87 君の職業は

〔松〕「絶対に青柳あおやぎさんが犯人だと思っていたのに!」

 一並高校落語研究会乗っ取りの真犯人の自白を聞いた松尾は、推理が外れたと頭を抱える。


〔青〕「応援部と放送部の長年の申し送り事項でしてね。樫村かしむら部長を責めないでください。責めるべきは飲酒喫煙に暴動騒ぎを起こしたサッカー部の三年生と旧顧問きゅうこもん犬吠埼いぬぼうざきです」

 放送部長の青柳あおやぎ樫村かしむらに代わって事の真相を説明した。




〔餌〕「推薦入試すいせんにゅうしのPR資料として、サッカー部の応援とスタンド清掃の画を放送部が毎年撮っていたと」

〔三〕「そんなバカみたいな理由で俺は落語をうばわれたのかよ」

 三元の罵倒ばとうに、樫村かしむらと応援部は平謝りだ。


〔松〕「例年通りにPR資料を作成するはずが、サッカー部が活動自粛で困り果てていた所に多良橋先生が。それにしたって他部活に頼めば済んだでしょうに。野球部、テニス、バレーにバスケ」


〔樫〕「スタンド清掃の画も撮ってほしくて。それに声出し応援自体がまだ禁じられたままの競技もありまして」

 消え入りそうな声で樫村かしむらがつぶやく。


〔多〕「樫村かしむら君は決して個人的な事情で無理を言ったわけではない。放送部と応援部とそのOB達が長年にわたって築いた各種メディアとのコネクションは、一並ひとなみ中学・高校自体にとっても有益だった」

 一並高校放送部と応援部は、メディア系の就活にかなり強いパイプがあるのだと青柳あおやぎが補足する。


〔樫〕「サッカー好きの多良橋たらはし先生が落研を乗っ取って『草サッカー同好会』にした。その時点ではまさかサッカー部が活動自粛かつどうじしゅくになるとは思ってもみませんでした。ただ」


〔青〕「『草サッカー同好会』を進学実績とOB達とのつながりを絶やさないために利用したのは、僕ら放送部と応援部です。多良橋たらはし先生はただ純粋にサッカーが好きなだけなんです」

 それで五人しか部員がいなくでも出来るビーチサッカーをやらせた訳ね、と三元さんげんが冷めた目を三人に向けた。


〔下〕「だとしても、俺は助っ人だからよそ者なのかもしれないけれど。それでも俺はビーチサッカーが好きになったっすよ。二学期からは荒屋敷あらやしき監督とサッカー部に戻るっすけど。それでも最後の試合は。こんなの、こんな終わり方は絶対に」



〔色〕「時に松田松尾君。君はなぜまだここにいる。叔母おばさまからすぐ戻るように言われなかったかい」

 下野しもつけがなおも言い募ろうとした言葉は、音楽評論家の色川いろかわにさえぎられた。



〔松〕「だって僕の出番は終わったし、後は午後三時前に会場に戻ってコンクールの講評こうひょうをお聞きして。あ、皆様ご迷惑をおかけしました。必ず会場に戻るので先にお帰り下さい」

 松尾の言葉に、荒屋敷あらやしきが苦笑する。


〔色〕「君は誰だ」

〔松〕「松田松尾です」

〔色〕「君の職業は」

〔松〕「ピアニストです。でも今日は仕事じゃなくてコンクールのコンテスタントで。それで出番は終わったので時間が空いて。だから」


〔色〕「叔母おばさまに尻ぬぐいをさせたままで良いのかい」

 松尾がバツが悪そうにうつむくと、荒屋敷あらやしき下野しもつけに向かってうなずいた。




〔荒〕「多良橋たらはし先生が棄権きけんを決めた理由は他にもあるよ」

 荒屋敷あらやしき下野しもつけの左足を指さした。

 テーピングをした下野の左足は、無残にれている。


〔山〕「お前は元U15日本代表候補で横浜マーリンズジュニアユースの三連覇メンバー・下野広小路しもつけひろこうじだろ。プロサッカー選手になるんだろ。ここで意地を張って故障したら、サッカー部に休部届を出してまでビーチサッカーできたえた意味がねえだろ」


 サッカー部の活動再開から新人戦まで時間がねえんだぞと声を荒げる次期サッカー部キャプテンの山下を、荒屋敷あらやしきが右手一本で制した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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