48 昼下がりの坊主

〈味の芝浜〉


 三元さんげんそっくりの信楽焼しがらきやきのタヌキに出迎えられながらシャモがのれんをくぐると、みつるがしげしげとシャモを見た。

 店の日めくりカレンダーは、やはり日曜日を指している。


〔み〕「ありゃ、いがぐり頭で気が付かなかったよ。時坊はたろちゃん(餌)の誘いで八景島はっけいじまの遊園地に出かけたよ。あんたは行かなかったのかい」

〔シ〕「家の用で大山おおやまに行った帰りなので。これお土産です」

 言いながらシャモはみつるにお守りを差し出す。


〔み〕「こりゃ一体どう言う風の吹きまわしだい。無病息災むびょうそくさいお守り、こりゃ良いねありがとうよ。昼飯食べていくだろ。何にするんだい」

〔シ〕「日替わりをお願いします」

〔み〕「ハムカツとアジフライね。キャベツをてんこ盛りにしてやるから、ちょっと待ってな」




 昼食ピークが終わってがらんとした店でシャモがぼんやりとテレビを見ていると、がらりと扉が開いた。


〔歌〕「美濃屋みのや若旦那わかだんなだ。ずいぶんこざっぱりしちゃったね。千早ちはや師匠を呼ばなけりゃ」

〔シ〕「勘弁してください。あの後散々だったんですから」

 歌唱院新香師匠かしょういんしんこししょうが、頭を丸めたシャモを見るなりはははと笑う。


〔う〕「あれ珍しい。若旦那一人でご来店とはね。頭を丸めてついに出家しゅっけかい」

〔み〕「夏にひょうが降っちまうんじゃねえのかい。アタシなんざ大山おおやまのお守りまでもらっちまってさ」


〔う〕「商売繁盛祈願しょうばいはんじょうきがんかえ」

〔シ〕「ええ、まあ」

 シャモは松脂庵まつやにあんうち身師匠にあいまいな返事をした。




〔う〕「大山おおやまねえ。大山と言えば葛蝉丸師匠かずらせみまるししょうの新作を内輪で聞いたんだけどね。あれは良いよさすがだねえ」

 野毛のげの師匠と呼ばれる大御所・葛蝉丸かずらせみまる師匠の新作落語と聞いて、歌唱院新香かしょういんしんこ師匠がほうと身をのりだした。



〔う〕「旅芸人が大山で白蛇の子蛇を助けたら、それが見事な別嬪べっぴんさんに化けて、旅芸人があれよあれよと大出世。ついには別嬪べっぴんさんの婿さんになって大店おおだなを継いで子孫繁栄。大層おめでたい話よ」


〔み〕「そりゃ松の内(正月期間)に良さそうなはなしだね」

 日替わり定食を運んできたみつるがうなずいている。


〔う〕「白蛇の子蛇恩を忘れずで、これがもう初々しいのいじらしいのって。」

 シャモは両目を右に泳がせてうち身師匠の言葉を聞いていると、不意に強風が店ののれんを強く揺らし始めた。



〔み〕「竜巻警報たつまきけいほうだってよ。ああ嫌だ嫌だ。のれんをしまわなけりゃ」

〔歌〕「植木鉢うえきばちも中にれねえ」

〔シ〕「手伝います」

 みつるの代わりにシャモがのれんと植木鉢うえきばちをしまっている間に、みつるは二階の雨戸を締めに行く。




〔う〕「わざわざ悪いね」

 みつるの代わりに天ぷら定食と肉豆腐を運んできた板さんに礼をすると、うち身師匠は心配そうにテレビを見た。



〔歌〕「ありゃ、こりゃヒドイや。八景はっけいが飛んでも無い事になっちまってら」

 歌唱院新香師匠かしょういんしんこししょうが店奥のテレビを指さす。

 テレビには八景島はっけいじまの定点カメラが竜巻で吹っ飛んだ様子に、金沢八景かなざわはっけい駅前の阿鼻叫喚あびきょうかんが映し出されていた。


〔シ〕「おいおいあいつら無事なのか」

〔う〕「まさか若様達は八景島はっけいじまの遊園地にでも行っているのかい」

〔シ〕「遊びに行ってるってみつるばあちゃんが」

〔う〕「そりゃ大事おおごとだ。大女将おおおかみっ!」

 うち身師匠の声で一階に戻ったみつるはテレビを見て色をなした。



〔み〕「ああどうしよう。八景島で竜巻だってよ。時坊もたろちゃん(餌)もあそこにいるはずなんだよ。神様仏様大明神様かみさまほとけさまだいみょうじんさま。どうかどうか時坊ときぼうとたろちゃん(餌)を守ってやってくださいませ」

 そう言うなり、みつるは髪をばっさりと切り落とした。


〔み〕「バリカンバリカン」

〔シ〕「僕ので良ければあります」

 無病息災むびょうそくさいお守りを首に下げつつ般若心経はんにゃしんぎょうを唱えながらさっと頭を丸めると、みつるはバリカンをうち身師匠に手渡した。


〔う〕「なけなしの毛なんぞ全部阿弥陀様あみださまにお返しするわ」

 南無阿弥陀仏なむあみだぶつと唱えながらうち身師匠が頭を丸めている間に、新香師匠しんこししょうはカツラを脱ぎ捨てる。


〔歌〕「高天原たかまのはらに――」

 側頭部そくとうぶに申し訳程度に残った白髪を刈ってバリカンを板さんに渡すと、板さんは一瞬ひるんだものの、ええいままよと白髪頭を丸めた。



※※※



〔餌〕「あれ、臨時休業なのですか」

〔三〕「多分風が強いからのれんを下げただけだよ」

 八景島はっけいじまでのナンパがいつも通り失敗でさっさと戻って来た三元さんげんえさ

 味の芝浜しばはまの引き戸を開けると、二人の目に異様な光景が飛び込んできた。


〔み〕「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー」

〔う〕「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ」

〔歌〕「はらえたまへきよえたまへ」

〔シ〕「りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん」

〔板〕「てんにましますわれらがかみよ」


〔餌〕「どうやらお取込み中のようデスネ」

〔三〕「何じゃこら。ちょっと、ばあちゃん!」

 一心不乱いっしんふらんに祈りを捧げる五人の坊主衆に、えさはあぜんとしながら後ずさりした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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