77 大一番

【第二試合『うさぎ軍団』前 午前九時五十九分】


 仏像は、赤色のうどん粉病Tシャツに左手をあてがうと大きく深呼吸した。

〔多〕「いつも通りにやれば絶対大丈夫だから」

 多良橋たらはしに一声かけられると、仏像は不敵ふてきに笑う。


〔多〕「服部君、あれやって」

 キャプテンマークを巻いた服部を中心に赤色のうどん粉病Tシャツに身を包んだ面々が円陣えんじんを組むと、服部は『気合いだああああっ』と叫んだ。



【『生き地獄』ファイナル会場 午前九時五十九分】



 舞台袖ぶたいそでの松尾は、タキシードの下に着こんだ赤色のうどん粉病Tシャツに左手をあてがうと大きく深呼吸した。

〔指〕「いつも通りに弾けば絶対大丈夫だから。気合だ気合」

 舞台袖で指揮者に一声かけられると、松尾は朝早くから満員となった大ホールへと足を踏み出した。



 演奏曲目はプロコフィエフ作曲 ピアノ協奏曲第三番op.26。

 まさに落語を音にしたような曲である。

 


【第二試合キックオフ 午前十時】



〔下野母〕「初めの試合とずいぶん迫力が違うわあ」

 プロが使うような望遠ぼうえんレンズを構えた下野しもつけの母が、こりゃ大変だとつぶやいた。


〔シャモ父〕「うちの子が言うには、インターハイのベスト八メンバーとサンフルーツ広島ユースの優勝メンバーがが混じっているらしいですわ」

〔下野父〕「そりゃやれませんねえ。セミプロレベルじゃのう」


 大きなバスタオルをぐずる綾小路あやのこうじ君の頭にかぶせる攻防戦こうぼうせんを繰り広げつつ、海外サッカー愛好歴四十年以上の下野しもつけの父があいづちを打つ。




〔長門母〕「はんさんのお坊ちゃんは、あんなに活発なのに学校の成績も学年一だなんて」

 太ももに違和感を訴えた天河てんがの代わりにゴールを守る長門ながとの母が、ちょこまかと上下運動を繰り広げるえさを見てスゴイスゴイと連発する。


〔餌母〕「いえいえ。うちの子は海外進学クラスですから三十人ぐらいの中の一番です。本当にすごいのは、何といっても『しこしこさん』の所の五郎君。模試もしでも全国成績優秀者リストの常連だそうで」


〔長門母〕「へえ、『しこしこさん』も自慢の息子さんでさぞ鼻が高いでしょうね」

〔天河母〕「『スノボの王子様』は究極の文武両道ぶんぶりょうどうの上に、王子様そのものの容姿なのねえ。うちの子にも髪の毛一本ぐらい分けてほしい所ですけれど。それにしたって、あの『しこしこさん』のお坊ちゃんが、あの五郎君」


〔仏像父〕「五郎君強いおーっ。ダディがついてるおー!(^^)!」

〔ピ研〕「つおいおおおおおおっ!(^^)!」


 自作ラノベ【無職輪廻むしょくりんね―外資系スーパーエリートリーマン(以下略)】のさわりと『ざるうどんしこしこ@日吉大経済卒』SNSアカウントの入ったビラを観覧席に配って歩いたせいで、仏像の父はすっかり『しこしこさん』として認知されていた。


 ちなみに、ビラには『みそうどんぐちゅぐちゅ』氏によるラノベのイメージイラストが添えられている。


 幸か不幸か、息子の仏像はその事を知らずに自陣ゴール前で激しい攻防戦を繰り広げている最中である。



※※※



〔仏〕「練習試合の時より格段に役者が上だ」

 相手のピヴォ(FW)は明らかに『藤沢の学童保育のお兄さん』クラスではない。


〔仏〕「夏休み中だ。青うさぎか赤うさぎの元チームメイトを助っ人に呼んだか」

 主力中の主力の天河てんがの故障で枚数の減った『落研ファイブっ』。

 明らかに格上相手に、新たに助っ人となった今井や井上を充てれば大敗は目に見えている。


〔仏〕「やるしかねえ。『落研ファイブっ』には、世界の頂点を制した男が二人もいるんだ。俺は世界を制した男。『スノボの王子様』とはこの政木五郎まさきごろう十六歳の事!」

 仏像は、左胸に手をやると大きく息を吸った。


 時は第一ピリオド中盤、時刻は午前十時六分を過ぎた頃である。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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