58-2 真のスーパーノヴァ

〔松〕「話は千景ちかげおばさんから聞きました。水臭いじゃないですか。部活の大事な話し合いだって言うのに僕をけ者にして」

 味の芝浜の敷居しきいをまたいだ松尾は、ずかずかと座敷ざしきに上がり込む。


〔仏〕「お前今一番大事な時期じゃねえか」

 『生き地獄』中の松尾がまさか話し合いに乗り込んでくるとは思いもよらず、仏像は思わず声を上げた。



〔松〕「千景ちかげおばさんから話の大筋は聞きました。それで」

 仏像に取り合わず、松尾はA4判ファイルを取り出す。


〔松〕「現在着替え用テントを置いている辺りを冷暖房完備れいだんぼうかんびでプレハブ化しましょうと。それから部活動指導員についてはそっちで何とかうまくやってくれと」


〔多〕「アイアイサー」

 多良橋たらはしはシャモに書類を見せた。




〔シ〕「服部君。松田君がいるうちはこうやって寄付金を出してくれるとしても、来年以降はどうするのよ」


〔松〕「その件については、落研部門と草サッカー部門両方にまたがる基金を作ろうと思います」

〔シ〕「春日かすが先生の金ったって限度があるって」

〔松〕「いえ、僕の金です」

 松尾の一言に、一同がしんと静まり返った。




〔松〕「えっと、僕のコンサートチケットは二年後までほぼ完売で。配信チケットの収益率がかなり良くて、それで」


〔仏〕「それは松尾が自分で稼ぐ大切な金だろ。『生き地獄』に優勝すれば留学費用は浮くにせよ、現地の生活費だとかピアノ代だとか」

〔松〕「ピアノはエンドース契約(※)が結べましたので大丈夫です」


〔シ〕「エンドース契約だあ?! 松田松尾まつだまつお大先生どれだけ大スターなのよ」

 休止中バンドのギターボーカルでもあるシャモが、調子はずれな声を上げた。


〔餌〕「僕が三崎口みさきぐちのページヤで買い占めたエコバッグは、あの時点ですでに高値で売れる状態だった訳だ」

〔仏〕「矮星わいせいと違って、真のスーパーノヴァだ」

〔三〕「本当に日本の宝だったのね」

 三元さんげんは目を泳がせている。


〔松〕「と・に・か・く。僕の稼いだお金ですから用途ようとは僕が決めます」

〔仏〕「えさと服部のお遊びのために、松尾が身銭みぜにを切る必要はないだろ」


〔松〕「千景ちかげおばさんがベースの施設は整えてくれたから、今後の維持費はそこまで高くないし。指導員さんの人件費は学校持ちだし」

 松尾が書類に目を落としながらブツブツつぶやく。


〔仏〕「聞いちゃいねえ。そういう所、えさそっくり」

〔多〕「まあまあ、肝心の指導員さんの話も決まらないうちから早まるなって。プレハブの話は進めたいが、基金ききんの話は保留な。第一まだ未成年者なんだから。寄付きふをするにしても十八歳を過ぎてからな」

 多良橋たらはしが珍しく場を収めた。




〔多〕「話を戻す。来年度分からについては、独立した部活として承認しょうにんされれば予算を付けられる。八月の大会でベスト四以上になれれば、それが前倒しになる可能性が少しはあるかと言う所だな」


〔三〕「ビーチサッカーの監督を外部から呼んで、落研部門は多良橋たらはし先生が見てりゃいいじゃん」

〔シ〕「それじゃ俺たちが抜けた後誰が教えるんだよ。先生は門外漢もんがいかんだから困ってんの」

 シャモが三元に釘をさすと、三元はしばらく考え込んでからポンと手を打った。


〔三〕「俺は受験しねえから、新入りの教育を手伝うわ。シャモも推薦すいせんが決まったら手伝え。とりあえず麺棒めんぼう君は呼び戻すんでしょ」

〔餌〕「放送部優先なら、二学期から大丈夫だとは言ってくれました」


〔仏〕「もう連絡とったの。早っ」

〔餌〕「ペン回し全国大会優勝だそうで」

〔三〕「ロトエイトだっけ。皆すげえな」

 俺何も出来ねえと三元さんげんは嘆いた。


〔餌〕「でも昨日も三元さんは慰問いもんに行ったんですよね。十分すごいですよ」

〔三〕「聞いてんだか聞こえてないんだか分からない、じいちゃんばあちゃん相手だもんよ」

 三元さんげんが照れ臭そうにうつむくと、みつるが座敷に顔を出した。




〔み〕「ちょいと時坊、小柳屋御米師匠こやなぎやおこめししょうがあんた方に用があるってよ」

〔三〕「御米師匠?! 何で」

 三元さんげんがはじかれたように顔を上げた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※エンドース契約 (本稿では)企業から無償で楽器の提供を受ける代わりに、公の場では必ずその企業の楽器を使用する契約。

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