78 帝王

【『落研ファイブっ』VS『うさぎ軍団』第二ピリオド 午前十時十六分】


 第一ピリオドは両者無得点。

 クラブユース優勝メンバーとインハイベストエイトメンバーをようする『うさぎ軍団』の猛攻をしのぎ切るので精一杯だったフィクソ(DF)の仏像は、三分間のインターバルを終えて空を見上げる。

 極限まで熱せられた砂の熱さと、鞭のようにぶつかり合う肉体へのダメージが容赦なく全身を襲う。


〔仏〕「シャモ! 動くな潰れろ!」

 第二ピリオド開始の笛と共に、仏像はアドレナリンを放出させて疲労と相手ピヴォ(FW)を吹っ飛ばした。

〔シ〕「無理いいいいい!」

 ワントップのピヴォ(FW)を務める長身のシャモであったが、完全文化系人間につき肉弾戦にはめっぽう弱い。

〔シ〕「もういい加減に交代させてよ。俺はそもそも運動嫌いなんだよ! 野獣眼鏡やじゅうめがね(松尾)をコンクール会場から呼んで来いよ」

 隠れスポーツエリート軍団である『うさぎ軍団』の重量級の肉弾戦に、シャモの心と体はとっくにKOされていた。


※※※


 『落研ファイブっ』が『うさぎ軍団』戦の第二ピリオドを迎えようとしていたちょうどその頃、松尾が奏でるプロコフィエフ作曲・ピアノ協奏曲第三番ハ長調は第二楽章の第五変奏へ。

 妖艶ようえん廓話くるわばなしから一転、講談こうだん(※)の軍記物ぐんきものへと色彩を変える。


〔色〕(音質を変えるだけではない、語り口を変えるだけでもない。会場の空気を掌握しょうあくし、完全に支配する。松田松尾君。君は王子ではない、帝王だ。私は帝王の戴冠式たいかんしきに、今、立ち会っているのだ)。

〔長〕(漫画でもあるまいし、こんな十五歳がいてたまるか。いや、でも、彼は、松田松尾まつだまつおは実在する。一年七組の、落研のくせにビーチサッカーをやっている松田松尾君と、目の前にいるピアノの王子様は、本当に同一人物なのだろうか)。

 色川と長津田が全身を耳にして奇跡の演奏にのめりこんでいるうちに、ファゴットのくぐもった音と共に第三楽章が始まった。


〔色〕(水龍だ! 竜巻が見える)

 トタン屋根を叩くにわか雨のように響き渡る松尾のピアノ。

 鹿威しが右へ左へと水をまき散らすように松尾が両の手を動かすと、オーケストラがトラックの荷台から水をまき散らすような大音声をホール中にまき散らす。


〔色〕(いや、それともこれは泉州岸和田せんしゅうきしわだのだんじりか。はたまた喧嘩神輿けんかみこし山笠やまがさか)

〔長〕(かっけえ)

 古今東西の名演を聞きなれたはずの色川が息を呑む中、長津田も常ならぬ語彙力ごいりょくと化しながら松尾の姿に見惚れていた。


※※※


 一方こちらは試合会場。

〔長〕「あちゃー、降って来た」

〔シ〕「何じゃこりゃーっ。前が見えねえっ」

 松尾が水芸のごとくピアノの音粒を会場にバラまき始めると同時に、雨粒がゴールを守る長門ながとの頬を濡らしはじめる。

 そして松尾がホールの最後列まで揺れるような大音量を届けた瞬間、シャモの眼前で雨のカーテンが一気に下りた。


〔多〕「下野しもつけ君、存分に暴れてこい。政木まさき(仏像)お疲れ。この試合絶対取る」

〔仏〕「当たり前だ。うさぎってのは持久力には劣るだろ」

  ピッチを豪雨が蹂躙じゅうりんする中、多良橋たらはしは疲労の見える仏像を下げ、温存しておいた下野しもつけを切り札として投入した。


〔う〕「ごごでだだみがげるっ! まんず一点どりにいご」

〔多〕「Beat them up圧勝するぞ!」

 未だ両者無得点の『落研ファイブっ』と『うさぎ軍団』の両チームは、ボールを巡って激しくぶつかり合った。


〔下〕「餌さん、自由に動いて大丈夫っす。後ろは全部服部さんがケアします」

〔服〕「俺えええっ」

 下野は入るなり、餌をフリーにして左アラ(MF)からフィクソ(DF)に下がった服部に後ろのケアを全部押し付けた。


〔長〕「服部、ゴールは任せろ。俺を誰だと思ってる」

〔服〕「彦龍ひこりゅう天河てんが)の控えゴレイロ(GK)」

〔長〕「違う。俺はピヴォ(FW)兼超攻撃型ゴレイロ(GK)にしてプロレス同好会の華・長門祐樹ながとゆうき十七歳だこらバカヤローっ!」

 闘魂に火が付いたらしい長門は、水龍のごとき雄たけびを上げてロングボールを蹴り上げた。


※※※


〔シ〕「俺もう無理なんだけどおおお。ねえマジ無理って言ってるじゃん」

〔下〕「シャモさんポスト、点入れなくても良いからポストっ」

〔シ〕「鬼いいいいっ」

 『うさぎ軍団』に容赦なく削られ続けたシャモは、ついに豪雨の中バツ印を大きく掲げた。


〔多〕「あいつにゃあれが限界だな。樫村かしむら君、ピヴォ(FW)に入ってもらえるか」

〔樫〕「もちろんです。皆さんに少しでも恩返しをしなくては」

 応援部長の樫村が交代しようとしたその時――。


〔下〕「あっ!」

 相手ピヴォにつり出された長門ながとが、左足首の激痛に崩れ落ちる。

 下野しもつけの必死の走りもむなしく、ゴールポスト前でカバーをした服部をあざわらうかのようにゴールネットが揺れた。

 時刻は午前十時二十五分を回った所である。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※講談 歴史上の出来事や戦い、人物などについて独特の抑揚を付けて語る芸。

(2024/8/24 「喧嘩神輿かだんじりか」より改題。加筆)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る