雪の降る週末に

ふーりん華山

雪の降る週末に

 上空に今年1番の寒波が流れ込んでいる東京。南岸低気圧の影響で今日の朝から雨が降っている。今日は金曜日、これからせっかくの週末なのにどうやら夜遅くからは雪になるらしい。これがクリスマスイブなら完璧なのになと空を眺めながら思う。


 一年近く経って今更ながらだが高校生って意外と遊んでる時間ないものなのだ。なんだかんだ部活だ、行事だで時間が泡のように消えてなくなる。たまにある完全オフな週末もこうやって出かけることもなく消えていく。


 せっかく部活もないことだし、雨だし人も少ないだろうとふらっと遠くまで出てきたらこのザマだった。雨で早く帰る人たちと時間をもて余した人たちで街は溢れていた。他校の制服ばっかりで自分だけ浮いているのが気になった。


 来たのはいいもののすぐに手持ちぶさたになり、どこにでもあるハンバーガーチェーン店に入る。街の縮図のような店内に少し怯えつつ注文して窓際のカウンター席に座る。


「明日の雪マジでヤバそうじゃない?」

「マジでヤバい!」

「雪マジでテンションあがる!」

「それな~」


 中身もない下らない話が店内を雨のように降り注いでいる。ふとなんで自分はここにいるのだろうと思い始めた。理由もないなら早く帰ればよかったのに。どことなく自分に対する違和感と店内の空気感の違いを感じさっさと食べて、少し急ぎ足で店を抜け出した。


 店から出ると雨は本降りになり、少しずつ雪が混じり始めていた。予報よりはずいぶん早いようだ。小さな折り畳み傘に身を隠すようにしながら駅とは逆方向に向かう。別に何かあるわけではない。家に帰れない事情も、何か辛いことがあったわけでもない。あえていうならば、雪を嫌いになりたかったからだ。


 自分は昔から雪が嫌いだ。別に毎日外で遊びたいというタイプではなかった。それに周りが雪遊びをすれば一緒に混じってする程度だった。ただ自分の中ではよくわかることのできない違和感を抱えながら。


 そんな風によくわからない嫌いのまま大きくなってしまった。その間も違和感を抱えていたのかと聞かれてしまえば、答えは微妙としか言えない。正しくは考えたこともなかったというべきだろう。昨今の温暖化は自分を雪から遠ざけてくれていたらしい。


 そういうこともあってか数年振りの雪で街ははしゃいでいるらしい。自分だけが置いてかれた気分だ。そう時間は経っていないはずなのにもう完全に雪に変わっていた。どんどん世界が白くなっていく。


 自分はこうやって世界が白くなっていくのが嫌いだったのか。いや、そうではないだろう。白は好きだし、この方が案外街もきれいに見える。そんなことを思いながらふと自分のしたいことに気がついた。


 どうやら自分は雪を嫌いになる理由を探しに来たらしい。なぜと言われてしまえば答えることはできない。あえて言うとするならば街の人と同じように数年振りの雪で浮かれているようだ。少しだけ他に人とは理由は違うが。


 信号待ちをしているとふいに隣の人と目があった。一言で言えばすごくきれいな人。他の人が歩き出したことで、信号が変わったことに気づくほど僕は見とれていたらしい。


 だがそれは不幸の始まりだった。横断歩道の白い部分に足を滑らしてしまった。腰に少し固い衝撃がはしる。周りから見れば信号変わって飛び出して転んだ痛いやつだろう、もちろん二重の意味でだ。


 これだから雪は嫌いなんだよと思う。すぐ足を滑らして怪我をする。自分自身が雪で転んだことは初めてだし、何よりも原因は雪ではなくただ雨でたまった水に足を滑らしただけだ。どちらかというと雪よりも雨を、何よりそんな考えをしている自分自身を嫌いになりそうな考え方だ。だけどこれで理由ができたと立ち上がり帰ろうとすると、


「これあなたのですよね?」


という明確に自分向けであるやさしめな女性の言葉が投げ掛けられた。立ち上がり目を向けるとさっきのきれいな女性が僕の生徒手帳を持っていた。とりあえず転ばないように交差点の反対側まで走った。


「ありがとうございます」


 差し出された生徒手帳をつかもうとして、その手は空をきった。つかもうとして伸ばした手には雪が少し残った。


「どういうことですか?」

「どういうことだろうね?とりあえず付き合ってもらえる?」


 イエスとしか答えられない質問を投げ掛けられてしまった。せっかく理由を見つけて帰れるとこだったのにと思いながらついていく。決してきれいだからついてったという訳ではない。あくまで生徒手帳のためだ。デートができるなんて考えた訳では断じてないのである。


「何が目的なんですか、真矢さん」


 彼女は水沢真矢というらしい。僕にとってはすごく聞き馴染みのある名前だ。そんな彼女は僕をなぜか現在進行形で展望台へ連れて行かれている。もちろん人質生徒手帳を取られたままだ。


 結局全ての質問を軽くいなされながら、展望台にまで着いてしまった。様々な人と話すことがあるがこういうタイプの人が一番めんどくさい。黙っていればきっと結構いろんな人に声かけられたりするだろうに。あと僕と一緒にいなければ、か。


 雪が降ってきたということもあって展望台の中は人で溢れかえっていた。それもカップルばっかり。見てるだけでイライラする。なんでこんなところに来てしまったんだろう。


「人多いね」

「早く帰りましょうよ、面白くないし」


 なぜかじっと僕のことを見つめてくる真矢さん。

少しして呆れた表情を浮かべながらゆっくりと出口の方へ向かっていった。


 その後も何ヶ所も連れ回されてもう時間は7時すぎ。僕が来てからもう3時間以上が経ったらしい。未だにその行動の真意は分からない。その点を除けば結構楽しかったのだ。


「結局あなたの目的はなんだったんですか」

「君こそここに来た目的はなんだったの?」


 僕がここに来た目的。聞かれて初めて気付く。僕がとある理由を求めて来たのに、その答えを一切見つけられていないことを。


「その様子だと気づいたみたいだね」


 思い込みは意外と怖いものだよと言って、水沢さんは僕に生徒手帳を渡す。


「じゃあね」


 その背中を見送りながら今日のことを思い返す。雪を嫌いになりに来たのに、その正反対になってしまったようだ。雪が降ったらまた思い出して、彼女の姿を探すようになるだろう。僕と全く同じ名前をした彼女を。


「雪はやっぱり嫌いだ」


 口元に小さな笑みを浮かべながら、ゆっくりと駅に向かった。

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雪の降る週末に ふーりん華山 @fu-rin_kazan

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