50-2 社会復帰できない男たち

 多良橋たらはしのストレス解消用ネカマ垢である【たーちゃん二十五歳@丸の内OL】の五年以上変わらないサムネを見た仏像は、何でよりにもよってここに行くんだとげっそり顔である。


〔父〕「頼んだらすぐフォローしてくれた」

〔仏〕「学校の業務連絡SNSを私用に使うんじゃねえ」


〔父〕「違うって。二年前に五郎君が変な集団に狙われているって教えてくれたのは【たーちゃん二十五歳@丸の内OL】だったでしょ。だからそっちのアカウントにDMしたの。たーちゃん先生は商学部、ダディは経済学部。学部違いだけど日吉ひよし大の同期だなんて、これも何かの縁じゃない」


〔仏〕「あのネカマ。本当にどうしようもない腐れ縁だよ全く」

〔父〕「そんな事言うとと罰が当たるよ。五郎君はあの頃からたーちゃん先生のお世話になりっぱなしでしょ。今は五郎君の部活の顧問こもんなんだってね。八月の試合見学に誘われちゃったよ」

 父の発言に、仏像はピクリと眉を上げた。


〔仏〕「まさか、来る気なの」

〔父〕「もちろんだよ。ようやくまともにダディらしいことが出来るんだもん。五郎君の父兄参観ふけいさんかんだって行ったことがなかったし、父兄面談ふけいめんだんはマミーがいなくなってからは遠隔えんかくで、直接学校に行けたこともないし」

 余りにうれしそうに話すので、来なくていいとは言えなくなった仏像である。



〔仏〕「で。後の物好きな二人はどんな知り合い」

〔父〕「日吉ひよし大ピーマン研究会の部員。持つべきものはサークル友達だね」

 仏像の質問に、父はきらきらとした目で身を乗り出した。


〔仏〕「何じゃそら。父さんって投資サークルにいたんじゃないの」

〔父〕「ハゲタカ稼業かぎょうからは足を洗うって言ったでしょ。だからそっち方向には声かけなかったの。ピーマン研究会はダディが立ち上げた、お金に関係ないサークルだから」


 その後も嬉々として話し続ける父の『青写真』の余りのゆるふわ具合に、これが伝説のハゲタカの末路まつろなのかと仏像は頭を抱えた。




〈月曜日 部活時〉




〔多〕「さて、次は八月末の試合目指して練習だ」

 本当にまだやるのと三元さんげんがぼやく中、多良橋たらはし意気揚々いきようようとボールを手にする。


〔餌〕「今日は仏像が代休。お父さんがロングバケーションに入ったので家に帰るそうです」

 【ざるうどんしこしこ@日吉ひよし大経済卒今だけフォロバ100%】アカウントのフォロワーである多良橋たらはしは、複雑そうに片頬を上げる。


〔服〕「政木まさき君のお父さんって外資系金融の偉い人なんでしょ。すっごい渋イケオジだった」

〔餌〕「えっ、服部君って仏像のお父さんに会ったことがあるの」

〔服〕「うちの兄さんが就活で業界研究をしていた時に見つけたインタビュー記事で」


〔天〕「へえ。政木まさき君を作った遺伝子ならそりゃイケメン遺伝子だよな。俺なんて加奈さんと一緒に歩いているだけで警察に職質されて」

 パパ活と誤解されて事情を聞かれた天河てんがが、見た目年齢四十代の顔を曇らせた。



※※※



〔多〕「さあ、では試合の反省も踏まえて。ゴレイロ(GK)からピヴォ(FW)に当てて落とす。この形を徹底的にマスターしよう」

〔シ〕「当てられ方が分かんねえよ。フィクソ(DF)役入ってよ」

 服部が敵フィクソ(DF)役になると、シャモがはたいたボールを下野しもつけと餌が拾っては無人のゴールに入れる。


〔シ〕「ギブギブっ。松田君、俺が戦術分析官せんじゅつぶんせきかんやるから代わりにピヴォ(FW)やってよお。ダメなの、ケチーっ」

 『藤巻ふじまきしほりにSNSブロックされた』シャモは、いつもの快活さを取り戻しつつある。




〔多〕「次、長門ながと君ピヴォ(FW)で」

 プロレス同好会同士で遠慮もないのか、シャモの時とは比べ物にならない位迫力のある肉弾戦が繰り広げられた。

〔多〕「天河てんが君、今度は高めのスローで配球してみようか」

〔天〕「高めっすか。うわっ、すっぽ抜けるな」

 配置を変えて何通りか試しているうちに、多良橋たらはしがメモをとる松尾に声を掛けた。


〔多〕「松田君、ピヴォ(FW)ちょっとやる。やりたいって顔に書いてある」

〔三〕「松田君、大丈夫なの」

〔松〕「コンタクトプレーでなければ大丈夫です」

 天河てんがに変わってゴレイロに入った長門ながとからボールを受けると、松尾は胸でボールをトラップした。


〔多〕「球離れ早く! いいね」

〔松〕「うわっ、勝手が違いすぎる」

 イメージ通りに体が動かずもどかしい思いをしながらも、松尾はボールを受けてははたく。


〔多〕「よし、松田君お疲れ。この後はスローインの練習に移ろう」

〔餌〕「ハンドスプリングスローっ」

〔仏〕「りろよ。止めろって」

 またしてもハンドスプリングスローをしようとしたえさにシャモが突っ込んだ。


〔松〕「えささん、フリップスローは忘れましょう」

〔餌〕「何それ」

〔下〕「フリップスローがハンドスプリングスローの正式名称っす。あんなの試合でやろうとする人は奇人か変態っす」

〔餌〕「おほめにあずかり光栄です」

 最大級の『誉め言葉』に、餌はにんまりと不気味な笑みを浮かべた。



〈練習後〉



〔餌〕「宗像むなかた先生はもう俺たちの知る宗像むなかた先生ではなくなりました。完全に『吾輩わがはい昌華まさか』への変身完了です」


 帰宅路をぞろぞろ歩く一団の話題が元顧問の宗像むなかたの近況に移った所で再びがっくりと肩を落とした三元さんげんに、えさが非情に告げる。


〔三〕「そうは言っても、あのポスターは心折れたわ。『吾輩わがはい昌華まさかfeat.藤巻しほり』。あんなの二度と社会復帰出来ねえレベルだぞ」

〔松〕「普通の人間どもには計り知れない深謀遠慮しんぼうえんりょでもあるのでは」


〔シ〕「松田君、ちょっと時間ある」

 松尾が三元さんげんの気も知らずのんきに笑っていると、シャモが松尾の制服の裾を引っ張った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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