38‐2 軍配の行方

〔多〕「こちらが慌てて点を取りにつっかける所を、手ぐすね引いて待っているのは見え見えだ。ならばこっちはその手に乗らぬと思いきや」

 第二ピリオドまでの三分間のインターバル。

 多良橋たらはしはちらりとえさに目線をやった。


〔多〕「あいにくこっちは飽きっぽい人間でね。飛び道具の一つでも試してみたくなったんだよね、はん君」

〔餌〕「ハンドスプリングスローっ」

〔多〕「理詰めには理の外。秀才には奇才を。服部君を休ませてはんはピヴォ(FW)寄りのフリー」


〔仏〕「下野しもつけの負担が半端ねえ。行けるか」

〔下〕「右寄りを仏像さんがケアしてくれれば」

〔仏〕「言いたいことは分かるが、何でぶっつけ本番でやろうとすんだ」

〔多〕「それが奇才の脳構造ってもんなのよ」

 ゼリー飲料をちゅーっと音を立てて飲み干すと、多良橋たらはしはどっかりとパイプ椅子に座った。


〈第二ピリオド〉


〔松〕「あのスポーツグラスが曲者くせものなんですよね」

〔シ〕「言いたいことは分かるが、味方同士でのアイコンタクトも出来ないだろ。結果プラマイゼロじゃねえか」

 餌がフリーで動き回るのにも構わずゆったりと構えるMSKブラザーズは、まるでトイプードルをいなすボルゾイのようである。



〔三〕「男子どもどけろよ。ういちゃんの腰触ってんじゃねえ」

 三元さんげんは相変わらず隣ピッチに釘付けである。

〔飛〕「ういちゃんの『かしわ台コケッコー』、結構強いんですね」

 三対一でリードしている『かしわ台コケッコー』のベンチをちらりと見ると、飛島とびしまは三元をつついた。


〔松〕「出たっ。幻のフリップスロー」

〔餌〕「ハンドスプリングスローっ」

 会場中にえさの大声が響き渡る。


〔シ〕「ノーファールで投げたぞ」

 ハンドスプリングスローを成功させた餌は、そのボールがどこに渡ろうともご満悦まんえつである。


〔仏〕「何で敵ボールにすんだよ」

 ムエタイで鍛えた脚を蜘蛛くもさながらに伸ばしてボールをかすめ取った相手ピヴォ(FW)に追いすがるも、仏像の足は今一歩届かない。



〔天〕「任せろ」

 ゴールラインから飛び出して相手ピヴォのボールに突っ込んだ天河てんがをケアするように、仏像はゴール前に立った。


 天河てんががボールを蹴りだすと、相手方はクイックスローで応戦した。

 陣形が整わないうちに、ゴールに筋肉だるまの四人が襲い掛かる。


〔シ〕「侵掠しんりゃくする事火の如し」

〔松〕「何他人事みたいに」


 サンボのリズムで下野しもつけを抑えつつ、相手は左足でボールを支配する。

〔天〕「上がれっ」

 天河が雲竜型うんりゅうがたでゴール前に鎮座すると一声掛けた。


 サンボとムエタイに挟み込まれた下野しもつけが制空権を諦めかかったその時――。


〔餌〕「スコップっ」

 えさが砂に埋まったボールを思いっきり砂ごと蹴り上げる。

 視界を失った三人に構わず、餌はゴール前に突っ込んだ。


〔餌〕「スコップっ」

 長門が空手を背負いながらボールを確保すると、餌はもう一度スコップっと叫んだ。

〔多〕「Go for itいけいけ!」




〔かD〕『シミュレーションじゃん。何でPK』

〔うい〕『おこれるーっ(ムカつく)』

〔三〕「誤審誤審っ」

〔飛〕「三元さんげんさん、えささんが一点返しましたよ」

 自チームが引き分けに追いついたと言うのに、 三元さんげんは『かしわ台コケッコー』のういちゃんにかぶりつきである。



〈第三ピリオドに向けて〉



 第二ピリオドをドローで終えた時には、三元さんげんは姿を消していた。

〔多〕「あいつ何しに来た」

 『かしわ台コケッコー』サポと化した末に姿をくらませた三元さんげんに呆れつつも、多良橋たらはしは円陣を組む。



 仏像を下げて服部をフィクソに入れた『落研ファイブっ』と、『MSKブラザーズ』との詰将棋つめしょうぎのような試合についに決着がついた。



〔服〕「最低だ。完全に競り負けた」

〔仏〕「あの肉団子相手じゃ、俺なら八点ぐらいは取られてたわ」

 第三ピリオドから登場したもう一人のSは相撲すもうのS。

 堂々たるアンコ型の腹で服部を寄せ付けないまま、二点をひょいとかっさらったのである。



〔シ〕「あいつら、何が楽しくて試合やってるんだろうね」

 試合後のエールの交換も無いまま、FPSの戦士さながらに無言でピッチを後にしたMSKブラザーズを、シャモはぼんやりと見送った。


〔多〕「残念だが、我が『落研ファイブっ』の記念すべき初大会は二回戦敗退だ。とは言え勝利をもぎ取った事を誇って家路いえじに就こうじゃないか。さあ、撤収するぞ」

 お疲れっしたーとあいさつをしようとしたが、三元さんげんの姿が見当たらない。


〔仏〕「三元さんげん、締めるぞ戻って来いっ」

 いつの間にやら『かしわ台コケッコー』ベンチに居座る三元さんげんを苦々しい顔で仏像が連れ戻すと、『落研ファイブっ』の面々は三元さんげんの父母と放送部が待つ観覧席へと向かった。



〔三父〕「お疲れさん。まるで総合格闘技に出てきそうな相手に皆良くやった」

〔三母〕「時次ときじったら一人でそっぽ向いて。母さん恥ずかしいよ」

〔麺〕「メイク直ししましょうか」

 歌舞伎の隈取くまどりのようなメイクが汗でどろどろになっているのにも気づかぬまま、ういちゃんにアプローチをしていた三元さんげんである。


〔餌〕「改めて見るとひどい顔。よくその様でぐいぐい行けましたね。連れの男達もいるのに大した度胸です」

〔三〕「まさかういちゃんが大学生だなんて思う。ローティーン向け雑誌のモデルにしか見えないじゃん」


〔餌〕「三元さんげんさん、ういちゃんの属性ぞくせいを知ってなお、ういちゃんにアタックするつもりですか」

〔三〕「無いわ。俺より頭良い女は遠目で見るに限る」

〔三母〕「情けない事言いなさんなって。恥ずかしいったらありゃしない」

 試合出場組が弁当を広げる中、仏像とシャモの弁当だけがぽつんと取り残されていた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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