29-1 おせち三段重を食べた子だあれ

〔餌〕「シャモさああああんっ、心配したんですよ大丈夫でしたかあ」

 加奈の護衛役を果たして学校にいつもより三十分早く到着したえさは、パンダのリュックを揺らしながら通用口にたたずむシャモを大声で呼ぶ。


〔シ〕「ごめん、ここ男子校だからね。ここから先は男だけの場所なの。ほらしほりちゃんも急がないと学校遅れるから。うん、分かった。今日は部活の日だから美濃屋みのやに戻るね。うん、ちゃんとSNSするから。安心して」

 餌が声を掛けてから気が付いたことだが、無言で手を握られ続けたシャモは何とかしほりの手を振り払おうと悪戦苦闘あくせんくとうしている所である。


〔家〕「しほりお嬢様、明日になればまた婿殿むこどのがお見えになります。それまでの辛抱にございます。どうか、どうかお車にお戻りくださいませ。学校に参りましょう」

 家令かれいにしほりの意識が向いた一瞬のスキを突いて、シャモは男の聖域サンクチュアリである男子校の通用口をまたいだ。



※※※



〔三〕「俺はな、彼女が欲しい欲しいとずっと言ってきた。うん。だがこれはな」

 昼食時。学食にて。

 千景ちかげのダイエットレシピを参考に作られた弁当をつつきながら、三元さんげんはおせち三段重のごときシャモの弁当を見る。

 

〔山〕「【みのちゃんねる】でまた高額投げ銭ですか。もうかってるな」

〔井〕「夏前におせち三段重とはこれいかに。シャモさんの彼女って時間感覚がおかしいんじゃないっすか」

 学食常連の山下が、バスケ部の井上と共に三段重をしげしげと見る。


〔シ〕「やるよ。マジ食べて。俺これいらねえ。A定食頼んだから」

〔餌〕「もう遅いです。シャモさんはもう藤巻家でご飯をいただきました。今さら黄泉戸喫よもつへぐい(※)を警戒しても後の祭りです」

〔下〕「ヨモツヘグイって何すか」

 目の前で連れ去られたシャモが学校に復帰したと聞いて、松尾と飛島と共に弁当持参で学食に来た下野がリスのような目を丸くする。


〔シ〕「気にするな。俺以外の奴は食っても平気」

〔下〕「マジっすかいただきまーすっ」

 下野しもつけは大きな口を開けてカモのローストを放り込んだ。

〔仏〕「二の腕の梵字ぼんじシールって、本当はシャモの行動を監視制御かんしせいぎょするナノチップかもな。だから記憶が飛ぶのかも」

 やめろよおおおと叫んだシャモは、二の腕を気にしつつ三段重を遠ざけた。



〔餌〕「『お百度参り』から持たされた超豪華おせち三段重。シャモさん玉の輿おめでとうございまーす」

 餌の一言に、下野しもつけが口の中のものを吐き出そうとする。

〔松〕「下野しもつけ君、お残しは許しませんよ」

 松尾はことさら豪快に、三段重のハイライトであるイセエビのテルミドールを手づかみで食べる。


〔山〕「おいそこの花粉眼鏡改め野獣眼鏡君。正気か」

〔松〕「『お百度参り』さんを恐れすぎ。こんなの朝飯前ですよ」

 テーブルの端に置かれたティッシュで手と口を拭うと、松尾はB定食を受け取りに行った。


〔餌〕「せっかくシャモさんに彼女どころか婚約者の御令嬢が出来たって言うのにね。相手が悪すぎです」

〔シ〕「お前が紹介したんだろ! どうしてくれるんだよ」

 すまし顔で練乳コーヒーを飲む餌に、シャモはおかんむりである。


〔仏〕「それだけ叫べるなら大丈夫だな。それにしても一時はどうなる事かと思ったわ。あのまま連れ去られたのが今生の別れにでもなったらどうしようかと」

 白いリムジンが大蛇のごとくシャモを頭から飲み込んでいく光景を思い起こして、仏像はぶるりとかぶりを振った。


〔下〕「ん、って事は。もしかしてシャモさんって『お百度参り』の婿むこになるんですかあああっ! 人身御供ひとみごくうっすね」

 今頃かよと総突っ込みを食らいつつも、下野しもつけが身を乗り出す。


〔下〕「だったら今度から藤巻漢太ふじまきかんたさんっすよね。『お百度参り』の家はやっぱりすごい大豪邸なんっすか。下野しもつけ家(3DK)が十軒は建つ感じなんっすかね」

〔シ〕「それが、何にも覚えてねえんだよな。あの車に乗ったとたんに眠くなって」

〔三〕「それじゃ修行にならねえだろ。婿殿修行だってお前の家の母ちゃんが言ってたのに」

 三元がタヌキのような目を半眼にしてシャモを見る。


〔シ〕「家令かれいさんって人に連れていかれて、簿記とか英会話とか習うんだ。その部屋は普通のオフィスみたいで」

〔餌〕「リムジンで連れ去られてまでやる事が簿記ぼきと英会話?! ぶっ飛んでるんだか堅実けんじつなんだか」

〔シ〕「一応中国語初級も」

 分からない、まるで意味が分からないと一同首をひねりつつ三段重を見る。

〔三〕「食っちゃって大丈夫かな」

 三元さんげんが恐る恐る、紅白かまぼこに箸を伸ばした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


黄泉戸喫よもつへぐい 日本神話に出てくる『黄泉よみの国』のかまどで煮炊きした食事を摂る事。ひとたび黄泉戸喫よもつへぐいをすると現世に戻れなくなる。

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