71 大人への階段
〈松尾下宿(千景宅)〉
日本で一番ハードなコンクール――通称・生き地獄――本番前日のゲネプロ(通しリハーサル)を終えて帰宅した松尾に、落語研究会のグループSNSが入った。
「全く話が見えない。
松尾が
『どうも松田さん。本番前のお忙しい所に済みません』
「いえ。どうされました」
『お宅の新入部員さんの件ですがね。津島のお坊ちゃんは
「ええ、ええ。えええええっ?!
思わず大声を上げた松尾に、隣でスマホをいじっていた
『本番が終わってからで構いません。色川先生の事ですから、きっと明日は会場に足をお運びになると思いまして。僕が落研さんに部活動指導員を紹介する段になって、引き受け手に恨まれるような状態でも困りますし』
「では部活動指導員の話も固まりつつあるのですか」
『
松尾はごくりと唾を飲んだ。
『松田さんがこの間共演したオーケストラの財政危機も、
口ぶりこそ柔和ではあったが、松尾に否とは言わせぬ押しの強さである。
『色川先生は昨年退官されたばかりで若い世代との会話に飢えているのです。だから音楽が好きな長津田君を紹介しようと。松田さんも色川先生の長電話攻撃から逃れるチャンスでしょうよ。では、よろしくお願いしますね。松田さんにとっても悪い話ではないですよ』
それきり一方的に通話が終わり、松尾はしばし目を虚空にさまよわせた。
「どうしたの」
通話を終えた松尾の顔色が優れないのを察した千景が、心配そうに松尾を見つめる。
「僕も大人への階段を、
松尾は大きく息を吸うと、連絡が入る一方の電話番号を表示した。
※※※
元
その上、一つ一つの単語を定義する所から話をするのが大好きだ。
「色川先生、詳しい事情は
色川に長津田のメールアドレスと用件を手早く伝えると、松尾はすべてを丸投げしてさっさとベッドに立てこもった。
その
「松尾ちゃんおはよう。今日は朝からパスタなの」
「カーボローディング用です」
物音に気が付いたのか、いつもは目覚ましにたたき起こされるまで目の覚めることのない
「今日は『落研ファイブっ』も本番ね」
「本番日程さえかぶらなければ、絶対に行きたかったのですが」
「仕方がないわよ。松尾ちゃんだって一世一代の大舞台なんだもの」
深皿にパスタを移しつつ、松尾はそれでも一緒にいたかったとつぶやいた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※一部改稿(2024/6/7)
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