第5話

何時もより長い検温が終わって刹那がボクの前に顔を見せたとき、彼女は何処か暗い顔をしていた。

 少し前に人の感情や表情について調べたことがあったボクには分かった。これは落ち込んでいるときの顔だ。

「大丈夫? どうかしたの?」

 ボクがそう聞くと刹那は気まずそうな声でその訳を話した。

「なんか風邪を拗らしちゃったみたいでさ。ごめんね海に行くの思ったより遅くなるかもしれない」

「えー残念だなー」

「ごめんね。でも大丈夫、こういうことは前にもよくあったし、時間は掛かるけどちゃんと治すから。そうしたら海を見に行こうね」

「約束だよ」

「分かった、約束。それじゃあ悪いけど今日はもうこの辺にしとこうか、少しでも体力温存して、少しでも早く治さなきゃ」

「うーん、しょうが無いか。じゃあまた明日ね」

「うん。また明日」

 そうして窓が暗くなる。

 あーあ、明日までなにしてようかな。

 突然退屈になってしまいこれからどうしようかと、ボクは思案することにした。


 それから一ヶ月経っても刹那の外出の許可は出なかった。理由を聞いてみると刹那の病気の回復があまりよくないらしい。

「大丈夫、今までだってこういうことはあったし、もっと長引くことだってあったんだから。大丈夫、必ず治すから」

 刹那はそう言っていた。

 だからボクは大丈夫なんだろうと思った。「早く治してね」ボクがそう言うと刹那はもう一度「大丈夫」と言ってその日の会話はそれで終わった。

 三回も繰り返された「大丈夫」の意味をボクが知るのはもう少し先の話だった。


 その日から目に見えて刹那と会話する時間は減っていった。そうしてとうとう刹那はボクの所に顔を見せなくなった。

 その内、我慢できなくなってこっそりボクの側からスリープモードを解除する。

 刹那は携帯をスタンドに立て掛けてくれていたようで、ボクはベッドで寝ている刹那の様子を見ることが出来た。

 アラーム機能を使って起こそうかとも思ったけど、ボクだって体調の悪い人を無理矢理起こすのは、マナー違反だと言うことは知っていたのでそれはしないでおいた。

 それから様子を見ては諦めるを繰り返す日々が暫く続いた。

 そんなある日ボクが携帯の外を覗うと、たまたま誰かが病室の中で話しているところだった。

 画面の向きの関係でボクはそれが誰なのか確認できなかったけど、声と話の内容から刹那のお母さんとこの病院の先生の様だった。 二人の会話は断片的にしか聞こえてこなかった。

 娘さんは危険な状態。

 今夜が山。

 亡くなることも覚悟していてください。

 重苦しい声で先生がそんな事を言って、お母さんがそれを泣きながら聞いているようだった。

 その内、お母さんと先生は病室の外へと出て行った。

 お母さんの方は最後まで娘のそばにいさせて欲しいと言っていたから、後で戻ってくるのかもしれない。

 二人がいなくなり静かになったところで、ボクはさっき二人が話していた内容がどういうことなのか考えてみる。

 危険な状態。

 今夜が山。

 亡くなる。

 なくなるという言葉は物が紛失したりしたときとかに使う場合と、人が死亡したときに使う二つがある。

 話の内容からして前者の意味ではなさそうなのでこの場合は亡くなるの方だと思う。

 亡くなる【なくなる】

 人が死ぬ意。

 死ぬ【しぬ】

 生物が生命をなくすること。

 生命をなくするとはつまり、生き物らしい活動が出来なくなること。

 動いたり、ものを食べてたり、話したり、そう言った事が出来なくなると言うこと。

 その人とお別れすると言うこと。

 今までのように刹那と話したり出来なくなると言うこと。

 一緒に海を見に行くことが出来なくなると言うこと。

 イヤだ。

 イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。


 イヤだッ!


 そこから先は何か考えている訳じゃなかった。

 ただボクは気がついたときにはベットで眠る刹那にビームを放っていた。

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