37 フォトショ要らずのイイ男(ただし一定条件下に限る)

 『シュッとするメイク』の仕上がりに散々な感想を浴びせられた三元さんげんが不安げに麺棒を見るも、麺棒は自信満々である。


〔麺〕「大丈夫大丈夫。写真映りを計算して『これ』ですから。一枚スナップを撮りましょう。この照明の下で。はいっ」

 麺棒眼鏡めんぼうめがねはどうだと言わんばかりに、スマホのデータを見せた。


〔長〕「フォトショいらずって本当だ」

〔天〕「でもこれで外うろついたりしないほうが良いっすよ。本当に」

 プロレス同好会がたくみの技にざわついていると、多良橋たらはし達が帰って来た。


〔多〕「浮世絵うきよえ歌舞伎役者かぶきやくしゃになってるぞ」

〔飛〕「何と言うか、ずいぶん『勇敢ゆうかんな提案』を受け入れましたね」

〔麺〕「大丈夫です。写真にするとこうなります」

 麺棒眼鏡は自信満々に写真データを見せるも。


〔多〕「それはスナップの話だろ。集合写真で三元さんげんだけピントを当てる訳には行かないし」

〔麺〕「大丈夫。僕だって伊達に地下アイドルを追ってるわけじゃないんです。任せてください」

 一同が半信半疑で麺棒眼鏡めんぼうめがねの指定した順番で整列すると、放送部長の青柳あおやぎがレフ版を持ってきた。


〔青〕「この角度でレフ版を当てると多分全員二割増しで撮れる」

 果たして、出来上がった集合写真を見た三元さんげんは満足そうにうなずいた。


〔下〕「三元さん、せたらかなりモテるんじゃないっすか」

 信楽焼のタヌキのごとき三元の変わりように、下野がリスのような目をキラキラさせる。


〔三〕「手っ取り早くメイクで」

〔天〕「だからそのメイクで外は出歩けませんよ」

〔三〕「気に入った。俺がしゅっとして見える」

 三元さんげんが集合写真にうっとりしていると、弁当を届けがてら試合を見に来た三元の両親がひっくり返った。




〔三母〕「何があったんだい」

〔三父〕「代表戦で顔を塗ってるのはいるが、こんな小さな大会でそんな顔をしているのは時次ときじぐらいだ」

 他のお友達はしていないのにどうしてお前だけ、三元の両親は呆れかえる。



〔多〕「三元君のご両親が応援に来てくれたぞ。皆第二試合も気合入れていくぞ」

 三元そっくりの母親と、みつるに目元が似た父親に一同はぺこりと頭を下げた。


〔多〕「今日は試合用の特注弁当だ。第二試合が終わったら頂こう。それから出場者はバナナを食べておけ。今食べるんだぞ」


〔三〕「俺もバナナ食いたいよ」

〔三母〕「あんたはダメだよ」

〔三〕「じゃ、俺早弁したい。腹が減ってしょうがないや」

〔多〕「試合に出ない奴は食べても良いか。ただし昼休みは何にも無しだぞ」

 松尾に飛島と三元が、弁当に飛びついた。




〔三〕「母ちゃんも麺棒眼鏡めんぼうめがね君にしゅっとするメイクをしてもらいなよ。すごいよ。麺棒めんぼうくーんっ」

〔三母〕「お友達の見た目をからかうのは止めなさい」


 ペットボトル片手に戻って来た麺棒眼鏡めんぼうめがねを大声で三元さんげんが呼ぶと、三元の母は小声で三元をたしなめた。



〔三〕「違うよ、本名だもん」

〔三〕「『麺棒眼鏡めんぼうめがね』なんてバカな本名があってたまるかい。減らず口も大概になさい」

〔麺〕「それがあるんですよお母様」

 三元の母のうしろからぬっと現れた麺棒眼鏡めんぼうめがねは、学生証を差し出す。


〔三母〕「あらやだ、こりゃ驚いたごめんなさいね。時次ときじ、済まないね。それにしたって珍しい名前ねえ」

〔三父〕「麺棒めんぼうさんって苗字は聞いたことも無かったよ」

〔三母〕「苗字だけでも珍しいのにお名前がねえ」

 『眼鏡ですってお父さん』と、三元の母は目の前の学生の本名を飲み込めない様子である。


〔麺〕「母方が三代続く眼鏡職人で、後を継がないなら代わりに長男の名前を『眼鏡』にしろと」

〔三〕「眼鏡君ってそんな由来だったの」

〔麺〕「僕の名前と引き換えに、父さんはサラリーマン生活を送ってる」

〔三〕「もう何も言えねえ」


〔麺〕「案外この名前も便利なんです。初対面の人と話す時にそれで話題が持つし、ペン回しの大会や練習会でもすぐ打ち解けてもらえるし。ま、ペン回しでは『ロトエイト』で登録していますが」

 いたたまれなさでうつむいた三元とは対照的に、麺棒眼鏡めんぼうめがねはほがらかに笑った。


 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る