どうしてこうなった

32‐1 大臀筋の匠

 多良橋たらはしプレゼンツ『落研ファイブっ』強化スケジュール第一弾。


 土曜日朝の平塚ひらつか駅は、平日ほどではないがなかなかの人出である。

 スカイブルーのボタンダウンシャツにチノパン姿の松尾は、バックパックを背負い直しながら改札を抜けた。


〔餌〕「あれ、松田君今日は出席だっけ」

〔松〕「今日は代出だいしゅつをしておきたくて」

〔三〕「忙しいんだろ。多良橋たらはし先生のお遊びに付き合わなくっても良いのに」

〔松〕「この先部活を休まざるを得ない日が増えるので。そう言えば下野しもつけ君たちは先入りして自主練しているそうです」

〔仏〕「あいつら俺らより家が遠いじゃん。何時起きだよ」

 仏像があー嫌だと言いながら髪をかきあげた。


〔三〕「シャモは結局来ねえのかな」

〔餌〕「今日は土曜日だから、美濃屋じたく明けのはずなんですが」

〔仏〕「何か、本妻と愛人の家を行ったり来たりしてるみたい」

 自宅と婿入り先(仮)を自分の意思に関係なく行き来させられているだけなのに、ひどい言われようのシャモである。


〔仏〕「矮星わいせいは車で直行してるってさ。俺らもそろそろ行こうぜ」

 一行が海岸に向けて真っすぐな道路を歩いていると、同じ年頃の男子達がぞろぞろと海岸目指して歩いているのが見えてきた。


〔三〕「背中にビーチサッカーって書いてあるぞ。あいつらが今回の対戦相手か」

 ビーチサッカー平和十三と背中に大書された揃いの芋ジャージを着込んだ一団は、十人以上はいそうな陣容じんようだ。


〔仏〕「ついにビーチサッカーガチ勢とご対面か。二回目の練習試合でいきなりハードルが高すぎ」

〔三〕「それにしても女子の応援がいない。気を利かせて連れて来いよ」

〔松〕「『お百度参ひゃくどまいり』さんが白いリムジンでエロカナ軍団を連れて来たりして」

〔餌〕「悪夢だよおおっ。せっかくエロカナを天河てんが君に押し付けたのに」

 エロカナに下僕げぼく扱いを受けて早八年にならんとする餌は、くびを横に激しく振った。




〔多〕「Hey Guys! お前たちっ集合」

 餌の甲高い声に、下野しもつけ達と一緒になって砂浜を走っていた多良橋たらはしが振り向いた。


〔三〕「ビーチサッカー勢らしい他校の生徒は手前で折れましたが、本当にここで合っていますか」

〔多〕「良く気付いたな」

〔下〕「先生が場所を間違えて伝えただけ」

〔仏〕「マジかよ。しっかりしてくれ」

 仏像が脱力しながら荷物を砂浜に降ろすと、下野しもつけが仏像たちの後ろを見てげえええっと大きな声を上げた。


〔シ〕「おはよう、ござ、い、ます」

 げっそりと精気を吸い取られたシャモの腕を、白いつば広帽子に白いフレアワンピースを着こんだしほりの指がからめとっている。

〔家〕「お嬢様。お見送りはここまでですぞ。後は殿方とのがたの集い。お嬢様はこの後お花のお稽古けいこの予定にございます」


〔多〕「新婚さんだねえ。はてあれがいつまで続く事やら」

 ベトナム系米国人のリン夫人に四半世紀にわたって君臨されている多良橋は、遠い思い出を見つめるような目で若い婚約者達(仮)を見た。



〔シ〕「済みません、お見苦しいものを朝からお見せして」

〔多〕「おい大丈夫か。唇が白いぞ」

〔餌〕「ちょっと、成人済みだからって張り切りすぎじゃないですか」

 オヤジテイストな突っ込みを餌がするも。

〔シ〕「だから俺、車に乗っけられてからの事を毎回何にも覚えてないのよ。自分が何やってるか全然分かってねえの」

 簿記ぼきと英語と中国語の授業しか覚えてねえとだけ言うと、シャモはその場にしゃがみこむ。


〔松〕「普通に綺麗な方じゃないですか。何てぜいたくな。あまり文句を言うと罰が当たりますよ」

〔シ〕「だったら松田君が変わってよ!」

 シャモの悲痛な叫びに、松尾は半笑いで応じた。



〈練習試合会場にて〉



〔多〕「粟島あわしま監督、お久しぶりです」

 シャモの血色が戻った所で試合会場入りした多良橋たらはしに、中肉中背の男が満面の笑みで近づいた。

〔粟〕「お久しぶりです多良橋たらはし先生。こちらが先生の教え子の。みんなもぎたての桃みたいっ。元気いっぱいだね」

 ぎょっとする間もなく、粟島あわしまは芋ジャージを脱いだ面々を呼んだ。


〔仏〕「興福こうふく寺の十二神将を思わせる男たちだな」

〔三〕「いやむしろ南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでんの」

〔シ〕「十三人いるから、一人ユダがいんじゃね」

〔松〕「それかへび使い座」

 平和十三学園ビーチサッカー部に対してめいめい好き勝手な感想を言い合っていると、多良橋たらはしがぽんぽんと手を打って注目をうながした。


〔多〕「こちらは平和十三学園ぴんふじゅうそうがくえんビーチサッカー部の粟島あわしま監督」

〔シ〕「平和へいわって書いてあるじゃん」

〔多〕「読みはピンフ」

〔長〕「麻雀マージャンかよ」



〔シ〕「十三じゅうそうって難読地名なんどくちめいでクイズに良く出て来るよな」

〔仏〕「俺の父親が若い頃にJR大阪駅から梅田うめだ駅に行こうとして、なぜかたどり着いた場所だ」

 仏像がしげしげと『平和十三ぴんふじゅうそう』と大書された芋ジャージを見た。



〔服〕「まさかここまで練習試合のために大阪からわざわざ来たんですか」

〔粟〕「違う違う。十三じゅうそうは創設者の出身地ってだけ。それにしても君たち本当にほれぼれするような首筋だ。良い鍛え方してるね」

 プロレス同好会の三人を値踏みするように見ながら、粟島あわしまはヌートリアのような顔をほころばせた。


〔多〕「今日は十時からここで練習試合の予定だったんだって。それが向こうさんがダブルブッキングで」

〔粟〕「急な話でごめんなさいね。でも本当に助かったよ。今日はお礼としてしっかり皆の大臀筋だいでんきんを鍛えてあげるね」

〔仏〕「何で大臀筋だいでんきん限定?!」

 仏像がぞわりと背筋を震わせた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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