38‐1 武蔵小杉から来た刺客

〔多〕「第二試合の相手は、って三元さんげんちょっと俺の隣に来ないか」

 メイクをした三元の姿にこらえきれなくなったのか、多良橋たらはしが笑いをこらえながら提案する。


〔多〕「話を戻すと相手はMSKブラザーズ。身体能力も士気も高い。三年前に武蔵小杉のジムで結成されたチームで、それぞれが得意とする格闘技の頭文字と武蔵小杉を掛けているらしい」


〔天〕「格闘技。Kは空手か」

〔長〕「あるいはキックボクシング。だったらMは」

〔服〕「ムエタイじゃないか。Sは」

〔餌〕「どSのS」

 まっつんじゃないんだからと下野しもつけが突っ込む。


〔松〕「どうして下野しもつけ君まで僕をどS扱いするのっ。止めてよ僕どSじゃないよっ」

〔下〕「無自覚って怖い(>_<)」

 下野しもつけは小さくつぶやいた。


〔多〕「ムエタイだか相撲だか空手だか知らねえが、俺たちがやるのはビーチサッカーだ。相手は恐らくキックの球速と重さで、相手の戦意を喪失そうしつさせてくるタイプだろう。無理に深追いせずPKにフリーキックを確実に物にする方向で行こう」


〔服〕「そうかSは相撲すもうの線もあるか。相撲やってりゃ確かにビーチサッカーは強いな」

〔天〕「『でかでかちゃん』みたいな感じか」

 ピッチ中を物理的に占領する力士体形チームを思い起こし、天河てんがは深くうなずいた。


〔多〕「相手が何だろうが、俺たちは一並ひとなみ高校草サッカー同好会、通称『落研ファイブっ』。結成わずか二か月で二回の虐殺ぎゃくさつスコアを叩き出した強豪チームだ」

〔三〕「いいえ、落語研究会です」


〔多〕「Conquer them圧勝しろ!」

 三元さんげんのぼやきもむなしく、『落研ファイブっ』は円陣を組んで勝どきをあげた。



〈第二試合 対MSKブラザーズ戦〉



〔三〕「隣の女の子たちに当たりたかった」

 三元さんげんがうっとりと見つめるのは、【かしわ台コケッコー】と大書された揃いのジャージに身を包んだ女子たちである。

 きゃっきゃとはしゃぐ女子に比べ、対戦相手の圧の強さと来たら――。


〔三〕「陰・暗・闇」

〔松〕「武力九十 知力二 魅力五十 統率力とうそつりょく四十」

〔三〕「知力二は低すぎだろっ」

 相変わらず武将カードのパラメーターよろしく相手チームを評する松尾に、三元さんげんは思わず突っ込みを入れた。


〔下〕「陰・暗・闇――。FPSゲームのキャラみたいな奴らを良くここまで集めたもんっすね」

 事前情報以上に威圧感のある男達で、対戦相手であるMSKブラザーズベンチは異様な重力場をかもしだしている。


〔天〕「MSKのSはサンボのSだったか。こいつは厄介やっかいだぞ」

 何度見ても白熊の擬人化ぎじんかとしか思えない男性が、スポーツグラス片手に眼光するどくピッチを見回している。


〔仏〕「ひるむんじゃねえ。俺らがやるのはビーチサッカー。格闘技じゃねえんだぞ」

〔長〕「政木まさき君、ビーチサッカーの別名知ってるよね」

〔仏〕「砂上の格闘技」

 一言つぶやくと、仏像はセミロングヘアを一つにまとめた。




〔多〕「ゴレイロ(GK)天河てんが、フィクソ(DF)政木まさき、左アラ(MF)下野しもつけ、右アラ(MF)服部、ピヴォ(FW)長門ながと。相手は肉弾戦に持ち込んでくるだろう。とにかく球離れを早く」

 スタメンに選ばれずにあからさまにほっとしているシャモに対して、えさは不満気味である。


〔シ〕「仕方ねえだろ。あの筋肉だるま共とどうやり合うつもりなんだよ」

〔餌〕「ハンドスプリングスローっ」

〔松〕「りないですね相変わらず」

 松尾にため息をつかれたえさは、この野獣眼鏡やじゅうめがねついに本性を現しやがってと毒づいた。



〈第一ピリオド〉



 予想に反してMSKブラザーズの出だしは静かである。

〔シ〕「疾如風はやきことかぜのごとく徐如林しずかなることはやしのごとく侵掠如火しんりゃくすることひのごとく不動如山うごかざることやまのごとし

〔餌〕「この静けさがわなだと言いたい訳ですか」

 武田信玄の代名詞である風林火山ふうりんかざんを持ち出したシャモは、黙ってうなずいた。


〔かA〕『もう少し飛んで(走って)けば間に合ったに』

〔かB〕『しょんないだに(しかたないよ)。次、次』


〔三〕「隣の女の子たちの日本語が分からない。あれ群馬弁」

〔松〕「違いますね。隣の女の子ばっかり見てないで、ちゃんとうちの応援してください」


 松尾は【かしわ台コケッコー】に気を取られる事も無く、戦術分析ノートにペンを走らせている。




〔餌〕「PKっ!」

 服部が砂山を整えるのをベンチが固唾かたずを飲んで見守る中、松尾は相手ゴレイロ(GK)をじっと見た。

〔松〕「ペーシングか」

 服部が左足を振り抜いた瞬間、松尾が戦術分析ノートを膝に叩きつける。


〔多〕「集中っ」

 パンチングで逃げたボールをフィクソ(DF)が拾うと、MSKブラザーズは一気に反転に出る。

 その勢いまさに『はや事風ことかぜごとし』。

 天河てんがをあざ笑うようにゴールネットが揺れた。




〔松〕「相手と呼吸をずらして」

〔餌/シャモ〕「どうやって」

 ベンチ脇で突っ込む二人とは対照的に、ピッチ上の五人は松尾の言わんとする事をすぐに把握したらしい。


〔三〕「将棋しょうぎみたいな試合展開になりそうだねこりゃ」

 動きの無い試合展開にそっぽを向いた三元さんげんは、体ごと隣ピッチに向き直った。



※※※



〔かC〕『ういっ右っ』

〔三〕「ういちゃんかわよ(*´з`)」

 ういと呼ばれた女子は、ベビーピンク色のショートカットヘアでほっそりとした少女だ。


〔かC〕『ういーっ』

 ういのゴールを祝福して抱きついた男子に、三元は小声で呪詛じゅそを送っている。


〔飛〕「呪いを掛けたからと言って、ういちゃんと付き合えるわけじゃない」

 飛島の冷ややかな目線にも三元さんげんは動じない。


〔餌〕「客席のお父さんお母さんから、三元さんの醜態しゅうたいは丸見えなんですが」

 えさがたしなめるも、三元さんげんはういちゃんに釘付くぎづけである。


 三元さんげんが『ういちゃん』に夢中になっている間に、一点リードを許した状態で第一ピリオドが終わった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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