1-2 群馬から来た男がそばを食べた訳ではない(下)

 松田松尾まつだまつおは長身で程よく筋肉のついた、姿勢の良い高校一年生だったのだが――。


〔仏〕(忍者か! 何で全身黒ずくめなんだ。イケメンうんぬん以前に、顔が全く見えねえ)

〔シ〕(何で校内で黒のアームカバーとスマホ手袋?!)

〔三〕(花粉眼鏡?! 横顔すら見えない完全ガード)

〔青〕(しかも前髪分厚くて長っ。呪われそうなほどの黒髪。良く歩けるなこれで)

〔四人〕(何だあのダセーデザインの袋。【ページヤ】ってロゴも、もうちょっと何とか出来ただろうに)

 仏像とシャモに三元さんげん青柳あおやぎがそれぞれ胸の中で一人ごちる中、口火を切ったのはえさだった。




〔餌〕「僕は二年の伴太郎はんたろう。ニックネームは『えさ』だよ。よろしくね。昨日の説明会の『時そばジャカルタ編』気に入ってくれてうれしいよ」

〔シ〕「お前本当にメンタル強すぎだろ」

 あきれ顔でつぶやくシャモを気にする風も無く、餌は椅子いすを松尾に勧めた。


〔三〕「とりあえず自己紹介するか。落語研究会の顔役かおやく、総務担当の三元時次さんげんときじ。三年生です。部長ポジって感じです」

 松尾はこくりと会釈えしゃくした。


〔シ〕「俺は顔役、経理担当の岐部漢太きべかんた。三年。あだ名はシャモ。よろしく」

 手短にあいさつすると、シャモは仏像に目線をくれた。


〔仏〕「顔役、広報担当の政木五郎まさきごろう。二年。仏像って呼ばれてる」

〔松〕「仏像がお好きなんですか」


〔三/シ〕(そこ食いつく!?)

 思わず顔を見合わせた三元さんげんとシャモに対して、仏像の機嫌が急に良くなった。


〔仏〕「君の側頭部そくとうぶから首筋に掛けてのラインが、広隆寺こうりゅうじ弥勒菩薩半跏像みろくぼさつはんかぞうっぽいよね。角度と言い肌の質感といい似てると思わねえか」

〔三/シ〕「俺らに同意求めんな」

 また始まったとまゆをひそめる三元さんげんとシャモに構う風もなく、松尾は自分のスマホを取り出した。


〔松〕「これ広隆寺こうりゅうじで自撮りした写真です」

〔仏〕「えっ、これ君なの」


 絶句しながら震える仏像に、思わず三元さんげんとシャモもスマホをのぞきに行こうとするが――。

〔仏〕「Sit!おすわり

 犬のしつけのような鋭い声でさえぎられ、二人はぶーぶーと文句を言った。


〔仏〕「花粉症でそのかっこうなの」

〔松〕「ちょっと事情がありまして。学校にも許可は頂いています」

〔仏〕「絶対その方が良い。横浜は悪い奴も多いから下手に顔見せない方が良い」

 安心したように笑うと、仏像はしきりに顔を見せるなと松尾に告げた。


〔三〕(あ、仏像越えのイケメンだったんだ)

〔青〕(確かにスタイルと骨格からイケメン臭がする)

〔シ〕(イケメン排除と仏像語りできる奴を天秤てんびんに掛けた結果がこれか)

 三人の心の声に気づきもせずニコニコと笑う仏像は、小さく親指を立てた。

 入部OKサインだ。



〔三〕「月水金の放課後一時間、視聴覚室しちょうかくしつで活動中。自主活動は完全自由参加だ。自主活動では老人ホームに慰問いもんに行ったり、にぎわい座で寄席よせを見たりしてる。寄席よせには行ったことがあるかな」

 三元さんげんの問いに、松尾は首を横に振った。


〔三〕「自主活動は休日にやりたい時だけやるだけなんだけど、松田君って休日空いてるの」

〔松〕「いえ、ほぼまっています」

〔三〕「そうなんだ。合コンどうかなと思って」

 三元さんげんの言葉に再び仏像が『Sitおすわり!』と叫んだ。


〔仏〕「ダメだろ横浜は悪い奴が一杯なんだよ。『女の子のタイプ ウザくない子(正直疲れた)』って書いてあるだろ。松田君は女の子と関わり合いになりたくないの。セクハラだよ。松田君を合コンに誘うの絶対禁止!」

 仏像が余りにスゴむので、思わずその場にいた全員が反射的にうなずいた。




〔餌〕「松田君の中学校名、面白いね。正式名称を検索したら『寿限無じゅげむ』以上の長さ。すごいわ」

 黙って話を聞いていたえさが松尾に声を掛けた。


〔松〕「えっ、僕の母校を検索けんさくしたんですか」

 松尾の声色がわずかに揺れたのを、耳のきたえられた落語研究会の面々が聞き逃すはずもない。


〔三〕「じゃ、これからよろしくね」

 微妙な空気が流れかかった所で、三元さんげんは強引に話をまとめた。



※※※



松田松尾まつだまつお君。どうして君が横浜に」

 視聴覚室脇の階段を降りようとした松尾に、後ろから声が掛かる。

 振り向いた松尾の前に現れたのは、小柄で真面目そうな男子生徒だった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※読みやすさ優先のため、上下に改稿(2024/2/29)

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