第6話
私の病気は病気というより体質に近い物だと先生は言っていた。
生まれつき人より免疫が弱くて病気にかかりやすい。ちょっとした病気でもそこから別の大きな感染症に繋がって死ぬ可能性がある。
そう言う病気なのだと聞かされた。
骨髄移植をすれば治療出来るらしいのだけど、適合する骨髄ドナーが見つかる可能性はとても低いらしくて何年も見つからないこともあるらしかった。
実際、まだ私の病気は治療出来ていない。
退院しても体調を崩せばすぐに病室に逆戻り、そのうち安全のため病室にいる時間の方が長くなっていった。だから私は禄に学校にすら行けていない。
病室の中と窓から見える景色。
それが私の世界。私の全部。
「…………」
誰かが呼んでいる。
それはよく知っている声のような気がした。
「せ……お…き…」
お母さんじゃない。
その声はつい最近まで、毎日のように聞いていた声の気がする。
「刹…起き…」
突然現れて、突然面倒を見ることになった。 無邪気で無神経で子供みたいな。
一緒に海に行く約束をした。
「刹那、起きて!」
ソラが呼んでる。
ゆっくりと瞼を開けると空色の瞳と目が合った。
「よかった。刹那、眼を覚ましたんだね」
ソラが私の目の前で安心したような声でそう言っていた。
眠っている私をソラがのぞき込むような体勢だ。
……目の前? のぞき込む?
微睡みの中に沈んでた意識が急浮上して、その勢いのまま私は跳ね起きた。その時危うくソラと頭がぶつかりそうになったけどそんなこと気にしている場合じゃない。
だってあのソラが今、私の目の前にいるんだから。
比喩や例えじゃない、正真正銘触れられそうなくらい近くに。
「ソラ、あなた、なんで、外に?」
驚きと焦りで言葉がまともに出てこない。
私はどうしてソラがスマホの外に出ているのか聞こうとした。だけどそれが間違いだって事にすぐ気がついた。
よく周りを見ればここは私がよく知る病室じゃなかった。
周りを青い壁に囲まれた小さな部屋のような場所。
初めて見る場所。そのはずなのに私はここに見覚えがあった。そしてその理由もすぐに思い当たった。
私のスマホのホーム画面がちょうどこの壁の模様と同じだったから。
「まさかソラ。私にあれを使ったの?」
あれとは言うまでもなく、例の何でもスマホの中に引き込むあのビームのことだ。
問いただすと、ソラは申し訳なさそうに俯いて「ごめんなさい」と呟いた。
ソラにしては珍しい殊勝な態度に私は怒る気を逸した。怒れるほど冷静な精神状態じゃなかったっていうのもある。
「まぁやっちゃったものは、もうしょうが無いけど」
「じゃあ、刹那に見せたい物があるんだよ」
じゃあって何よ、じゃあって。
余りの変わり身の早さに、さっきまでの殊勝な態度が一気に疑わしくなるが、そんなことは構わず私の手を取って走り出した。
ソラに手を引かれる。それだけの事が何だか凄く不思議なことのように感じる。
目の前にいるソラは女子としてそれほど高いわけでも私の身長より、少しだけ低いくらいだったけど、普段がスマホの中だったから、何だか急にとても大きくなってしまったような気がしてしまう。
ソラは部屋の端まで来ると壁をコンコンと二回叩いた。そしたら壁が突然光り出した。
叩いた場所を中心に光は広がっていって、最終的に人一人分くらいの大きさにまでなった。
「じゃあ、行くよ」
「ちょっと、行くってどこに」
返事をするより早くソラは助走を付けて、その光の中へと飛び込んだ。当然手を引かれている私も一緒に。
壁にぶつかる! そう思って私は眼をつぶった。だけれどいつまで経っても衝撃が来なかった。
恐る恐るつぶった目を開くと。沢山の光が私の目に飛び込んできた。
そこは真っ暗な場所だった。
でもそこは光にあふれてた。
赤、青、白、緑、紫に水色に黄色、他にも沢山ある光の道が縦横無尽に伸びて。それと同じくらい沢山、光の粒が満点の星空のようにキラキラと輝いている。
その様は煌びやかなハイウェイの夜景によく似ている、と私は思った。……実物を見たことはないのだけれど。
とにかくとても綺麗な場所、そんな中を私たちははふわふわと飛んでいた。
「ここはね、解りやすく言えインターネットの中だよ。光の道は通信回線。星みたいな光の粒は今インターネットに繋がれているパソコンや携帯端末に繋がっていて、ボクはそれを窓って呼んでいるんだ」
ソラはそう説明してくれた。
「ボクはこの通信回線や窓を使ってどこにでも行けるし、何だって調べることが出来るんだよ」
ソラが自慢をするようにそう言った後、私達は光の道の一つに降り立った。
光の道は私たちを川に浮かんだ草船みたいにどこかえと連れてってくれる。
「ねぇ、ソラ私たちは今どこに向かってるの?」
「言ったでしょう? 見せたい物があるんだ」
ソラはイタズラ小僧みたいな笑みを浮かべてそう言った。
それから大して時間も経たない内に目的地に到着したらしく、ソラと私はまたふわりと浮かんで光の道から離れた。
「ほら、これだよ」
そう言ってソラが連れてきたのは扉と呼んでいた光の内の一つだった。
「これがどうかしたの?」
「これはね。名前は忘れちゃったけど何処かの大学にある大きなコンピューターに繋がっている扉なんだ」
「さあ、入ろう」そう言ってソラは私の手を引いた。その時、大学のコンピューターに勝手に入って大丈夫なのかな? という疑問が頭を過ぎった。
けどそんなこと知ってか知らずか、というか多分気にしてもいないのだろうけど。ソラはその光の中へと飛び込んでいった。
つよい光りで目がくらむ。
「ほら、見て」
ソラに促されてまだチカチカしている眼をゆっくりと開いて。
生まれて初めて、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは。鏡張りのような大地が青い空を写し、それがどこまでも続く美しい景色。
それは紛れもなく、以前ソラと画像を見たウユニ塩湖の景色そのものだった。
「……すっごい、きゃ」
景色に見とれて思わず一歩踏み出したところで、思わず変な声が出た。
だって踏み出した足に水の感触がしたから。
「何これ、どういうこと?」
私が足を踏み出す度にウユニ塩湖の水は波紋を立てて私の足を濡らした。
「ふふん、どうすごでしょ」
得意げな顔と態度でソラがそう言った。
「ここはね。ボクの経験や知識を元にして作った場所なんだよ。仮想現実ってやつさ」
偉そうに胸を張って話すソラにちょっとイラッとしないでもなかったけれど、それでも認めなければいけない。確かにこれは凄い。
「本当は完成してから刹那に見て貰いたかったんだけど」
「まだ完成してないの?」
私が見た限り、この場所は確かに忠実にウユニ塩湖を再現しているように見える。
だけどソラは納得していないような、すねたような顔をした。
「だって、ここは潮の香りがしない」
あっと。その言葉で急に腑に落ちた。
だからあんなに海の水にこだわってたんだ。他にも石やら水やら土やらを欲しがったのはこの仮想空間を作るための資料が欲しかったというわけだ。
言われて鼻で匂いをかいでみると確かになにも臭わないし。さらに言えば風も吹いていない。
確かにこの場所はまだ完全にウユニ塩湖を再現できていないのかもしれない。
それでも。
「そんな事はどうだっていいじゃない。どうせ本物のウユニ塩湖になんて行ったことないんだから」
本物に言ったことがない以上この場所だってただの想像の産物でしかない、それこそ本当のウユニ塩湖と比べたら似ても似つかない偽物なのかもしれない。
でもそんなことは知らない。
私にとってこの場所は多分、本物なんかよりずっと価値がある。
病室の中が全てだった私にとって、ここは紛れもなくあこがれていた外の世界そのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます