5月16日(風) 結末
豹のような
そのまま臨時避難所にされている、元々教師の陣があった場所には生徒たちが溢れかえっていた。
騎士団に囲まれて帰った私に向けて、友達から質問やら心配やらが多数飛んでくるが、答える前に事情聴取兼、健康診断として医療テントに案内された。
木組みの簡易的なベットと医療器具の並ぶ机。その間に挟まれるように、見知った顔が座っていた。
「お久しぶりです。マーガレット様。本日は大変でしたね」
そのテントにいたのは、入学試験の際に試験官を担当していたアリト教授の助手、メティカであった。
突然の再会に驚いて固まってしまった私に、メティカが座るように手を向ける。
「お久しぶりです、メティカ女史。しかしあなたは、治癒が専門ではなかったと覚えているのですが……」
こういっては悪いが、彼女は治癒も使えるとは言っていただけで、アリトと同じように才能ある人物ではなかったはず。
そう思って口に出した問いに、彼女は困ったような笑みで答える。
「私程度でも駆り出されるくらいには、人手が足りていないのですよ」
どうやら思ったよりも、被害は大きいようであった。
メティカから何があったのかを聞くと、様々な種類の
さらに騎士団陣地などの重要地点は先ほど騎士団が戦っていたような、超防御力を誇る
騎士団と協力の元、この地を取り戻したはいいが、生徒たちの安否確認や巨大洞窟発見の報など、こちらもこちらで大変だったようだ。
「教授も嘆いておいででした。突然のことに対応できないのは、ひとえに自分の努力不足だと。彼だって森を駆け回って、たくさんの生徒を救ったのに……」
幸いにも死傷者はゼロ。だが重症を負ったものは教師・生徒を問わず多数に上り、今もその対処に追われているとのことだった。
「それは大変でしたね。であれば、私は怪我を負っておりませんから、先に他の生徒を」
本心から必要ないと告げるのだが、メティカはそれでもと、腰を浮かした私の腕をつかんできた。
「だめですよ。自分で大丈夫と思っていても、そうでないことはあるんですから。それにこれは、事情聴取も兼ねていますし」
「であれば、手早く終わらせましょう」
そして、もう三度目となる説明を淀みなく話していく。おおむね同情するような視線を向けられていたのだが、
「噂程度にしかあなたのことを知りませんでしたが……。これからは絶対に、身の安全を優先してくださいね」
「アハハ……。騎士様からも散々怒られましたよ」
話すべきことを話し、健康診断もある程度終わった頃、誰も来ないよう知らされているはずであるのに、トンと後ろから抱き着かれる。
誰だと思いそちらを見ると、セシリアが何度も擦ったのか、赤くなった目にさらに涙を浮かべてそこにいた。
「マーガレット様……。ぶじで、ぶじでよかったよぉ……」
「ちょ、ちょっと!何をするの!ああ、目を擦らないの!痕になるでしょう!」
何とかセシリアを引き剝がして、メティカに誰もいないことを確認する。彼女も苦笑しながら、問題ないと頷いてくれた。
ただ、メティカはニコニコととてもいい笑顔を浮かべていて、その笑みの意味がものすごく気になってしまった。
一言いいたい気持ちを抑えて、セシリアの涙を拭ってやる。
「ほら、私は大丈夫だから。泣き止んでちょうだい?ほら、ね?あなたのことが広まったらまずいから!あー、えーと、今度またカフェにでも行きましょう?ね!」
「グスッ……は゛い゛……。でも、本当に無事でよかった……」
てんやわんやと慌てながら何とかセシリアを泣き止ませ、落ち着いたところで気になっていたことを口に出す。
「私が落ちた後、どうなったの?あなたたちも巻き込まれたことは知っているのだけど……」
「あ、はい。それなんですが……」
セシリアから話されたその内容は、ほとんどが私の予想通りであった。
落ちて、捕まり、倒して、逃げて。運よく騎士団と合流できたため、そのまま地上に避難したと。
殿下が私を探さなかったことに婚約者としてイラッとくるが、あの方は私の実力を理解しているだけだと、自分を納得させる。
「そちらも大変だったわね。あの場所に居なかったのはそういうことか」
「あの場所とは?というか、そうですよ。マーガレット様もあの後どうやってここまで……」
都合四度目となる事情説明。これからルーシーやピスティスにも説明が必要になるだろうし、後で台本でも作っておこうか。
話しているうちにいつの間にかメティカは姿を消して、代わりに温かいお茶が用意されていた。
「そんなことが……。お強いとは聞いていましたが、そこまでとは」
セシリアのリアクションは子供のように正直で、話していてこんなにも楽しい相手はいなかった。
なんて、調子に乗っている笑っていると、今度はセシリアが眉を寄せ、頬を膨らませて叱りつけてきた。
「お強いのはわかりました。でも、もう危ないことはやめてください。シャロット様にもしものことがあれば、私は、私は……」
またそこでセシリアが泣き出してしまい、茶菓子も動員しながらそれを宥める。宥めた後、セシリアの目を見て言わなければならないことを口に出す。
「心配してくれてありがとう。でもごめんなさい。私は、必要ならば剣を取る。私が
その言葉に彼女が何を思ったのかはわからないが、何も言わずに頷いてくれた。
少しの間、静寂が場を支配する。それに耐えられなくなった私は、彼女の冒険譚を聞くことにした。
「そう言えば、悪党から逃げた後、騎士団に会ったって言っていたけど、道中はどうしていたのよ?道もわからず、盗賊も襲ってくるから大変だったでしょう」
「ええと、道に迷ったのはそうなんですが、道の先に謎の光が見えて。そちらに進んでいくと騎士団の方がいて、そのまま保護されたんです。あ、盗賊はすべて殿下が倒してくれました」
謎の光とは……。よくわからないが、きっと彼女が持つ【聖女の目】だけが捉える何かなのだろう。生き物ではなく、洞窟という空間を見て色が見えたのには疑問が残るが、聖女自体が疑問の塊なので、そう言うこともあるのだろうと自分を納得させる。
「ちょっとだけ怪我はしちゃったんですけど、殿下はしっかり守ってくれましたよ!」
彼女が指差した方を見ると、足首に包帯が巻かれていた。
「軽い捻挫だそうです。この程度で済んでよかったですよ」
「そうね。でも、その傷は自分で治せないの?」
聖女であれば癒しの力を自在に操り、どんな傷でも治せるはず。にもかかわらず治していないのは、聖女でも治せない特別な傷なのかと、思わずその傷に手が伸びてしまった。
セシリアは困ったように笑って答える。
「私に癒しの魔術は効かないんです。神父様が言うには、聖女が不死身の化け物にならないように、神様から課せられた枷だとか」
それは何とも融通の利かない話だ。通常の治癒魔術でも、時間をかければ致命傷からの復帰は望める。それが聖女ともなれば、死してなお蘇生できる可能性だってある。
だからといって、全く治癒ができないようにする必要はないだろうに。
神はそんな枷を付けるより、力の説明をちゃんとしろと、虚空に向かって怒鳴りたくなった。
とにかく今は、この騒動を乗り越えたことを、今は喜ぼう。
「さあ、そろそろ他の子たちにも訳を話さないと。外に出たら私とあなたは”悪役令嬢”と”その被害者”よ。ちゃんと演技を忘れないようにね?」
「はい。承知いたしました。これからもよろしくお願いします!」
セシリアも元気に頷いて、私の言葉に続いてくれた。
私たちは友達で、その地位を守るためにも私はあなたを嫌う。あなたは私に制裁を与えれくれる。この未来は変わらないけど、だからこそずっと大切なものにしていかなければならない。
~~~騎士団の報告書~~~
記入日:聖歴1715年5月19日 月の暦(れき)
5月16日の王立魔導学園 野外訓練にて、魔物を引き連れた
各陣地、または予定されていた全ての調査地点にて襲撃を受けるが、騎士団・学園関係者に死者・行方不明者は無し。負傷者319名。
逮捕者は66名(訂正印の上、65名に変更)。
この事件では、魔人の先天的魔法により作成された偽竜が使用される。確保した死骸は魔導研究所にて解剖。情報は魔導研究所の5月18日分の報告書を参照。
残存数については不明だが、地下の不明領域に生息していると仮定し、対策兵装の開発を申請予定。
可能な範囲で不明領域の調査を進める。逮捕した魔人より情報を受け、かの者の研究所を探索。
災厄についての研究資料も発見されたため、この情報の精査と資料を元とした魔人内友好氏族との対談を外務大臣へ依頼。
また、主犯格の魔人は他にも存在するとのことで、地上に逃げていることも想定し範囲を広げ捜索中。
今後も学園周辺での事件が予想されるため、警備体系について学園と騎士団間の連携を密にしていく。
~~~魔導研究所 解剖結果報告~~~
記入日:聖歴1715年5月18日 日の暦(れき)
5月16日に起きた王国管理森林 オーステンでの学生襲撃事件にて使用された魔導生物。
魔人のみが使用可能な魔法により複数の魔物・鉱物などを混ぜ込み、元となる魔物の属性と対応した偽竜を生成。理論としては
本来同系色の魔物しか合成できないはずのそれは、全く違う色の合成に成功しており、過剰合成による崩壊も現在は確認されていない。可能な範囲で技術の解析を試みるが、大部分が魔法によるものであるため、現時点での再現は不可能。
事件の際は
魔導現象は起こせないが、魔術を弾く頑強な肌は健在。
量産化が叶うのであれば単純な質量攻撃が脅威。但し、魔導現象後の変質した魔力に反応し動きを止めるため、魔術を放ち続ければ動きを止めることは可能。
また、個体により素材が違うため、個体能力に注意。
騎士団からの要請により、対策兵装を開発中。
事件の際に見られた偽岩竜について、下記にまとめる。
岩竜もどき《ベヒモスモチーフ》・
岩竜もどき《ベヒモスモチーフ》・
メモ ミスリルのナイフが刃こぼれした……。他の個体の情報をもとに、鍛冶師と強化魔術が得意なもの協力してもらって少しずつ解体したが、圧倒的に効率が悪いため、新規研究機材の開発を切に願う。
岩竜もどき《ベヒモスモチーフ》・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます