32‐2 なお監督の人望は篤い模様

〔粟〕「一並ひとなみ高校さんに大臀筋だいでんきんに効くスクワットとストレッチを教えてあげようね」

 着替えを済ませた『落研ファイブっ』に、粟島あわしま監督は早速大臀筋だいでんきんトレーニングをほどこすすようだ。


〔粟〕「さあ楽しい大臀筋だいでんきんトレーニングの時間だ。皆で太陽の恵みをけたぷりっぷりの桃に負けないぐらいの大臀筋だいでんきんを育てよう」

 粟島あわしまは大声を張り上げた。



※※※



 括約筋かつやくきん収縮拡張しゅうしゅくかくちょうによって恥骨ちこつを引き上げる動きの重要性は、かつてスノボで全米/ワールドジュニアを制した仏像にも良く分かる。

 呼吸の重要性は言わずもがなだ。

 だが――。




〔粟〕「『ぷりっぷりの桃がお尻になっちゃったあ』。はいっ、大きな声で復唱して。頭にぷりっぷりの桃を思い描いて。みつがたっぷりぴっちぴちだよ。はいぷりっぷり」

〔仏〕「オカシイって」

 イメージトレーニングを活用した大臀筋だいでんきんトレーニングについていけない仏像である。



〔粟〕「桃がお尻になっちゃったあ。はいリピート・アフター・ミー」

〔餌〕「桃がお尻になっちゃったあ♡」

 えさは最高潮にノリノリだ。


〔粟〕「中腰で胸の前に手を合わせて、ハートを書くように肩甲骨けんこうこつから大きく動かす。恥骨ちこつロケットお空にどぴゅーんっ。はいリピート・アフター・ミー」

〔餌〕「恥骨ちこつロケットお空にどぴゅーんっ」

 餌は絶好調にノリノリである。




〔仏〕「こんな練習毎日やってておかしくなりませんか。ただのヤバい人じゃ」

 仏像は中腰になりながら、平和十三ピンフジュウソウ学園ビーチサッカー部の部員に声を掛けた。


〔平A〕「監督の言う通りにすると、不思議と固まったすじがほぐれて可動域かどういきが広がるんです」

〔平C〕「多分、イメージのわきやすい言葉を使うのが得意なんだと思います」

 平和十三ぴんふじゅうそう学園ビーチサッカー部の面々は、粟島あわしま節に心酔しんすいしている。


 助けを求める目で仏像が多良橋を探すと――。

〔多〕「はいrepeat after me♡」

 多良橋たらはしと餌はやはり似たもの同士だと、仏像は深いため息をついた。



※※※



 ようやく大臀筋だいでんきんトレーニングと言う名の脳内破壊から解放された仏像は、湘南しょうなんの風に少しずつ元気を取り戻したシャモと組んで柔軟体操を行う。


〔仏〕「シャモ、今日は藤巻家あっちに行くの。日に日に衰弱してねえか」

〔シ〕「俺は『売られた花嫁』同然だぞ。藤巻ふじまき家の金に目がくらんだ両親揃って諸手もろてを上げて婿むこ入りに大賛成」

〔仏〕「せっかく彼女が出来たのにな」

〔シ〕「高三の夏休みまでに、普通の女と普通のお付き合いがしたかっただけなんだよな。逆玉の輿こしも楽じゃないぜ」

 お前らが思うよりずっと俺は悩んでるのよとつぶやくシャモに、仏像はいつも通りの突っ込みをする気にはとてもなれなかった。



※※※



 ストレッチの後は、お待ちかねの練習試合である。


〔多〕「ゴレイロ(GK)長門ながと フィクソ(DF)政木まさき 左アラ(MF)下野しもつけ 右アラ(MF)はん ピヴォ(FW)岐部きべ 先発しないメンバーもしっかり相手の特徴を観察する事」

 それぞれのポジションに収まると、服部と天河てんがはじっとピッチ内に目をやる。


〔松〕「午前九時現在 薄曇り 気温二十度 南東の風一メートル。砂質は――」

 あれこれとノートにメモをしていく松尾に、三元さんげんは俺ここまで書くの面倒くさいんだけどとこぼした。


〔松〕「慣れですよ慣れ」

 三元さんげんにカメラの操作をお願いした松尾は、戦況を見ながらノートに走り書きをしていく。





※※※




〔松〕「『逆張りのシャモ』は今日も健在っと」

 ファーにボールを要求したシャモを無視してニアにボールを蹴った下野しもつけの読み通り、こぼれ球を拾ったえさがそのまま先制点を挙げた。


〔多〕「良いね良いねっ」

〔粟〕「守りに入るなっ」

 粟島あわしまげきを飛ばすと、平和十三ぴんふじゅうそう学園のメンバーがびりっと締まる。


〔松〕「敵将粟島あわしま 統率力とうそつりょく七〇 魅力 八〇 武力――」

〔三〕「武将カードのパラメーターかっ」

 およそスカウティングには関係なさそうな情報までノートに書きこんだ松尾に、三元さんげんは思わず突っ込んだ。



〔服〕「敵七番、左が弱点だね」

〔天〕「九番のシュートも勢いはあるがコースが単調だ」

〔多〕「So close!もうちょっと


〔粟〕「フィードボールはヘソで投げろっ」

 ベンチで戦況を見守る面々が思い思いに感想を述べていると、粟島あわしまが大声で叫ぶ。


〔三〕「ヘソで投げるって意味わかんねえよ」

〔松〕「丹田たんでんを意識しろって事だと思います」

〔天〕「松田君ってもしかして武道系」

 天河の問いに松尾は否定も肯定もせず、戦況をじっと見つめていた。



〔多〕「How come!何でだよっ

 対戦相手に審判を出させたのがあだとなり、笛は明らかに平和十三ぴんふじゅうそう有利に吹かれている。



〔審〕「ピギイイイイイイ!」

〔三〕「何で口で笛の音真似をするんだよ」

 審判用の笛に不具合が生じたらしく、第一審判が口で笛の音真似をする。


〔天〕「長門ながと何やってんだ。今のはスルーだろ」

〔多〕「Gosh何てこった!」

 ゴールポストぎりぎり上にれるはずの弾道は、長門ながとの手に当たってコースが変わりゴールラインを割った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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