12-3 新・落語研究会

(長)「カメラのアングルを確認した方が良くないか」

(天)「まさかぼくらの映像を、小遣いかせぎに売り飛ばしては」

(放A)「発声練習と早口言葉が特殊だと思ったんだよね」

(放B)「やたらローアングルにこだわるしね」

 放送部員とプロレス同好会からの冷たい目線が、青柳あおやぎに向けられる。


〔青〕「誤解だっ。発声練習も早口言葉も、僕が練習に練習を重ねてたどり着いた方法で」

〔仏〕「だったら今すぐここで発声練習の見本見せてよ」

〔山〕「なあ、放送部。この発声練習の時点でおかしいって気づけ」

 大真面目に発声練習を披露した青柳に、山下が呆れた声でつぶやいた。



※※※



 青柳あおやぎ所業しょぎょうに疑念を持ったプロレス同好会が撮影映像をチェックしはじめたため、青柳あおやぎは五分だけと念押しして松尾と向き合った。



〔松〕「大好きな落語を取り上げられた三元さんげんさんも何とか頑張って合宿に参加したんです。それを、被写体ひしゃたいとして気に入っただけで後期高齢者にばかりにカメラを向けて。落語を取り上げられた落研の身にもなってくださいよ」


〔青〕「取り上げられた? 何その被害者面ひがいしゃづら。そこまで落語が好きなら草サッカーもビーチサッカーも止めちゃえば。『新・落語研究会』でも立ち上げて、顧問こもんになってくれる先生を探せは良い。『全日本落語』『新日本落語』みたいな」

〔山〕「青柳あおやぎ君とプロレス同好会以外には通じない例えだな」


〔青〕「結局あなた方は、新顧問しんこもんの言うがままにサッカーの練習を黙ってこなす究極の草食系だ。だったら流されて行きつくとこまで行けば良い。草サッカー同好会として『ビーチサッカー』で天下獲てんかとれば良い。勝てば官軍かんぐん。そんなものです人生は」

 青柳あおやぎは山下の突っ込みにふんと鼻を鳴らした。



〔松〕「確かに落語に情熱を燃やしているのは三元さんげんさんだけです」

〔仏〕「松尾言いくるめられるなしっかりしろ」

 にわかに形勢けいせい青柳あおやぎに傾いた。


〔青〕「時に松田松尾まつだまつお君。君は小学校四年生まで、群馬のサッカーチームでワントップのフォワードだったそうではないか。背番号は九。チーム名は」

〔松〕「いつの間にそこまで!!」

〔青〕「放送部の情報網じょうほうもうを甘く見ないで欲しいね。この意味、分かるよね松田君」

〔山〕「松田君、アウト」

 がっくりと膝をつく松尾に、青柳あおやぎは高らかに勝利の舞を踊った。


〔青〕「まあ、松田松尾まつだまつお君を一方的にやられ役にするのもつまらない。ゆえに飛島君を助っ人として草サッカー同好会に出す事は許可しよう。その代わり」

 青柳あおやぎが何事かを松尾の耳元でささやくと、松尾の顔色が変わった。

〔松〕「それで飛島君が良いと言うなら」

〔青〕「飛島君が嫌だと言う訳が無い」

 ミキサー室に戻った飛島の知らないうちに、青柳あおやぎと松尾の間に密約みつやくが交わされた。




〔松〕「皆さんお騒がせしました。失礼します」

 明らかに勢いを失った松尾がプロレス同好会と放送部に頭を下げると、仏像がプロレス同好会の部員達をじっと見た。


〔仏〕「熊五郎くまごろうさんのイメージビデオとエゾウコギなめ茸監督の件を校内に広めてほしくないなら、プロレス同好会から最低三人をうちに送り込め」

 今度は青柳あおやぎががっくりと膝をつく番だった。


〔青〕「飛島君と別の放送部員。お宅の元部員じゃ駄目」

〔仏〕「プロレス同好会三名様。出来れば体格が良くて俊敏しゅんびんな奴」

〔青〕「無理だっ」


〔仏〕「ジーマーミー豆腐どうふ緊縛きんばく写真集」

〔青〕「なぜそれを!!」

〔仏〕「政木五郎まさきごろうの情報網を甘く見ないで欲しいね。この意味、分かるよね青柳あおやぎ君」

〔山〕「青柳君、アウト」

 松尾と青柳は痛み分けで試合に幕を閉じた。



両成敗りょうせいばいの後〉

 


〔松〕「試合に負けて勝負に勝った」

〔仏〕「飛島とプロレス同好会から三名様」

〔松〕「交代枠の五名まであと一人は――」

 松尾と仏像がじっと山下を見た。


〔山〕「無理無理俺は絶対ダメ。あっそうだ。下野しもつけ貸すよ。そもそも切り抜きを持ってきたのもあいつでしょ。ビーチサッカー興味あるって言ってるし松田君と仲良いし。俺から言っとくから」

〔松〕「ありがとうございます」


〔仏〕「下野しもつけ君って横浜マーリンズのジュニアユース上がりで、U15日本代表の代表候補だった子でしょ。うちにはオーバースペック過ぎじゃねえか」

〔松〕「そんなにすごい子なんですか?!」

 下野しもつけに対してメロンパンや常滑とこなめのえびせんにレモンセーキのイメージしかない松尾は、びっくりしながら山下を見つめた。


〔山〕「すごい子だからこそ、どうにかしたいんだよな。ビーチサッカーを経験すれば体幹たいかんが強くなるし浮き球の処理も上手くなる。あいつがユース落ちしたのはその辺が理由らしいから、良い機会だと思うんだ」

 山下は、松尾が下野しもつけからもらったA4版ファイルをじっと見た。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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