57-3 一並高校落語研究会

〔餌〕「来ちゃった♡」

 ドアチェーンを掛けたまま小さくドアを開いた仏像はそのまま締めた。


〔餌〕「痛っ。まさか本当にそれやる」

 ドアの隙間に差し入れた足を思いっきり挟まれて、えさは恨めしそうに仏像を見上げる。


〔仏〕「その小きたねえ右足を引け。俺は寝てたんだ」

〔餌〕「僕は寝てませーん」

〔仏〕「お前の事情は聞いてねえ。明日の起床は六時きっかりだぞ」

〔餌〕「大丈夫だって。二時間も寝れば十分でしょ。シャモさんのいびきで寝れない」


〔仏〕「それを先に言えよ。じゃ、お休み」

 えさに構わずベッドにもぐりこんだ仏像の背後に、パンダのぬいぐるみよろしくえさがもぐりこんできた。


〔仏〕「そっちのベッドに寝ろって言ってんだよ。り出すぞ」

〔餌〕「けちっ。このパンダそっくりのふわふわあざと可愛い伴太郎はんたろう君のどこがお気に召さないと」

〔仏〕「全部だ全部。ふざけやがって」

 仏像は夏掛け布団を引っぺがすと、餌を床に転がした。


〔餌〕「ねえねえ仏像。本当に真面目な話があるの。本当に」

〔仏〕「何だよかしこまって」

 仏像はフットライトに浮かぶえさの真剣な顔を見た。




※※※



〔仏〕「どうしたいって聞かれても、俺にも分からねえんだ。悔しいが青柳あおやぎの言う通り、俺は究極の草食系なのかもしれん」

 珍しく真剣な顔のえさに今後の落研をどうしたいのかとたずねられた仏像は、返事にきゅうした。


〔餌〕「服部君の思惑通りに行くなら落研は本当に無くなって草サッカー同好会は体育会系部活になるよ。仏像は間違いなく戦力扱いだし。そこで頑張るぐらいなら、もう一度スノボの世界に戻ったら」

 仏像はえさに背中を向けた。


〔仏〕「ブランクは二年近いし、背が高くなり過ぎて競技には完全に不利だ。俺は勝てない│いくさはしない主義だ」

〔餌〕「そうか。本当にそれでいいの」

 仏像はだまってうなずいた。



〔餌〕「それでね、僕は一並ひとなみ高校落語研究会を残したい」

〔仏〕「三元さんげんやシャモのためにか」

 違うと告げたえさは、しばらく言葉を探しているかのように沈黙した。


〔餌〕「マイペースにやりたい落語をやって、百年遅れのステテコ踊りを披露ひろうして、へんてこな玉すだれをやっても許される。そんな一見何の役にも立たない部活が学校にあるのは、人が人であるためにとても大切な事なんだ」

 それって『愛・楽・自由』そのもので、それこそが人間の本性だと思うんだ――。

えさは小さな声で付け加えた。


〔仏〕「今年の文化祭は落語だけじゃなくて、寄席よせみたいに色物(※)も出したい。紙切りなら笑いを取らなくても務まるし、七組(海外進学クラス)の生徒あたりには需要もあるだろ」

〔餌〕「色物部門として、ペン回し名人『ロトエイト』としての麺棒めんぼう君を呼び戻せるかな。今年限りだけど、松田君の│HBB《ヒューマン・ビート・ボックス》もあるし」

 黙って聞いていた仏像が探るように言葉を発すると、餌は小さな体を乗り出した。


〔仏〕「文化祭が好評なら、一並ひとなみ中学の奴らが何人かは興味を持ってくれるだろうし。そうしたら来年の新入生勧誘にもつながるんじゃないか。落研の部活動指導員になってくれそうな人への伝手つて三元さんげんが持っているだろ」

〔餌〕「多分ね。多良橋たらはし先生に話してから、シャモさんと三元さんげんさんにも話を通そうと思う」


〔仏〕「今ざっくり連絡入れるわ。そうじゃないと服部のペースで話がつきかねん」

 仏像と餌の声が、ぐんぐん明るさを帯びていった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※色物 寄席よせで披露される芸のうち、落語および講談こうだん以外を指す(漫才・マジックショー・紙切り・太神楽だいかぐらなど)。

※2024/9/21 一部加筆

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