かなりヤバい彼女

27 かなりヤバい彼女

 幾星霜いくせいそうの時を経て、高校ビーチサッカー界の強豪に成りあがる私立一並ひとなみ高校ビーチサッカー部――通称『落研ファイブっ』――。


 親子ほどに年の離れた後輩たちに、『湘南しょうなんの激闘』と語り継がれる事になる初練習試合の終幕から一夜明けた放課後。




〔服〕「シャモさん、あの後結局『お百度参り』さんとどうなったんすか」

 部活を終えて下校途中の服部がたずねると、シャモは無言で二の腕のタトゥシールを指さした。


〔服〕「何ですかそれ」

〔仏〕「梵字ぼんじシール。サンスクリット語でキリークと書いてある。彼女とおそろいで貼られたんだって」

〔服〕「だったらカップル成立って事ですね。ファミレスでその話で持ちきりだったんすよ」

〔仏〕「服部もあの後エロカナ軍団と飯食いに行ったんだ」

 仏像の問いに服部はモアイのような目を細めた。

 どうやら女子との語らいに手ごたえを感じたらしい。


〔三〕「でもやっぱり変な女だよな。ばあちゃんの根付ねつけと同じシールを無言で二の腕に貼って来るなんて」

〔下〕「お百度参ひゃくどまいり事件の時は神社のお札だったんすけど、上手くいかなかったからアイテムを替えたんっすかね」

 いやそもそもそんなものに頼ろうとする根性からして、と仏像が鼻で笑う。


〔シ〕「付き合ってる訳じゃねえよ。まあ一応、お友達からって事で話はつけたんだけど」

〔餌〕「シャモさんの分際ぶんざいで『お友達から』って何その上から目線。ムカつきますね」

〔シ〕「仕方がないだろ。お前らが散々『お百度参り』だの『生霊』だの『六条しをん』だの言って脅かすから」

 自他ともに認める憑依体質ひょういたいしつのシャモは、大事を取って『友達』コマンドを入力したらしい。

 ぶつぶつと漏らすシャモをからかいながら、一同は通用口へとたどり着いた。



〔三〕「あれ、何だあの白いリムジン。理事長でも来たのか」

〔シ〕「あのジジイには似合わねえよ。あんな長いリムジンはハリウッドとかセレブショーでしか見た事がねえ」

〔仏〕「まさか、千景ちかげ先生が」

 無類のおいバカで知られる春日千景かすがちかげの車かと仏像が松尾にたずねるも。

〔松〕「千景おばさんの趣味ではないですね」

 松尾は即答で否定した。



 どこぞの坊ちゃんが高校の下見にでも来たのかと結論付けて、皆で車の脇を通ろうとしたその時――。

〔男〕「岐部漢太きべかんた様ですね。藤巻ふじまき家の家令かれいにございます」

 白いリムジンの後部座席が開けられて、家令かれいと名乗った初老の男がうやうやしくシャモを招く。


〔シ〕「えっ、確かに俺だけど。え、どういう事。あんた誰」

 両眼をせわしなく左右に動かしたシャモの腕に、後部座席の奥から白魚のような指が伸びる。

〔シ〕「し、し、しほりちゃん?! あっー!」

 それが一同が最後に聞いたシャモの言葉。


 バタンと音を立てて扉が閉まると同時にリムジンが音を立てて走り去った。




※※※




〔父〕「おい漢太かんた、入るぞ」

〔シ〕「何で父ちゃんが。下船は七月末のはずだろ」

 一等航海士である父の姿を認めながら、まどろみから目覚めたシャモはゆっくりと自分が置かれた状況を確認する。

 見慣れたヘッドセットに配信機材が真新しいシステムラックに整然と置かれ、年季の入ったふすまは真新しい木製引き戸に変わっている。


〔シ〕「これ、俺の部屋だよね」

〔父〕「お前を養子先に預けている間に突貫工事をしてやった」

〔シ〕「養子先?!」

〔父〕「今更無かったことには出来ねえぞ。ほら」

〔シ〕「へっ、退職したの。嘘だろ父ちゃん、最近転職したばっかじゃん」

 父親はひらひらと一枚の紙をシャモの目の前に差し出した。



〔父〕「それもこれも藤巻の大旦那おおだんな様のおかげだ。いよっ、藤巻ふじまき若旦那様わかだんなさま、精々しほりお嬢様に捨てられねえようにふるいな」

 かかかっと海の男らしい白い歯を見せて笑うと、階下から『おほほ』と営業用の笑い声。



〔シ〕「誰、お客さん。いや、俺、あのな。えっ、しほりちゃんが何で」

 氷のような白魚の指からは想像もつかない怪力でしほりにリムジンに乗せられた所で記憶がぷっつり途切れているシャモは、混乱を隠す事も無く父を見た。



※※※



 一方こちらはシャモを見送った面々。

 シャモを乗せた白いリムジンが走り去ると同時にはじかれたように関係各所にスマホで通報をした一同は、きつねにつままれたような顔で改札口を通った。

〔餌〕「多良橋たらはし先生も桑原くわはら先生も大丈夫だって言うけど、本当に大丈夫なんでしょうか」

〔三〕「シャモの母ちゃんが藤巻ふじまき家と話はついているから大丈夫って言ってる以上、俺らにはどうしようもできない」


〔餌〕「あー、こんな大事な時に。エロカナから呼び出しかかった」

 スマホをちらりと見た餌が、げっそりした顔でため息をつく。

〔仏〕「じゃあまた横浜で降りるの。いっそ変態同士で付き合えばいいじゃん」


〔餌〕「絶対断る。奴はやることがエグイんだよ。平気で人を実験台にしようとするから」

〔仏〕「なあそれって小学校時代、それとも今」

〔餌〕「さすがに昔の話。今同じ事やろうとしたら締め落とす」

 会いたくないけど多分『お百度参り』の話だから聞くしかないと、えさは横浜駅で下車した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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