初の公式戦 それは甘くほろ苦く

34 初の公式戦

 時は七月第一週の土曜日、ついに『落研ファイブっ』初の公式試合がやってきた。

 熊五郎曰く、初心者チーム向けの試合である。


〔松〕「屋内おくないのビーチサッカー施設って、違和感がありますね」

〔仏〕「慣れだろ」

 初心者向けとあってレジャー感覚で参加しているチームも多い中、明らかに異彩を放つ一団が入場してきた。


〔仏〕「相変わらず暑苦しいジジイ共だな。あれとは絶対当たりたくねえわ」

〔松〕「初心者相手に無双して優勝実績を増やす気ですね。大人げない老人どもだ」


 熊五郎くまごろうを先頭に整然と入場してきた『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』は、孫の樫村が率いる応援団の黒長ランに鉢巻き姿も相まって威圧感いあつかんをまき散らしている。


〔青〕「熊五郎さん、目線こっちに下さいっ」

〔三〕「グラビアモデルかよ」

 放送部の青柳あおやぎは、飛島に麺棒眼鏡めんぼうめがねを引きつれて大忙しの様子だ。


〔多〕「ただでさえごったがえしてるってのに、うわっ」

〔親〕「はーしーらーなーい」

 多良橋たらはしの周りでは、ビーギャーと奇声を発して走り回る子供と保護者が追いかけっこ中である。




〔富〕「おやおや、そちらさんは一並ひとなみ高校の」

 一同の前に現れたのは【報道】の腕章わんしょうを巻いた柿生川かきおかわ小OB会ゴレイロ(GK)ことHDLの富士川P。

 相変わらずマッシュルームカットの金髪を振り乱して笑っている。


〔多〕「先日はどうもどうも」

〔富〕「こちらこそ。遊び感覚でやろうとした僕らが甘かった。もう二度とやりません。コリゴリですよ」

 

 富士川率いる『柿生川かきおかわ小OB会』から十六対〇の大勝をもぎ取った多良橋たらはしは、引きつった笑みを浮かべた。


〔富〕「ユニフォームも決まってますねえ。さすが若いな絵になるな。ちょっと撮影させてもらっていいですか」

 ざっとユニフォーム姿の一同を見渡した富士川があれっと声を上げた。


〔富〕「今日は【みのちゃんねる】さんはいないの。いたら仕事の依頼をしたかったんだけどな」

〔多〕「岐部きべはいるにはいるのですが、その」

 多良橋たらはしがちらりと二階の観客席に目線を向けた。




〔シ〕「ねえしほりちゃん。俺、試合前のセレモニーがあるから。うん、後で戻ってくる。大丈夫だから、ね」

 無言をつらぬくしほりは、白魚しらうおのごとき細い指でシャモの尺骨しゃっこつを押さえる。

 はた目からは分からないが、秘孔突ひこうづきのごとく力点りきてんをとらえシャモを逃さない。

 まるで軍鶏シャモをとらえた白蛇のようである。


〔家〕「お嬢様。殿方には殿方のお付き合いと言うものがございます。どうぞここはこらえて。婿殿の勇姿を遠くからそっと応援するのもまたたのし。そう思召おぼしめされませ」

 家令かれい目配めくばせで、シャモはするりとしほりの指を逃れて一階へと駆け下りた。



※※※



〔シ〕「サーセン、遅くなりました」

 事の一部始終を見ていた多良橋たらはしが苦笑いでシャモを迎え入れる。

〔富〕「いやいやこれは人気配信者【みのちゃんねる】に一大スキャンダル発覚だ。HDLがスクープ撮っちゃっても良い。いや冗談冗談。大会の取材だからさ、チームの集合映像を撮らせてよ。政木まさき君大丈夫、引きで撮るから。君をアップにしたりしない。分かってるって」

 名刺をシャモに差し出しながら富士川ふじかわがけたけた笑う。


〔シ〕「俺のスキャンダルは金になりませんって。本当に勘弁してくださいよ」

 富士川の依頼に答えてうどん粉病Tシャツ姿で腕組みをした一同を、富士川は何が面白いのかはしゃぎながら色んな角度で撮影した。



※※※



〔多〕「第一試合の相手は『そば湯美人』。男女混成社会人サークルだそうだ」

 多良橋たらはしはトーナメント表を見せた。


〔シ〕「今日は一般の部だから男女混成チームもこっちになるのか」

〔多〕「明日がキッズおよび女性のみチームの試合だ」

〔三〕「じゃ、『でかでかちゃん』も来るって事」

〔多〕「シード扱いだから入りはもう少し後かも」


〔シ〕「あの力士軍団がシード扱いになるほど強いなんて、初見で分かるわけがねえよ」

〔下〕「奥座敷おくざしきさんもシードっすよね。何であんなに早くから」

〔多〕「応援部が俺たちの試合の応援をするから、それに合わせて早く来たか」

 指定された場所に荷物を置きに行くと、応援部と放送部の混成軍こんせいぐん多良橋たらはしの元にやって来た。


〔樫〕「おはようございます。第一試合の応援をさせて頂きます。よろしくお願いいたします」

〔多〕「熊五郎くまごろうさんたちはどこに行った。挨拶あいさつしなきゃ」

〔樫〕「お気持ちは有難いのですが、屋外トレーニングに出かけましてしばらく戻らない予定です」


〔多〕「それもそうか。シードだもんね。奥座敷おくざしきオールドベアーズの試合開始は十一時以降でしょ」

〔樫〕「その通りかと」

 樫村かしむらは短く返答すると、放送部の青柳あおやぎと話し合いを始めた。


〔青〕「報道以外ピッチ脇には入れないから、会場は望遠を使って」

〔樫〕「僕らとピッチAを同一の絵に収めるのは難しそうですか」

〔青〕「やっては見るけどちょっと厳しいかも。富士川Pから映像素材の一部は提供しても良いとの言質げんちは取ったけど」

 富士川と会ったのは一回だけというのに、一介の高校生が堂々とずうずうしい要求を出来たものだと多良橋たらはしは驚いた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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