76 大好きすぎておかしくなる

 仏像と交錯こうさくしたままぴくりとも動かない井原いのはられんに、大声でエールを送っていた仏像の父とピーマン研究会も声を失っている。


 仏像の腹の上に崩れ落ちたれんは、みぞおちをしたたかに打って息が詰まったらしい。

 一瞬の静寂せいじゃくの後、体をかすかに動かして大丈夫と告げようとしたれん。

 彼女は自分がどこにいるのかを確認し、今度こそ気を失った。




〔仏〕「れんさん、しっかりしてっ」

 漫画のごとく鼻血を吹いて倒れたれんを、仏像はさっと抱え起こした。

〔大〕「その手をすぐに放すんだゴー君!」

〔うい〕「ゴー君、れんちゃんからすぐに離れてるら。ゴー君えが限界突破して、れんちゃんの頭が沸騰ふっとうしたのら」


〔仏〕「あ、そうだった。マズイ」

 仏像はれんの身柄をういと大和やまとたくしてれんから距離を置く。

〔仏〕「あの短時間でどれだけ鼻血を吹いたんだあの人」

 仏像は鼻血まみれのうどん粉病Tシャツを脱ぎ捨てた。



※※※



 けが人一名(鼻血)を相手方に出して試合を三対一で終えた『落研ファイブっ』。

 次なる対戦相手は――。


〔キ〕「お久じぶりでずう。もう少じ涼じげれば学童うちの子達も連れで来だのでずが」

 サンフルーツ広島ユースの優勝メンバーにインハイベスト八経験者をようする、藤沢の学童保育施設のスタッフから成る『うさぎ軍団』。

 サッカー部顧問こもんかつらと同じマンションに住むキャプテンは、相変わらずほぼすべての話し言葉に濁点だくてんがついている。



〔多〕「あのキャプテンは相変わらずだね。ほら下野しもつけ君、荒屋敷あらやしき新監督がお目見えだぞ」

〔下〕「おおおおお」

 まるで小柳屋御米こやなぎやおこめを目の前にした三元さんげんのごとく、下野しもつけは感極まった様子でかつらの隣を歩く荒屋敷あらやしきを見つめた。




〔桂〕「こちらは一並ひとなみ高校サッカー部の監督に就任する元サッカー日本代表の荒屋敷悟あらやしきさとるさん。下野しもつけ君は良く知っているよね」

〔下〕「はいっ」

 直立不動ちょくりつふどいう荒屋敷あらやしきを見つめる下野しもつけを、荒屋敷あらやしきは大福のような顔でにこにこと見やる。


〔荒〕「私はクラブ育ちで高校サッカーの現場は初めてでしてね。ビーチサッカーもついでに時々見てほしいと言われまして、どんなものかとやってきましたが」

 こりゃ良いですねと荒屋敷あらやしきはほがらかに笑った。


〔荒〕「小さな子供からお年寄りまで、言葉の通じない人同士だってボール一つで会話できる。それこそがサッカーがここまで世界的に人気になった理由だと思うんです。

 ビーチサッカーは人数が少なくても、スパイクが無くても出来る。サッカーの素朴な良さがぎゅっと詰まっていますねえ。お相撲さんやおじいさんの強豪チームもいるだなんて。楽しいなあ」


 とても元海外組のスター選手だとは思えない大きな横っ腹をさすりながらのんびりしゃべる荒屋敷あらやしきの目が、再び下野しもつけをとらえる。


〔荒〕「下野広小路しもつけひろこうじ君。腐らずサッカーを続けてくれて安心したよ。二学期から君とサッカーが出来るなんて、僕はとっても幸せ者だよ」

 下野しもつけは、目に涙を浮かべて感激のあまりふるえながら無言でうなずいた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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