33 パパ活疑惑 

〈水曜日 放課後 みなとみらい〉


 平和十三ピンフジュウソウ学園との試合に出た餌は、部活を代休して珍しく緊張した面持ちでホテルのロビーに腰を降ろす。

 いかにも敷居と天井の高い空間で、パンダのリュックを背負った制服姿のえさは悪目立ちだ。


 お茶会帰りのママ達の視線を浴びながら小さくなっていると、問題の男が現れた。


〔父〕「待たせたな。本当に相変わらず俺の子だなあ」

 親ばか爆発でぎゅーぎゅーと抱きしめてこようとする父をなだめると、えさは急にどうしたのとたずねた。


〔父〕「まあ、年貢ねんぐの収め時と言うかだな」

〔餌〕「マフィアをバックにブイブイやりすぎてついに手が後ろに」

〔父〕「まあその辺は全部上手く丸めといたから心配するな」


 柄シャツに白いチノパン姿で素足にローファーを履いた餌の父と、制服姿にパンダのリュックを背負った息子の組み合わせは、明らかにロビーの視線を独り占めしている。


〔父〕「がっしりしてきたじゃねえか。さては運動でも始めたか」

〔餌〕「うん。サッカー。遊びみたいな感じだけど、今度ビーチサッカーの試合に出るんだよ」

〔父〕「そりゃ良い事だ。運動は大切だからな」

〔餌〕「父ちゃん見に来る。入場無料だよ」

 深呼吸をした餌が思い切って聞いてみるも、父親はごめんなと言うのみである。

〔父〕「そうだな。晩飯にはちょっと早いもしれないが何か食っていくか。うなぎでもフレンチでも」

 やや不自然に話題を変えた父に、周りの目線が気になるえさはホテルの外で食べたいと告げた。



※※※



〔父〕「ガンガン食って欲しいものは何でも言えよ」

 餌はみなとみらいのラーメン屋に入ると、バリ堅高菜かたたかなラーメンニンニク馬油まーゆダブルを頼んだ。


〔餌〕「父ちゃんそんなので良いの」

〔父〕「食事制限が必要なお年頃なんだよ」

 豆腐サラダとウーロン茶だけを頼んだ餌の父は、情けねえなと言いつつウーロン茶に口をつける。


〔父〕「約束通り、俺と会ったのは母ちゃんには内緒にしてくれよ」

〔餌〕「何でだよ。まだ母ちゃんには何も言ってないけど、母ちゃん多分父ちゃんの事すごく心配してるよ」

〔父〕「俺の事なんか気にせずに、良い男と一緒になれって言ったんだがな」

〔餌〕「母ちゃん、僕の事を思って絶対に他の男と一緒にはならないと思う」

 餌の父はウーロン茶をぐびりと飲んだ。


〔父〕「まあな。俺はやりたい事がありすぎていつだってうずうずしっぱなしだし、マフィアが襲ってきたとなりゃ面白れえって大興奮だ。

 そんなならず者の嫁さんにするには、母ちゃんは余りに優しくて気のいい女なんだよ。どうにも人生のあんばいってのは、なかなか上手くいかねえな」

 餌の父は豆腐サラダに酢を大量に振りかけると、所在なさげに突っつきまわした。


〔餌〕「父ちゃんは、いつ日本に戻ってきてたの」

〔父〕「ちょうど去年の秋ぐらいか。ずっと日本にいたって訳でもないんだが」

〔餌〕「もっと早く連絡くれたって良いじゃない。それに母ちゃんに隠せだなんてそんなの」


〔父〕「母ちゃんをこれ以上巻き込みたくねえ。マフィアとよろしくやってた男が、元夫でございなんてのこのこ出て来たって」

〔餌〕「だったらどうして僕とは会ったの」

 その言葉にえさの父は一瞬息を飲むと、目を左右へ泳がせた。


〔父〕「お前は俺の息子だ。ただの堅気かたぎじゃいられねえ性質たちだろ」

 父親はそれきり黙ると、目を細めて息子を見つめた。



※※※




〔父〕「本当に小遣いは十万円で大丈夫か。欲しいものは無いのか」

 いざ何でも買いたいものを買えと言われても、通販の怪しいグッヅぐらいしか欲しいものの無いえさである。


 英国製ブライドルレザーの長財布をプレゼントされたえさは、加奈が襲われかかった地下街を通って横浜駅の中央改札にたどり着いた。


〔父〕「これは母ちゃんに」

 餌の父はナポレオンパイの箱を餌に手渡した。

 餌の腕には、父からゆずり受けたロレックスコスモグラフデイトナがはめられている。


〔餌〕「母ちゃんにケーキなんて買ったことないよ」

〔父〕「優待券ゆうたいけんで手に入れたでも、友達のバイト先で余ったのをもらったでも何でもいいだろ」

〔餌〕「本当に母ちゃんに会う気ないんだ」

〔父〕「俺は堅気かたぎじゃねえからな」

 餌の父は餌からふいと目をそらす。


〔餌〕「まだ日本にいるの」

〔父〕「しばらくは生活拠点を日本に置いている」

〔餌〕「だったらまた会える」

〔父〕「母ちゃんに内緒にしてくれるなら会えるさ」

 えさはしばらくだまってうつむくと、小さくうなずいた。


〔父〕「気をつけて帰れよ。ほら交通費だ、持ってけ」

 餌の手に裸銭で一万円札を数枚握らせると、餌の父はとぼとぼと改札に向かうえさを見送った。



※※※



〔加〕「何あのちょい悪オヤジっ。くされパンダがパパ活だと。見た彦龍ひこりゅう。見たよねあれ、くされパンダだって」

〔天〕「家の都合で部活がお休みだったけど。あの人がお父さんじゃないかな」

 餌に代わって加奈の帰路の護衛係ごえいがかりとなった天河てんがに、加奈が声も潜めてささやいた。


〔加〕「まさか。えさのパピーってまだジャカルタにいるはずだよ。それにあのちょい悪オヤジ全然似てないじゃん。柄シャツグラサン素足にローファーって今どきいねえって」

 ぎゃははと笑った加奈の前を、柄シャツグラサン素足にローファー姿の男がぎろりとにらみつけながら通り過ぎた。


〔加〕「やべえいたわ」

 加奈は天河てんがを連れて、素知らぬ顔で西口方面へと進んだ。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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