32‐4 戦術分析官 覚醒

 〔松〕「1-1-3(※)!」

 平和十三ピンフジュウソウ学園はフォーメーションをがらりと変えた。


〔シ〕「勇敢と言うか狂気と言うか。左右アラ(MF)をピヴォ(FW)化させるなんて」

〔多〕「人につられるな。玉のコースをケアっ」

 ゴレイロ(GK)とフィクソ(DF)を守備に残して残りのプレイヤー三人を前がかりに押し上げた平和十三学園の超攻撃的布陣に、急造チームの『落研ファイブっ』は対応できない。

 多良橋たらはしの叫びもむなしく、わずか一分で二点を献上した『落研ファイブっ』。

 彼らは消沈しょうちんした面持ちで三分間のインターバルを迎えた。




〔三〕「残り三点差で向こうの方が切れるカードが多いんじゃ、勝ち目は無い。この間の柿生川かきおかわ小OB会みたいに棄権きけんした方が時間と労力の有効活用だって」

 松尾の隣でカメラを操作していた三元さんげんが、生あくびをしながらつぶやいた。


〔松〕「今それを彼らの前で言います。鬼ですか」

〔三〕「松田君だって忙しいんでしょ。こんなお遊びに付き合ってる場合じゃ無いんじゃないの」


〔松〕「僕はずっと一並高校ここにいられるわけじゃないから」

 松尾のつぶやきに、三元さんげん信楽焼しがらきやきのタヌキのような目を見開いた。



※※※



〔多〕「現在三点差。1-1-3(※)を第三ピリオド中採用するとは考えにくいが」

〔下〕「仮に1-1-3をベースにしてくるなら、地道にコースカットをするしかないです。こっちは1-1-2-1(※)しか練習してないし」


〔多〕「下野しもつけ君が中央フリー気味で、服部君と政木まさきが少し上がり気味でポジションをとって見て。こっちは点を取らなきゃ始まらない以上、上がり気味にするしかない」

 多良橋たらはしの指示に、下野しもつけがしっかりとうなずく。


〔天〕「中盤ちゅうばんを省略して長門ながとに当てに行った方が良いですか」

〔多〕「だな。今のうちの実力ならそれが一番だろう」



〔仏〕「そう言えば餌どこに行った」

〔多〕「ぶんむくれて用足しに行ったぞ」

〔仏〕「ガキかよ」

 用を足しに行ったのやら何の用事をしにいったのやら分からない餌は、第三ピリオドが始まっても戻ってこなかった。




〔松〕「結局第三ピリオドでのメンバー交代は無し。1-1-3で虐殺ぎゃくさつスコア狙いですか」

 下野しもつけが走り回って中盤をケアするも、さすがに疲れの色は隠せずに落研ファイブっは一点、また一点と失点を重ねていった。


〔三〕「もう止めようって。痛々しくて見てられねえよ」

 点差が八点に開いた所で、長門ながとが接触プレーで流血して倒れ込む。

〔多〕「交代、岐部きべ長門ながと下がれ」

〔長〕「止血したら大丈夫っす」

 アドレナリンが大量に出ている長門ながとは、悔しさもあらわにベンチに戻って来た。



〔シ〕「お前ら安心しろ。いつだって『落研ファイブっ』のピンチを救ってきたのは誰だ」

 絶望的な点差に疲労の色を隠せない面々に向かって、シャモは指をつきたてた。


〔仏〕「お前じゃねえ」

 シャモは仏像の息も切れ切れの突っ込みをスルーして、洋々と仏像の位置についた。


〔シ〕「ピヴォよろしく」

〔仏〕「俺が?!」

 疲労が極限に来ている仏像は、シャモの代わりにピヴォの位置へついた。





〔松〕「先生、僕を出してください。下野しもつけ君も仏像さんももはや限界です」

〔多〕「ダメだ。松田君を怪我させる訳には絶対にいかん」

〔松〕「相手は虐殺ぎゃくさつスコアを狙って前がかりです。このフォーメーションなら、僕がピヴォ(FW)に入って下野しもつけ君を下げても安全です」

 松尾はシューズを脱いで、戦術分析ノートを三元さんげんに託した。


〔三〕「松田君、冷静になれって」

〔長〕「そうだよ。松田君落ち着いて。止血しけつが終わったら戻れるから」

〔多〕「はんは肝心な時にまだ戻って来ないのか」

〔松〕「多分下野しもつけ君に注意されてご機嫌斜めだから」

〔下〕「まっつんは戦術分析官せんじゅつぶんせきかんでしょっ! 俺頑張るから」

 そう言い張る下野しもつけはもはや限界そのものである。

 多良橋たらはしは、危ないと思ったらすぐ下がれと口を酸っぱくして松尾に言い聞かせるとピッチに送り出した。



〔三〕「平和十三ぴんふじゅうそうの皆さん、うちのピヴォに怪我させたら一億円じゃ利かねえぞっ。日本の宝だぞっ」

 三元さんげんが大声を張り上げた。



※※※



〔粟〕「ぞくぞく来るねえ、目力が違う。本当に負けず嫌いなんだろうな。クロヒョウのように美しくて強い。君、たまらないよ」

 粟島あわしまがピヴォに入った松尾を見て感嘆かんたんの声を挙げつつ、1-2-2(※)と叫んだ。



〔粟〕「はらがどっしり座ってる。ああ、良い。君にどんな事情があろうとも絶対に容赦ようしゃはしないよ。ねえ君、僕たち平和十三ピンフジュウソウ学園が最高のおもてなしをしてあげるよ」

 粟島あわしまはヌートリアのような顔をゆがめて笑うと、右フィクソ(DF)に何事かサインを送る。


〔長〕「マンツーマンプレス?! 嘘だろっ」

 松尾にボールを預けるのをためらった天河てんがは、ボールの出しどころに苦慮する。

〔松〕「天河てんがさん、放り込んで。大丈夫だから」

〔仏〕「天河てんがっ、貸せっ」

 仏像は天河にボールを要求すると、服部めがけて大きくサイドチェンジをした。


〔シ〕「こっちっ」

 おとりのように走ったシャモを服部が使うと、シャモはすぐさまボールをロストした。

〔シ〕「ちっきしょーっ」

〔松〕「シャモさん、ボールを追わなくていいから。ポジションにいて」


 平和十三ぴんふじゅうそう学園の右アラ(MF)が角度のあるシュートを打つ。

〔仏〕「服部ナイスっ」

 右足でクリアしたボールはまたしても平和十三ピンフジュウソウ学園に拾われる。




〔餌〕「えっ、何で松田君が試合に出てるんですか」

 用事(?)を済ませて戻って来たえさが、あっけに取られた顔でピッチを見た。

〔多〕「お前がご機嫌斜めになって出て行ったからだよ」


〔餌〕「だって僕の必殺技を皆が邪魔するんだもの」

〔下〕「自滅技じめつわざの間違いっす」

〔餌〕「うっわ下野しもつけ君むかつくっ」

〔下〕「そりゃどうも」

〔多〕「後一分だ。松田君、無理するな」

 多良橋たらはしの叫びに小さくうなずくと、松尾は賭けに出た。


〔仏〕「行けっ」

 カットしたボールを針の穴を通すように相手ゴレイロ(GK)前のスペースに配球すると、松尾は追いすがった相手フィクソ(DF)を背負いながら体ごとゴールへなだれ込んだ。


〔餌/三/多〕「松田君っ?!」

〔仏〕「松尾っ」

〔下〕「まっつん!」

 ゴール前で相手フィクソ(DF)と折り重なるように倒れた松尾に、全員が駆け寄る。


〔松〕「後七点っ」

 砂まみれの顔を上げた松尾がげきを飛ばした瞬間。



〔審〕「ぴぎいいいいいっ」

 何とも間抜けな笛の代わりの叫び声で、平和十三ピンフジュウソウ学園との激闘に決着がついた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


(以下はポジション配置について。興味がある方のみ読んでください)




※1-1-3=ゴレイロ(GK)1・フィクソ(DF)1・ピヴォ(FW)3

グラウンドサッカーで言う所の3トップ。


※1-1-2-1=ゴレイロ(GK)1・フィクソ(DF)1・アラ(MF)2・ピヴォ(FW)1

『落研ファイブっ』はこの陣形でしか試合をしたことが無い。

ビーチサッカーにおいて最も一般的な陣形。


※1-2-2=ゴレイロ(GK)1・フィクソ(DF)2・アラ(MF)2

作中では、松田松尾(ピヴォ)に一人のフィクソ(DF)がマンツーマンで着く非常に変則的かつ守備的な形。

1-2-2の陣形の場合は、どちらかと言えばゴレイロ(GK)1・アラ(MF)2・ピヴォ(FW)2で、アラ(MF)をやや縦にずらして置く方がメジャーではないかと思う(がここは作者もはっきり明言できるほどの試合数は見ていないので保留で)。


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