いざ頂点へ

72  父(自称ラノベ作家)のしこしこ化が止まらない件

〔仏〕「じゃ、行ってくる。本当に試合を見に来るの」

 スポーツバッグをよいせと肩に掛けた仏像は、うさぎエプロン姿でしゃもじを片手に持った父を振り返る。


〔父〕「もちろんだお!(^^)! 五郎君の晴れ舞台だし、たーちゃん先生から誘われたし」

〔仏〕「その『たーちゃん@二十五歳丸の内OL』アカウントは内緒の裏垢うらあかだから、その名前で今日は呼ばないように」


〔父〕「大丈夫だお。それに今日はわっちの小説をみんなに宣伝するんだお。絶対読者さんと星を増やすお」

 父親は、しゃもじを天高くかかげて五歳児のような笑みを浮かべる。


〔仏〕「わっちって何だよ。あのな父さん。何のためにペンネームがあると思ってるんだ。あんな恥ずかしい話は中学生でも書かんぞ」


〔父〕「恥ずかしくないお。アルゴリズム分析を自作して、ビックワードを組み込んで毎日のサブタイトルも決めてるお。流入数や検索ヒット数に離脱タイミング、それから離脱ワードの傾向も監視してるお」

 長年のハゲタカ稼業かぎょうつちかった分析力は、まったく無駄な使われ方をしているようである。




〔父〕「悪役令嬢あくやくれいじょうと無職にダンジョンは息の長い人気テーマだお。あと半年は持つお。VRMMOとNTRとTSは泣く泣く切ったんだお。『無職輪廻むしょくりんね――外資系スーパーエリート(以下略)』はダディの緻密ちみつな戦略によって作られた(以下略)」

 単なる思い付きで話を作っている訳ではないと主張され、仏像は頭を抱えた。


〔仏〕「頼むから、今日一日は仕事用の話し方をしてくれ。本当に、そうでないと他人のふりするから」

〔父〕「無駄だお。今日はピーマン研究会のみんなと一緒に応援しに行くんだお。皆大きくなった五郎君に会いたがってるお。それから今日の夕飯こそトンカツだお。ダディと一緒にトンカツ食べるお」

 嘘だろと膝をつきそうになりながら。仏像は後ろ手で玄関を締めた。


〔仏〕「日に日に症状が悪化してやがる。決定的にぶっ壊れたのはやっぱり大山おおやまに行くために鶴巻中亭つるまきあたりていに泊まった所からか」

 仏像はシャモの話を真面目に聞かなけりゃと思いつつ、駅へと急いだ。



〈午前七時 金沢八景かなざわはっけい駅〉



〔シ〕「何で今になって大山おおやま鶴巻中亭つるまきあたりていの話を」

 同じ電車に乗っていたシャモを捕まえると、仏像はシャモに父親の『異変』についての心当たりを告げた。


〔仏〕「父さんの『しこしこ化』は大山おおやま鶴巻中亭つるまきあたりていのセットが絡んでいるはずだ。カナダに戻った母さんが妊娠したのも父さんが首になったのも変わってないけど。あっ」

〔シ〕「知ってる。誰にも言ってないけど」


〔仏〕「済まん。黙ってて悪かった。外資系には良くあることだから、とっとと次を見つけて転職するとは思っていたんだが」

〔シ〕「お宅の父ちゃん、あの状態からすぐ転職できると思う」

〔仏〕「あの状態からって。泥酔状態でいすいじょうたい美濃屋みのやに行った後にも何かやらかした」


〔シ〕「『無職輪廻むしょくりんね――外資系スーパーエリート(以下略)』に星三つつけてくれってうちの父ちゃんに頼んでいった」

〔仏〕「止めてくれええええ。だれかあれに麻酔銃ますいじゅうを、ぶっとい麻酔銃ますいじゅうを撃ってくれえええ」

 仏像は頭を抱えて改札口の外でしゃがみこむ。




〔下〕「おはようございまっす。聞いてください。ついにサッカー部が二学期から活動再開で、何と監督がすっごい大物が来てって。あれ政木まさき先輩、顔色悪いっすけど」

 貧血を起こしたようにうずくまる仏像を、改札から元気よく出てきた下野しもつけが心配そうに見つめた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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