49 お前の中ではな

〔三〕「ばあちゃんっ! ばあちゃんどうしたんだよ」

 頭を地にこすりつけるように数珠じゅずをまさぐるみつるを、三元さんげんは揺り起こした。

〔み〕「ひいっ。時次ときじ時坊ときぼう。幽霊じゃねえな。本物だな」

 みつるは骨ばった手で三元さんげんの太ましい体をさする。


〔う〕「温かいよ。生きてる、生きてらあ!」

〔板〕「神よ! 髪よ!」

〔歌〕「本当にお怪我(お毛が)無くっておめでたいよ!」

〔シ〕「これで本当の『大山詣おおやまいり』っと」

 髪の毛が散らばった床を見ながら、シャモが坊主頭を一撫でした。



※※※



〔三〕「シャモ、えらくさっぱりしたな。大山おおやまはどうだった」

〔シ〕「その話なんだけどよ」

 丸坊主のシャモは言いにくそうに、今日は月曜日ではないのかとたずねる。


〔三〕「そんな訳ないだろ。昨日の試合後に、大山おおやまに朝から用があるって言い残して一人で伊勢原いせはらに行っただろ」

〔シ〕「ちょっと待ってって。俺はあの後美濃屋みのやに帰って家出して広島に行って」

〔餌〕「また始まった。シャモさんの憑依体質ひょういたいしつと言うか何と言うか、夢と現実がごっちゃになるのどうにかしてくれません」

 ややこしいんですよとえさが吐き捨てた。



 シャモの中では月曜日。

 目の前の世界は日曜日。

 シャモの家出からこちらの出来事は、えさの脳内では『またシャモさんがおかしなことを言っている』と処理されたらしい。


〔シ〕「ちょっと待ってよ。しほりちゃんがさ、分かる藤巻ふじまきしほりちゃん」

〔餌〕「エロカナの同級生でしょ。シャモさん振られたじゃないですか。ブロックされたって大騒ぎで僕たちに泣きついて」


 だから八景島はっけいじまでナンパしようって話になったのに、当の本人が来ないんだものとえさはむくれる。



〔餌〕「高三の夏までに普通の彼女を作って水着デートをしたかったってギャン泣きしたのはどこの誰ですか」

〔三〕「横浜市にお住いの岐部漢太きべかんた―通称・シャモ―君です」

 ハイ正解、とえさはずいっとシャモに向かって背伸びする。


〔シ〕「ちょ、待てよ。俺泣くほど女に飢えてねえし」

〔餌〕「またまたあ。シャモさん、嘘はいけませんよ嘘は」

 比婆ひばさんの忠告と、大山阿夫利神社おおやまあふりじんじゃで書き込んだ絵馬の内容そのままの話の展開に、シャモは思わずぎくりとする。


〔シ〕「まあ、普通の女には若干飢えてなくもない。つうかよ、今日はマジで月曜日なんだって、俺は大山おおやまに行けって広島の比婆ひばさんに言われて、それで鶴巻中亭つるまきあたりていをってあああああっ」


 いきなり大声で叫んだシャモに、隣で茶をすすっていた歌唱院新香かしょういんしんこ師匠が胸を押さえる。



〔シ〕「春合宿で大山おおやまに行ったときに泊った宿があったじゃん。壁をぶっ叩かれてお経が聞こえてきて。ホラーゲームみたいな。風呂場で因縁いんねん付けられて俺ら簀巻すまきにされたじゃん。あそこだよあそこ」

〔三〕「お前の中ではな」

 三元さんげんが耳を小指でほじくりながら応じる。


〔シ〕「暗証番号がえさが大好きな四桁だっただろ。それで『僕が押します』って張り切って」

〔餌〕「シャモさん、だから夢と現実をごっちゃにするなとあれほど」

〔シ〕「鶴巻温泉つるまきおんせんに泊まるつもりが鶴巻中亭つるまきあたりてい大山おおやまの宿で」


〔三〕「何言ってるんだ。俺らは鶴巻温泉つるまきおんせんに泊ったじゃねえか。三人一部屋で最中もなかがうまくて全部食ったら、仲居なかいさんが笑いながらお替りをくれただろ」

〔餌〕「こいの洗いなんて初めて食べましたよね」

 どっきりのつもりかよとシャモが笑うが、二人は至って真顔である。


〔シ〕「いやちょっと待ってよ。あれ俺がおかしい感じこれ」

〔三〕「シャモがおかしいのはいつもの事だ」

 坊主姿になったシャモが納得いかぬ顔でバリカンをもてあそんでいると、がらりと店の戸が開いた。




〔千〕「どうしたんだい皆で頭を丸めちまって。四国にお遍路へんろでもするのかえ」

 のれんをくぐった竜田川千早たつたがわちはやがシャネルNo.5の匂いをぷんぷんさせながら扇子せんすを仰ぐ。


〔う〕「そりゃ面白そうだ。今度の敬老会のバス旅行は四国お遍路へんろでどうだい」

〔み〕「来年の話をすりゃ鬼が笑うよ」

〔歌〕「敬老会のバス旅行は年度末。花見の時期だよバス代だって高いさね。そもそも皆大方おおかた年金暮らしで金欠なんだ。四国に行く金が出せないやね」


 歌唱院新香かしょういんしんこ師匠の言に坊主衆がうんうんうなずく中、千早ちはやは牛の筋肉のごとき尻をテーブル席に落ち着けてぶっかけうどんを頼んだ。


〔千〕「あれ、美濃屋みのやの若旦那じゃないか。色男は髪が無くたって良い男だね」

 千早ちはやがからかうように真っ赤な唇を突き出すと、シャモは勘弁してえええっと顔を伏せる。



〔千〕「そうそう、アタシ『藤巻しほり』に改名したから。改めて皆様よろしく。大女将おおおかみ、これどこかに貼っといてよ」

 

〔三〕「シャモ、しほりちゃんだぞ」

〔餌〕「この際こっちの『藤巻しほり』ちゃんで手を打ちましょう」

〔シ〕「絶対にお断りだ」

 こそこそとささやき合う三人をよそに、ポスターを受け取ったみつるが渋い顔をする。


〔み〕「悪いけど、こりゃ味の芝浜あじのしばはまとは合わないよ」

〔三〕「宗像むなかた先生、何で、何で――」

 興味本位でポスターを覗き込んだ三元さんげんは、断末魔のごとき叫び声を上げた。


〔シ〕「『吾輩わがはい昌華まさかfeat.藤巻しほり』。何このポリリズム的な衣装」

〔千〕「『ツイッギー』も知らないのかえ。若旦那は着物屋の跡取りなんだ、知らないと恥だよ」

 うわっキツイと餌がポスターから目を背ける中、三元さんげんは床に崩れ落ちたまま身動き一つ取らなかった。


 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


 ※(追記)

本作のシャモが大山で丸坊主にして、『味の芝浜』にいた老人達も丸坊主になりながらお祈りをする流れは(八景島/金沢八景の地名も含め)、落語『大山詣り』のアレンジです。

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