70 人間国宝
ところ変わって味の芝浜(
〔う〕「ありゃ、明日は臨時閉店かい。へえ明日が
〔菊〕「ああ、この子が例の。ありゃ本当に縁起の良い
画面越しにしか見たことのない人間国宝の姿に、
右隣に
左には
そしてその奥にステッキにパナマ帽を小粋にかぶって微笑んでいるのは――。
〔三〕「
そうそうたる面々は、ビールと枝豆に冷ややっこを頼むと味の芝浜の
〔菊〕「話ってのは他でもない。お宅の仮新入部員さんの事なんだがね」
〔菊〕「あの熱中症になった子が
三元は
〔米〕「学校と
〔葛〕「津島家は代々芸術全般に理解の深いお家でね。その日暮らしの芸人にまで、おぜぜ(金)を恵んでくださった。その代わり芸には厳しい厳しい」
私も若いころは良く叱られたよと、葛蝉丸師匠は
〔菊〕「先に津島の旦那さんから話が来ていれば
〔葛〕「息子の覚悟がどれほどのものか、試してみたかったんじゃないのかね」
〔う〕「津島の若さんはもうすぐ八十歳になるだろう。ってえ事は六十歳すぎてからの子だろ。まったく息子に甘いんだか厳しいんだかボケてんだか」
大物演芸人たちを前にしてすっかり小さくなっている
〔う〕「お、若様が何か言いたげだ。どうした」
〔三〕「今年は一年生が一人しか入って無くて。そいつが海外進学のために通信科に移籍する予定なんです。それで、今二年生が二人しかいなくて、うちの落研はそもそも遊びみたいなふわふわしたもので」
〔菊〕「その辺りは
〔三〕「ありがとうございます。それで、津島君が小僧になるなら、部活では津島君をどのように扱えば」
〔菊〕「津島君は毎週三時間、部活の代わりに小僧として昔の資料の解読をするの。あなた方の所に顔を出すとしたら文化祭ぐらいかね。うちの弟子に
〔米〕「だったら、松田さんが海外留学した後には残りの子が活動を支える訳だ」
〔葛〕「話を聞く分には、その子も難しそうだけどねえ」
国際音楽コンクールの優勝者相手にうんちくを垂れる子だよと
〔三〕「店を閉じさせて悪い事したかな」
〔板〕「坊ちゃんの晴れ舞台なんだ。店を閉めて見に行くに決まってるだろう」
ぼそりとつぶやく三元に、注文の品をひとしきり出し終わって一服していた|板長
《いたちょう》が、馬鹿言っちゃいけないよとたしなめた。
〔三〕「俺は出ねえよ。絶対出たくねえ」
〔板〕「それでも見に行くさ。大切な息子に孫の晴れ舞台なんだもの」
坊ちゃんも一分ぐらいは試合に出してもらいなと、板長は缶コーヒーをぷしゅりと音を立てながら開けて笑った。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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