトがどうなるかというのは容易に想像出来た。
どうにかしなければという思いだけが募るが、セシリアにこいつらを倒す力はない。力がないなら何もできない?いいや、それはしない選択を下だけだ。
必死に頭を動き続け、何故かふとマーガレット様からの言葉を思い出した。
「今すべきことは、できないことを嘆くことではありません。なぜできないのかを考えることです」
あれはマナー講義の最中、が音を上げて泣き出してしまった時だったか。
そうだ。私に戦う力はない。だがこの状況を打破する方法は必ずあるはずだ。幸いにも目の前の男は、私が何もできないと踏んで油断しきっている。考えろ。考えろ。
そこでサミュエル様の方を見て、私の頭に電流が走る。そうだ。戦えないのなら戦える人に任せればいい。彼が復活するための時間稼ぎくらいは、私だってできる。やってやる。
やることが決まったなら、後は勇気を出して踏み出すだけ。これもマーガレット様から教わったのだったか。
魔術適正も使い方も、今までの講義で理解している。自分の内側に意識を向けて、魔力で形を作って、手のひらから……。
頭の中で準備を進め、ある程度作戦が固まったのちに男が寄ってきそうな言葉を投げかける。
「あの、ごめんなさい。その……すこし、お手洗いに行きたいのですが……」
猫の香典座りのような形で、男を下から覗き込むように正座をして、手のひらが相手を向くように背を丸める。少々恥ずかしい格好ではあるが、ここを脱出するためだ。
先ほども私に話しかけてきた男が、私の考えた通りに笑いながら寄ってくる
「ふふふ、嬢ちゃん。俺らみたいな悪人は、人の不幸が大好物なんだぜ?そんなこと言われちゃ」「……
男がこちらに手を伸ばした瞬間を狙って、明かりの魔術を本来よりも魔力を込めて発動する。自分の目まで焼き付きかねないそれは、男の視界を完全に閉ざした。
「っああっ!なんだ!何しやがった!」
むやみやたらに暴れる男から距離を取り、殿下の身体へ治療魔術をかけていく。聖女であることも幸いして治癒魔術は得意なのだ。
「まずは、
切り傷、擦り傷、打撲に刺し傷。もしかしたら毒にも侵されていたかもしれない。サミュエルの身体はボロボロだった。
顔にも一つ、頬に切り傷が走っている。きっと、私を守ってくれた証だ。それらを一つ一つ触れながら、確実に、だが手早く治していく。
「まだ目を覚まさないの……!」
これだけやっても、サミュエルが目を覚ますことはなかった。これがもし経験を積んだ治癒士であれば、冷静に対処したのだろう。経験のないセシリアは、ただ祈ることしかできなかった。
後ろからは男の怒る声と、数多くの足音が聞こえる。今彼が目を覚まさなければ、私はひどい目にあうだろう。
「お願い!サミュエル様!」
そう叫んだ時、サミュエルの身体を不思議な光を放ち始める。それはまるで、神様の背負う後光のような神々しいものであった。
少しするとその光は収まり、呻きながらだがサミュエルが目を覚ます。
「う、ここは……。セシリア……?」
「サミュエル様!今は説明している暇がありません!どうか、その力で私をお守りください!」
殿下が目を覚ましたと同時、目を潰した男がフラフラと立ち上がり、壁の向こうからは新たに三人の男が姿を見せる。
「何騒いでんだよ。ボスがそいつには手を出すなって言ってんだろうが……。って、お前ら、何してやがる!」
「あいつ普通に魔術を使いやがった!女の方は無能だとかホラ吹きやがって。クソ貴族がっ!」
まずい、まだ殿下は意識がはっきりしていない。早く、早く。そう祈るしか、もう私にはできなかった。
その祈りに呼応してか、再び不思議な光がサミュエルの身体を包み、虚ろだった目が光を取り戻す。
「戦う?そうだ、盗賊どもは!」
「その盗賊と戦ってほしいのです!」
「わかった!」
サミュエルが立ち上がろうとするが、彼の手足は荒い縄で縛られたまま。
「なんだ、こんな細い紐程度で!」
セシリアがナイフを取り出すより早く、サミュエルが全身に力を込めて、力任せに縄を引き千切る。
「行くぞ悪党ども!悪を挫くは我が光、
勢いのままに魔術で作り出した剣を振るい、瞬く間に3人の男を戦闘不能に追い込んだ。
「人質さえなければお前らなど!っと、セシリア!怪我はないか!」
「~~~っつ、はいっ!」
セシリアは喜びの感情が抑えきれず、サミュエルに飛びつく。彼も驚きはしたが、しっかりと抱き返してくれた。
しっかり数秒抱き合って、気恥ずかしさから互いに少しだけ距離を取る。
サミュエルが一つ咳払いをして、改めて無事を喜びあった。
「とにかく、無事でよかった。
「もちろんです!支援はお任せください!」
「ああ、頼りにしている。お前には指一本触れさせんからな」
笑みと共に伸ばされた手を取って、私と殿下は暗闇の中を進んでいく。
今の殿下と私であれば、災厄だろうと敵ではない気がした。
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