30 下僕と護衛

〈部活時〉


 しほりが持たせた|三段重《さんだんじゅう』の代わりに学食のA定食で済ませたシャモは、空き腹を抱えながら着替え用ポップアップテントにやってきた。

〔シ〕「くっそ腹減った。ご飯大盛りにすりゃ良かった」

〔松〕「だから大人しくあの三段重を食べれば良かったのに」

〔三〕「豚足とんそくに鳥唐揚げうまかったなあ」

 シャモの代わりに三段重を平らげた松尾と三元がごちそうさまでしたと頭を下げる中、仏像はシャモの二の腕に貼られた梵字ぼんじシールをじっと見つめる。


〔下〕「これ本当に梵字ぼんじシールっすか。怪しい」

 下野が『キリーク』の梵字ぼんじシールに手を伸ばそうとすると、仏像が鋭い声で止めろっと制した。


〔三〕「まさかこの文字がシャモを操って記憶を飛ばしているとか。そんな『ゆんゆん』愛読者みたいな発想は止めろよな。うちのばあちゃんじゃあるめえし」

 頭に使い古しのタオルを巻いた三元さんげんは、よっこらしょういちと言いながらミネラルウォーターのボトルに手を伸ばす。




〔シ〕「帰ってくるはずのない父ちゃんが部屋にいたあの時、しほりちゃんの母親が美濃屋みのやの二か月分の売上に相当する買い物をしていったんだ。母ちゃんに何を言ったのか知らねえが、母ちゃんは美濃屋みのやの跡地にマンションを建てるってやたらご機嫌でさ」

 七月末に下船予定だった父ちゃんはいきなり会社を辞めるし、とシャモはじっと二の腕の梵字ぼんじシールを見つめる。


〔シ〕「梵字ぼんじシールはともかく、両親が藤巻家ふじまきけの金に操られているのは事実だよ」

〔仏〕「えさの思惑通り、生霊を押し付けられたシャモはもはやどこにも逃げ場なし」


〔松〕「こうなったら『最後まで』突っ走りましょう。藤巻家の大旦那への道、序章って感じでしょうか」

 えさの野郎マジ厄介を押し付けやがってとつぶやくシャモを、仏像と松尾がにやつきながらけん制する。


〔飛〕「そういえばえささんいませんね。加奈さんの護衛ごえいでしたっけ」

〔下〕「あのセクハラシーサーに護衛とか無い無い」

 エロカナ軍団にセクハラまがいの仕打ちを受けた下野しもつけが、飛島に向けて思いっきり口をとがらせる。


〔仏〕「それがあの獅子舞、学校帰りに横浜駅東口で襲われかけたんだと。マジで警察案件なんだって」

〔下〕「あれ本当の話だったんすか。どんな勇者?! あいつ仁王におうですよシーサーですよ獅子舞ですよ」

 下野しもつけがリスのような目を丸くする。


〔仏〕「二人組だって。身柄は無事だったんだけど、カバンはひったくられてまだ出てこない」

 横浜こえーなと逗子ずし在住の下野しもつけがぶるぶるしていると、プロレス同好会の二人がやってきた。


〔シ〕「天河てんが君は」

〔長〕「加奈さんの護衛っす」

〔服〕「加奈さんのOKが出たらしいんで」

〔仏〕「えっ、えさが護衛するんじゃないの」

 長門ながとと服部の報告に仏像が目を丸くしていると、多良橋たらはしが出席簿片手にやってきた。


〔多〕「今日ははんがいないのか。天河てんがは仕方がないな助っ人だもんな。だがはんは正規部員じゃないか」」

 多良橋たらはしが、いつもより少ない頭数に眉をひそめる。


〔仏〕「練習試合の代休をここで消化するとさ」

〔多〕「どうしたの。伴君ぽんぽん痛い痛いなの」


〔仏〕「聞いてないのか。えさの担任だろ」

〔多〕「犯人つかまったか。面通し?!」

 その言葉に多良橋たらはしはしばらく固まると、あーっと大声を出した。


〔仏〕「違うって。江戸加奈えどかなさんの通学時の護衛を母親から頼まれてるんだって」

〔長〕「行きかえり両方の護衛は負担が大きいので、加奈さんに天河君を紹介して帰りの護衛をお願いするそうです」

〔多〕「まあ、そう言う事なら天河てんが君にもはんにも休日は完全出動してもらうわ」

 その言葉と同時にずびしっとA4版の紙を部員に突きつけると、予定空けとけよとのたまった。



〔松〕「七月頭に八月最終週か」

 A4版の紙を渡された松尾が、むむとうなり声を上げる。


〔多〕「今日からはこの二大会優勝を目標に練習するぞっ」

〔仏〕「大会レベルはどうなんだ。俺たち確かに柿生かきお川小OB会相手に虐殺ぎゃくさつスコアをかましたけど、初心者よ」


〔多〕「桂先生の伝手つてでビーチサッカーの現役プロチームおよび協会関係者複数の証言を得た上で、我ら『落研ファイブっ』に最適なレベルだとの結論に至った大会がこれだ」


〔下〕「協会に伝手つてがあるならサッカー部の活動自粛かつどうじしゅくをどうにかして欲しいっす」

〔多〕「ごめんな。理事長のご機嫌さえ損ねなければ二学期からは何とか活動自粛かつどうじしゅくが解けると思うんだ」

 下野しもつけがリスのような目で多良橋たらはしに訴えるも、多良橋は困ったように眉根を寄せるばかりであった。



〈放課後 横浜駅中央改札〉



 パンダのリュックを背負ったえさと見た年齢四十代の天河てんがが東口中央改札に到着した時には、すでに退勤ラッシュが始まっていた。


〔天〕「よりにもよってこんなターミナル駅で待ち合わせって、その方が危ないよ」

 親子にしか見えない二人は揃いの制服に身を通し、獅子舞ししまいの実写版を待った。


〔加〕「マジごめん。彦龍ひこりゅうもありがと」

〔天〕「天河龍彦てんがたつひこ彦龍ひこりゅうではなく、龍彦です」

 ブルドーザーのように人波を押しのける勢いで走って来た加奈がしゃがみ込んで、自慢の両胸を腕で寄せながら天河てんがの顔を覗き込む。

〔餌〕「そのアングルは反則っ。わざとやってるでしょ」

 天河てんがは近くのディスプレイのハンドバッグさながらに首筋を赤らめた。


〔天〕「加奈さん、横浜駅待ち合わせは人が多すぎて逆に危ないと思うんです。毎日とは行きませんが、必要な時には学校の最寄り駅まで迎えに行きますから」

 顔を真っ赤にしたままつぶやいた天河に、加奈がぎょっとした顔をした。


〔加〕「それは困るって。学校の知り合いに彦龍ひこりゅうが彼氏だと思われてもちょっと」

〔天〕「それもそうっすね。ではとりあえずここでパンダ君の代わりにお待ちします」

〔餌〕「よっしゃー。これで僕は時間の無駄遣いから解放されるっ」

 その言葉に、加奈の獅子舞ししまい顔が般若はんにゃ顔に変わった。


〔加〕「だから、パンダは勉強机に発情してろって言ったろ。うちは今後のスケジュールについて今から彦龍ひこりゅうと打ち合わせすっから。じゃな。彦龍ひこりゅう、今日ウチを家まで送ってくれる」

〔天〕「午後八時半までに自宅に戻りたいっす。それから、彦龍ひこりゅうじゃなくて龍彦たつひこだから」

〔加〕「OK交渉成立。じゃな、くされパンダ」

 天河てんがの腕にしがみつくように腕をからめた加奈は、餌に後ろ手で手を振って西口方面へと戻っていった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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