35 大和町田エリア最凶の女

〔多〕「ゴレイロ(GK)天河てんが フィクソ(DF)政木まさき 左アラ(MF)下野しもつけ 右アラ(MF)服部 ピヴォ(FW)長門ながと

 第一試合の相手『そば湯美人』は十代後半から五十代後半の男女混成チームである。


〔多〕「相手の力量は不明だが第一ピリオドで大量得点リードを奪い、出来るだけ楽になろう」

 いつも通りのフォーメーションの『落研ファイブっ』に対し、『そば湯美人』は1-3-1と、フィクソ(DF)に三枚を並べる超守備的フォーメーションのようだ。


 ピッチエリアでの撮影を禁じられたため放送部での仕事を無くした飛島を迎え入れると、多良橋は円陣を組んだ。

 

〔樫〕「ゲットゴールだ 落研ファイブっううううう」

〔応〕「ゲットゴールだ 落研ファイブっううううう」

〔応・樫〕「ゲット・ゲット・ゴールっ。ゲット・ゲット・ゴールっ」

 二階の観客席では、応援部が『落研ファイブっ』に向かってエールを送っている。



※※※

 


〔松〕「うわっ、どっちの笛か混乱するな」

 ピッチAとピッチB両方の笛が同時に吹かれる。

〔シ〕「それは相手も同じはず」

 審判の手振りで、下野しもつけがフリーキックを獲得したのだと気づいたベンチ組は固唾かたずを飲んで見守る。


〔多〕「Almost!惜しい

 直接ゴールを狙ったものの、バーをたたいたボールを相手フィクソ(DF)がキープした。


〔松〕「三秒ボールをキープしてショートパスで回す。ゴールに向かう気が無いのか。まるでゴールの匂いがしない」

〔飛〕「長門ながとさん不味いっ」

 あまりに動かない相手にれた長門ながとがボールにつっかけに行くと、巻き髪ロングヘアの女性が必要以上に派手に転んだ。



〔シ〕「シミュレーション(反則されたふりをする)じゃねえか」

〔三〕「今の流せよっ」

 細かくファールを取る審判らしく、巻き髪ロングヘアの女性は砂山をしっかりと作ってボールを固定する。


〔シ〕「あの体のどこからあのパワーっ」

 天河てんがが右手一本で弾くも、ゴール前に鋭い弾丸ライナーが飛んだ。





 ビーチサッカーらしからぬのったりしたボール回しから、シミュレーション気味のフリーキックをまたしてももぎ取ると、巻き髪ロング女は鋭く右足を振り抜く。

〔仏〕「ざっけんなシミュ女」

 サーブの応酬おうしゅうのごとく跳ね返りを仏像が鋭く蹴り返すと、巻き髪ロング女の顔面にボールが収まった。




〔男A〕「おいっ。大丈夫かってえええええっ。みっちゃん鼻折れてない。目が右と左で全然違うんだけど」

〔男B〕「あっ、みっちゃんのつけまつげがあんな所に」

 寿司のバランのようなつけまつげが、ボールにべったり張り付いていた。


〔松〕「鼻のプロテーゼがずれてる。これはいけませんね」

 VIOの匠こと美容外科医の春日千景かすがちかげと生活を共にするだけあって、松尾はどんな異変が起こったのかを即座に察知した。


〔女〕「このクソガキがっ。浴衣デー前にこんな顔にしてくれやがって。どうやって同伴に指名取れってんだよ。アフターどうすんだよ誠意見せろやこらあっ」

 ぎゃーっ、あの藪医者やぶいしゃがああっと叫んだ女は、ボールを蹴りこんだ仏像に食って掛かった。


〔仏〕「済みませんっ。わざとじゃないんです」

〔女〕「大和町田やまとまちだエリア最強キャバ嬢のウチの顔をよくもっ。ねえ皆ウチの代わりに、このクソガキどもに世間教えてやって」

 アドレナリン大放出で痛みも忘れた女の剣幕けんまくに、思わず仏像は後ずさりする。



〔仏〕「大和町田エリア最凶の間違いだろ」

 偶然とはいえ女性の顔に思い切りボールをぶつけた仏像は、交代で入って来たタトゥー女ににらみつけられて思わず目をらした。


〔女B〕「キャバ嬢なめんなし」

 ビーチサッカーをドッヂボールと勘違いしたのか、タトゥー女は仏像の顔めがけて迷わず鋭いボールを蹴る。


〔仏〕「狙ったろ。今のわざと」

〔多〕「Book herカード出せ!」

 エキサイトした多良橋たらはしが審判に向かってアピールした。


〔下〕「インプレーっ。集中」

 下野しもつけが仏像に向かって叫ぶと、仏像ははっとして試合の流れに戻るが。


〔男A〕「アゲハちゃん俺に任せろっ。みっちゃんのかたきは俺が取るっ」

 三元さんげんを一回り小さくしたような中年男が、オフザボールの仏像に突進してきた。


〔仏〕「ボールに向かえやオッサン、パンジャンドラムかよ。そこのタトゥーババア。爪ぐらい切れよ不潔だろ。危ねえな」

〔女〕「ちょっ、何このクソガキ舐め過ぎっしょ」

〔仏〕「ネコだって爪ぐらいしまうぞ。あんたネコ以下かよ」

〔女〕「マジこのクソガキうぜえ。世間見せてやって」

 挑発の甲斐あってプレーとは無関係な集中攻撃によってPKを得た仏像は、黙ってろと言わんばかりにきっちりゴールを決めた。



〔男B〕「あーっ、コース読めたのにっ」

 三元さんげんの腹とどっこいどっこいの腹回りのゴレイロ(GK)が、白髪交じりの頭を抱えて叫ぶ。


〔アゲハ〕「だったらセーブしろやこの素○〇〇が。だからお前はいつまでたっても雌豚メスブタなんだよっ」

〔男B〕「ああっ、もっと罵って」

 ここがどこだか分からなくなるようなセリフの応酬に、PKを決めた仏像の気が一瞬遠のいた。


〔三〕「俺あのオッサン達の気持ち分かる」

〔松〕「飛島君、耳をふさいでええっ。三元さんは共感しちゃダメえ」

 三元さんげんはだらしない腹を抱えたゴレイロ(GK)に共感を覚えたようだった。



※※※



〔富〕「二〇対〇っ。上には上がいたもんだかはははははっ」

 『そば湯美人』との試合は彼らの自滅じめつで幕を閉じた。

 ピッチAに戻って来た富士川ふじかわPは、スコアボードを見て馬鹿笑いである。


〔多〕「富士川さんお静かに。それでなくても彼ら気が立ってるんですから」

〔富〕「あああの顔面白いな、ちょっと取材に行ってこよう。敗軍の将、兵を語るってか」


 『そば湯美人』ベンチに向かった富士川ふじかわには案の定女達の罵声ばせいが浴びせられたが、富士川はそれを上回る一〇〇デジベルレベルの大爆笑で女達の罵声をねじ伏せた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る