36 昭和かっ

〔青〕「おかげで良い絵が取れましたよっ。まさか二〇対〇とは」

 柿生川かきおかわ小OB会との練習試合を上回る大差で勝利した『落研ファイブっ』の元に、放送部長の青柳あおやぎがカメラ片手にやって来た。


〔シ〕「ゴレイロ(GK)に三元さんげんが入ってなお完封だったぐらいだからな」

 シャモが半ば呆れたように無人のピッチAを見ると、黙って座っていたしほりがそっとスポーツドリンクを差し出した。


 キャップが密閉されている事を確認したシャモは、かちっとキャップを開けてのどを鳴らす。

 シャモの尺骨しゃっこつを押さえて座らせたしほりは、相変わらず無言のままである。




〔飛〕「おしゃべり一つもせず、何が楽しくて一緒にいるんでしょうあの女の人。清楚で無口でお淑やかなお嬢様なんて、今どき異世界ファンタジーラノベですら絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅですよ。昭和じゃあるまいし」

 飛島は時に辛辣しんらつである。


〔下〕「もしかして、『お百度参ひゃくどまいり』は元々声が出んのかな。だったら初めからそれを筆談やスマホで伝えてくれれば」

 あれほど『お百度参り』『生霊』と散々にしほりをこき下ろした下野しもつけは、神妙そうにしほりを見つめた。


〔餌〕「用事がある時は、エロカナとも普通に話すらしいよ」

 神妙な下野しもつけの肩をえさがポンとたたいて飲料コーナーに向かうと、放送部の麺棒めんぼうがメイクボックス片手にやって来た。



〔三〕「麺棒めんぼう君、写真映りが良くなるようにメイクをして欲しいんだけど」

〔麺〕「時間が無いから大したことは出来ませんが、しゅっとした感じに仕上げますよ。多良橋たらはし先生、五分もらえますか」

〔三〕「五分でしゅっとできるの。俺絶対メイク術覚えなきゃ」

〔多〕「良いよ。じゃ、十分後にここに集合して記念写真を撮ろうな」

 三元さんげん信楽焼しがらきやきのタヌキのような目を神妙に閉じてすべてを麺棒めんぼうにゆだねた。





 一方こちらは一階ロビーの飲料コーナー前。


〔長〕「そう言えば、今日は加奈さん来ないの」

〔天〕「吹奏楽部の大会直前だから無理なんだって」

 加奈に思いを寄せている天河てんがは、残念そうに首を横に振る。


〔服〕「夏の吹奏楽部は地獄絵図って言うよな。あっ、パンダ君。パンダ君って元吹奏楽部だったよね」

 服部から話を振られたえさはうんざり顔でうなずいた。


〔餌〕「パート練習がウザいんだよ。自分が吹けてても一人でも合わせられない奴がいると同じ四小節を延々と」

〔天〕「それで高校では吹奏楽部に行かなかったの」


〔餌〕「時間は取られるし上下関係は厳しいし。下野しもつけ君にサッカー部でもそこまでやりませんって言われた位、先輩には絶対服従の世界だもん。あの体育会系と文化系の悪い所がハイブリット化されたノリが無理」

 クラリネットは好きだったんだけどね、と餌は付け加える。


〔服〕「顧問こもんは黙ってるの」

〔餌〕「顧問自体がマーチングバンドの強豪からトランペットで音大に行った人だったもん。疑問なんて持つわけないじゃん。むしろぬるすぎるって言ってた」

 昭和か、とプロレス同好会一同はあきれ顔である。



〔長〕「パートリーダーだったんでしょ。飛島君から聞いたよ」

〔餌〕「上が引退するまではただのパシリ。僕はこれでもまだマシで、気の弱い奴は本当に言いなりだったね。小学校の吹奏楽クラブはエロカナの天下だったし」

 餌は自販機で買った桃ウォータ―をぐびぐびと飲む。


〔餌〕「天河てんが君、本当にエロカナで良いの。僕が紹介しておいて何だけど、あいつただの暴君だよ。吹奏楽部の獄卒ごくそつみたいな生き物だよ」

 そこがまた良い、と天河てんがはぼそりとつぶやく。

 れ薬でも盛られたレベルだと餌が呆れていると、下野しもつけが滑り込む勢いでやって来た。



〔下〕「第二試合の相手はピッチBの勝者。MSKブラザーズっす。負けたチームが『昭和かっ』って号泣ごうきゅうしてました。全員男でかなり鍛えてます」

〔長〕「気にはなるが見に行く時間はねえか」

〔服〕「三元さんげんさんのビフォーアフターも気になる」

 三元さんげんのビフォーアフターとMSKブラザーズを気にしつつ、一行は集合場所へと戻った。




〔下〕「ちょっ、三元さんげんさんっ。それで本当に良いんっすか」

〔餌〕「嫌なら嫌って言っていいんですよ」

〔天〕「女子プロレスの悪役ヒールにこういうのいますよ」

〔長〕「昭和時代に、ダンプ松乃屋まつのやって伝説の悪役ヒールがいたんすけど。それの顔真似っぽいっすよ」

 あまりの言われように、三元さんげんは不安そうに麺棒眼鏡めんぼうめがねを見た。


 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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