『落研ファイブっ―何で俺らがサッカーを?!』

モモチカケル

一並高校落語研究会 解散

1-1 群馬から来た男がそばを食べた訳ではない(上)

『そばと一口に申しましても、色々な種類があるものでして』


 ここは横浜港を見下ろす丘にそびえる私立一並ひとなみ高校体育館。


『かつおにサバ節が良い味出してらあ。ネギがぷうんと香るのも最高だ』


 山桜の花びらがはらはらと落ちる中、古典落語『時そば』を披露ひろうするのは二年生の伴太郎はんたろう――通称『えさ』――。


 ジャカルタ育ちのパンダフェイスがずるりずるりと『そばをすする』と、山桜やまざくらの花びらが花かつおに早変わりする。



〔シ〕「えさの『時そば』、良い出来だな」


 舞台袖ぶたいそでで腰をかがめながらささやくのは岐部漢太きべかんた――通称『シャモ』――。

 人気動画配信者『みのちゃんねる』としても知られる高校三年生は、赤い着物に身を包んでいる。


〔三〕「にぎわい座で、御米おこめ師匠ししょうの『時そば』を聴かせて正解だった」


 シャモにあいづちを打つのは、クラスメイトでもある三元時次さんげんときじ

 信楽焼しがらきやきのタヌキにピンク色の着物を着せると、三元さんげん影武者かげむしゃの出来上がりだ。




〔仏〕「なあ、二人とも。落研うちの持ち時間が残り四分を切ったんだけどどうする」


 三元さんげんに声を掛けたのは、『スノボの王子様』と騒がれた二年生の政木五郎まさきごろう

 スノーボードの全米/ワールドジュニアを制した仏像は、なぜか仏像フェチが過ぎて今では『仏像』と呼ばれている。


〔三〕「俺の『│眼筋玉がんきんたますだれ』は一発芸みたいなもんだから。一分あれば十分だ」

〔仏〕「でも、えさの様子が何かおかしい」

 三元さんげんとシャモは、改めて『時そば』を演じるえさに目を向けた。



※※※



『オヤジさん、お代はいくらだい』

『十六インドネシアルピアね』


『そんなに安くていいのかい。今時珍しい太っ腹な店だ、ありがたいねえ。ちなみに本日のルピア円レートは1円=1816.07インドネシアルピア。僕お勧めのジャカルタのタピオカスタンドは』



※※※



〔シ〕「何でジャカルタネタを勝手にぶっこむんだよ。どこが笑い所だ。仏像、残り後何分。三元さんげんと俺の出番確保できそう」


〔仏〕「残り時間三分切った。この調子じゃ『時そば』のサゲ(オチ)までで持ち時間使い切る。あいつジャカルタネタを勝手にガンガンブッコミやがって。後三分でどうやってサゲ(オチ)までたどり着く気だ――。後二分三十秒。どうする」


〔三〕「行くしかないっ」

 三元さんげんはアコーディオンを引っさげたシャモと共に舞台へと踊り出た。



※※※



〔三〕『あ、さって。あ、さって。あ、さってさってさってさって。さては眼筋がんきん玉すだれっ』


〔シ〕『目ン玉がいつもより大きく回っておりますーっ。はい寄り目ええっ』

 たわわな腹を揺らしながら玉すだれをあやつ三元さんげんの隣で、アコーディオンをかき鳴らしながらシャモががなり立てる。




〔三〕「ヤバい、シャモ、吐く」

 『時そばジャカルタ編』を何事も無いかのように語り続けるえさ共々、寒の戻りのような空気を体育館中に振りまいていた三元さんげんの手から、不意に玉すだれが滑り落ちて乾いた音を立てた。



〔シ〕「舞台袖まで耐えろ三元さんげん。後は俺が何とかするっ」

 三元さんげんにささやくと、シャモはステテコにおおわれた下半身を三百人以上の男達の前にさらけ出した。




〔シ〕『ステテコシャンシャン! ステテコステテコ! ステテコシャン!』


〔餌〕『こりゃひもかわうどんみたいなそばだねえ。ちくわも薄削うすけずりりで、まるで天女の羽衣はごろもだ。そばつゆはココナツミルク割りか。何と言うかオツだね』


 明治時代にバカ受けした伝説の宴会芸えんかいげい――ステテコ踊り――を披露ひろうするシャモの隣で、餌は笹を食べるパンダのごとくマイペースで『時そばジャカルタ編』を語り続ける。


〔餌〕『オヤジさんも一緒に金を数えておくれよ。行くよ。サトゥドゥアティガ、』



 餌の時そばジャカルタ編とシャモのステテコ踊りは、不協和音ふきょうわおん二重奏状態にじゅうそうじょうたいのまま続く。


〔仏〕「無反応が一番キッツいんだよな。どうすんだコレ」


 ゼロのゼロはゼロ。一切はゼロである。

 笑いどころか、せきの一つすら起こらない。



〔放〕『残り四十秒』

 放送部のアナウンスと共感性羞恥きょうかんせいしゅうちき立てられた仏像は、マイク片手に舞台に飛び出した。




〔仏〕「こんにちは落語研究会です。拘束時間こうそくじかんは週三回一時間ずつ。落語のDVDが流れる中で宿題やるか寝てるかゲームしてるかSNSやってます。超ゆるい部で人気です。大会も休日練習も朝練も夜練もありません。上下関係もありません。入部希望者はパンフのQRコードからプロフを送ってください。部員のほとんどは至って普通ですよろしくお願いしますっ!」


 一息で言い切った仏像が、他校の女子を一瞬で落とす伝説の女子地引網じびきあみスマイルを振りまくと――。


〔餌〕『お後がよろしいようで。サンパイ ジュンパ ラギ(ではまたね)!』




〔放〕『十分経過しました。落語研究会の皆様、速やかに退出たいしゅつを願います。続きまして、サッカー部の――』


 やり切った顔でえさが頭を下げるのと同時に放送部から打ち切りのお達しが伝わり、四人は舞台袖ぶたいそでに控えるサッカー部員から生ごみを見るような目で迎え入れられた。



〈視聴覚室〉



〔シ〕「宗像むなかた先生に何て説明すりゃ良いんだ。こんなのじゃ新入生一人も来ねえよ」

〔仏〕「そう言えば宗像むなかたって、ぎっくり腰の割には復帰遅いよな。シャモ、何か聞いてるか」


 一並ひとなみ高校の中で最もゆるい部活として人気の落語研究会の顧問こもんである宗像昌華むなかたまさかは、定年を来春に控えた古典教師だ。


〔シ〕「何にも。宗像むなかた先生の教職人生最後の年に一人も新入生が来ないのは流石に不味まずい」

 宗像むなかたコレクションの中から落語入門用のDVDを引っ張り出すと、シャモは再び深いため息をつく。



〔シ〕「トイレに間に合ったか。そりゃ良かった。それはそうと、新入生に見せるDVDはこれでいいだろ」

 生気せいきの無い顔で視聴覚室に戻ってきた三元さんげんに、シャモが声を掛けた。


〔三〕「ああ。それで良い。今年はどれだけ申し込みがあるかな」

〔シ〕「申し込みがあると思うのか、あの大惨事だいさんじで」

〔三〕「言うほどひどかねえや」

 三元さんげんの言葉に、えさがパンダのような目を輝かせた。


〔餌〕「そうですよね。僕の『時そばジャカルタ編』は会心の出来でしたし。三元さんげんさんに、にぎわい座に連れて行って頂いたおかげです。ありがとうございます。僕はやりきりました。悔いはありません」


〔シ〕「お前が何の相談もなくいきなりジャカルタネタをぶっこむから、段取りが全部ぐちゃぐちゃになったっての。何でそんなに前向きなんだよ」


〔餌〕「だっていつも前だけ向いてニコニコ笑っていれば、最後には勝つって父さんが」

 えさ甲高かんだかくハリのある明るい声で、不満をあらわにしたシャモに応じる。


〔シ〕「鳥のえさのロットを間違えて、ジャカルタのマフィアに襲撃しゅうげきされたオヤジだろ。どこが上手くいってんだよ。その上お前の母ちゃんとはそのせいで離婚だ。踏んだり蹴ったりじゃないか」


〔餌〕「まだ父さんの人生は終わってないから大丈夫なんです」

〔シ〕「どんな教育受けたらそんな感受性かんじゅせいが育つんだよ」

 シャモはそれきり黙ってDVDを見た。



※※※



〔仏〕「応募来たまじかよ。えっ、ナニコレ」

 DVDで流れる『粗忽そこつくぎ』が終盤に差し掛かったところで、数学の宿題をこなしていた仏像があっと声をあげて応募者のプロフを開いた。


〔シ〕「何この名前欄なまえらん。両方苗字みょうじじゃんいたずらだろ」

〔三〕「いや。両方苗字みょうじのような本名の大落語家がいるだろ。三年も落研に在籍ざいせきしながら、知らなかったとは言わせねえぞ」


〔シ〕「知らねえよ。俺は三元さんげんみたいに詳しくねえし」

 応募者のプロフに目を通しながら、シャモが首をひねった。


~~~


 松田松尾まつだまつお 一年七組

 出身校 群馬県私立聖ウルスラパウロ(中略)ヨハネバルトロメオ聖霊せいれい中学校

 入部動機 絶対に運動をしたくない

 特技 呼吸(一分一呼吸)

 好きな食べ物 ページヤの牛三種メガ盛り弁当 

 怖いもの ページヤのチョコカスターいちご味

 地味にイラっとするもの 母校の名前 

 座右の銘 今を生きる 

 苦手なもの 母性・束縛そくばく詮索せんさく

 女の子のタイプ ウザくない子(正直疲れた)


~~~


〔シ〕「『まんじゅうこわい』を知ってるって事だよな」

〔三〕「まあ、アレは『時そば』と同じぐらい有名だから」

 怖いもののらんを指さしながらにやりと笑うシャモに、三元さんげんは淡々と応じる。


〔仏〕「そもそも『ページヤ』って何。チョコカスターいちご味って結局何味なんだよ。チョコなのかカスタードなのかいちごなのか」

〔シ〕「いちご味って書いてあるじゃねーか」

 仏像の突っ込みに、耳をほじりながら答えるシャモである。


〔餌〕「学校名が『寿限無じゅげむ』みたいに長くて面白いですよね。(中略)の所、松田君が来たら聞いてみたいです」


〔仏〕「あのな、やっぱりこいつ断った方が良い気がする」

 えさが楽しそうに中学校名を何度も繰り返すそばで、仏像が髪をかきあげながらつぶやいた。


〔シ〕「何で。他に新入生は来ないかもよ」

〔仏〕「苦手なものが『母性・束縛そくばく詮索せんさく』。女の子のタイプが『ウザくない子(正直疲れた)』って。高一でこの『遊び疲れました』感は無いわ」


〔シ〕「それを言うなら仏像のプロフだって大概たいがいだろ。『女の子のタイプ 俺のカッコ可愛さを引き立てる七十点の女。怖いもの 修羅場しゅらば』って。マジで寒い」


〔仏〕「お前らの合コン相手を誰が見つけてやってると思ってんの」

 先輩を先輩扱いなどしたことも無い二年生の仏像は、三年生二人相手にすごむ。


〔シ〕「サーセン。政木五郎まさきごろう様は一並ひとなみ高校創立そうりつ以来のカッコ可愛いイケメンです」


〔三〕「政木五郎まさきごろう様は女子を地引網じびきあみ並みに総取りするカッコ可愛いイケメンです」


〔餌〕「政木五郎まさきごろう様は全自動女子どもホイホイです」

 シャモと三元さんげんがにやにやしながらびを入れるそばで、えさがぷっすすと笑う。




〔仏〕「こいつ俺とキャラかぶりするなら断るから」

〔シ〕「仏像らしくも無い事を。仏像級のカッコ可愛いイケメンって正直なかなかいねえのに」

〔三〕「仏像ってアイドルになったら天下取れると思う」

〔餌〕「いよっ! 『スノボの王子様♡』」


〔仏〕「俺が超カッコ可愛いイケメンなのは自他ともに認める所だが、その呼び名は封印済ふういんずみだ」

〔三〕「それはともかく、松田松尾まつだまつお君をオリエンテーションに呼ぶからな。良いな」

 仏像はしぶしぶうなずいた。



〈翌日 視聴覚室にて〉



〔仏〕「松田松尾あいつ本当に来るのか」

〔三〕「さあな。入部志望理由が『絶対に運動をしたくない』だから、案外天文てんもん部や美術部にくら替えするかも」


 三元さんげん性懲しょうこりも無く、横浜シースターズ必勝弁当をおやつに食べている。


〔シ〕「匂いがこもるんだよここ。シューマイ臭いって放送部の奴らに嫌味言われるの俺なんだよマジで」


『全部聞こえてますよ』

 唐突に、朗々ろうろうと響く男子の声が聞こえてきた。



〔シ〕「いるなら言ってよ」

 視聴覚室後部のミキサー室に向かって手を振ると、放送部の部長である青柳真中あおやぎまなかがやってきた。


〔青〕「落研さんの入部希望者は何名ですか。うちは六名です。うちもオリエンテーションで視聴覚室しちょうかくしつを使いますのでよろしくお願いします」


〔三〕「うちは一人だよ。早めに切り上げるわ。そいつがちゃんと来ればの話だけどね」

〔青〕「人気部活の落研が新入部員たったの一人とは。まったくもって珍事ちんじですね」

 青柳あおやぎが眼鏡を掛け直しつつ返した。


〔シ〕「誰が来るもんか。あの部活説明会の惨状さんじょうを見たでしょ、アナウンス係さん」

 部活動説明会の仕切りをこなした青柳あおやぎに、シャモは皮肉交じりに告げる。


〔青〕「でも少なくとも一人は、そんなやからと関わり合いになる意思があるって事ですよね」

〔仏〕「やからってひでえな。それはそうと、そいつがどうも匂うんだ」

 青柳あおやぎと同じクラスの仏像が、首を横に振った。


〔青〕「政木まさき君の第六感は当たるからな。もし良ければ、僕もオブザーバーとして説明会に参加しても構いませんか」

〔仏〕「いいぜ。俺の嫌な予感が当たるようなら、そいつを放送部で引き取ってくれ」


〔シ〕「そんな事したら今年の新入生がゼロになっちまうだろ。ダメだって。政木五郎まさきごろう様以上のイケメンは現れないって設定で、強気で押してけよ」


 シャモと仏像がぎゃいぎゃいと言い合っているうちに、がらりと視聴覚室の引き戸が開いた。


〔松〕「群馬から来ました。一年七組 松田松尾まつだまつおです」


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※読みやすさ優先のため、上下に改稿(2024/2/29)

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