12‐2 疑惑の男・青柳真中

〈放課後〉 


 応援部の樫村かしむらから、青柳あおやぎがいかに熊五郎を信奉しているかを延々と聞かされた松尾。

 樫村の話を聞いて芽生えたある疑念をぶつけようと松尾が二年四組に顔を出すと、仏像がサッカー部の山下と立ち話をしている所だった。


〔松〕「放送部の青柳あおやぎ部長はいますか」

〔仏〕「視聴覚室に行ったんじゃねえのか。何で松尾が青柳に用があるのよ」

〔松〕「合宿の時に撮影した映像を見せてくれって言ったらはぐらかされて。あのままだと絶対見せてもらえない」


〔仏〕「そもそも何で松尾がそんなに合宿映像を見たいのさ」

〔松〕「戦術分析官として、合宿でどんな練習をしたのか把握はあくしておきたくて。それに、青柳部長がどうして未編集データを見せるのを頑なに拒否するのか。何か秘密があるはずです」

 松尾は下野しもつけからもらったA4版のファイルを仏像に差し出しながら説明した。



〔仏〕「青柳な。あいつはむしろ謎しかない男だ。深入りしない方が良い」

〔山〕「それにしても、この資料すごいね。ほらほらお気にの後輩君は、真面目にビーチサッカーをやろうとしているよ」

〔松〕「これは今日下野しもつけ君がくれたもので」

〔山〕「あいつビーチサッカー興味あるって言ってたもんな。ちょっと見てもいい」

 松尾がうなずくと、山下はへえへえと言いながら雑誌の切り抜きを見た。


〔山〕「砂そんなに深いの。雪の中でサッカーする感じじゃん。きっついわ」

〔仏〕「うちのへなへな軍団にそんな事出来ると思う。交代は無制限とは言うけれど、無限交代篇むげんこうたいへんになるのは目に見えている」


〔山〕「えっ、交代無制限なの。フリーキックはファールを受けた本人が蹴ると。色々勝手が違うな。兼任けんにんしたら頭がこんがらかりそう」

〔松〕「兼任けんにんして下さるのですか」

〔山〕「いや無理だよ。俺が動いたらサッカー部が崩壊するし」

〔仏〕「でも練習も出来ないんじゃ体がなまるじゃん」

 仏像は松尾が下野しもつけに告げたのと同じような論法ろんぽうで、山下を説得しているようだ。


〔山〕「体育の補習扱いで、自粛が解けるまで活動させてもらえないかって体育の先生に掛け合ってはいる」

〔仏〕「サッカー部だけ。そりゃ言い訳としては苦しすぎねえか」

〔山〕「いやいや、部活の遠征とかコンクールとかで授業を休む部活とか個人がいるじゃん。それこそ中学の時のお前みたいに。そう言う奴らに紛れて俺らも」

〔仏〕「恨まれるぞ」

〔山〕「うーん、やっぱ駄目かな。松田君はどう思う」

 松尾はもし僕がその立場なら勘弁かんべんして欲しいですね、と正直に答えた。


〔山〕「やっぱり厳しいか。GWにフットサルやOBとの合同チームを組んで練習してみたんだけど勝手が違うし。学校で練習できた方がいいし」

〔仏〕「だから緊急避難的に落研に入れって言ってんの」

〔山〕「だーめ。俺はOBとの窓口にもなってるから、俺がブレたら誰も助けてくれない」

〔仏〕「お前自身の練習はどうすんのよ」

〔山〕「走り込みとかはしてるけど」

 山下はため息をついて、ファイルを松尾に返した。




〔松〕「では視聴覚室に行ってきます」

〔仏〕「単身放送部に乱入すんの。結構な度胸だな」

〔松〕「一緒に来ますか」

〔山〕「行ってやれよ」

〔松〕「用事があるなら僕一人で行きます。青柳あおやぎ部長に吐かせたい事がありまして」


〔山〕「吐かせるってこの子もしかして群馬のヤンキー。花粉眼鏡君だと思ったら後輩君は野獣だったってか」

〔仏〕「ヤンキーでも野獣でもないが、見た目よりかなり自己主張のハッキリした子」

〔松〕「野獣って」

 それはいくら何でもひどいと松尾は肩を落とした。


〔松〕「では行ってきます」

〔山〕「見に行ってやれって」

〔仏〕「山下が対青柳戦を見たいだけだろ」

 軽く二人に頭を下げて足早に視聴覚室へ向かった松尾の後を、二人は追う。




 松尾は視聴覚室のドアを開けると、無言で閉めて視聴覚室前に立ち尽くした。

〔仏〕「どうした。入らないの」

〔松〕「それが」

 ためらう松尾の代わりに仏像が扉を開けると、そこは別世界だった。



※※※



〔青〕「さあこのプロレス戦国時代の覇権はけんを握るのは、青コーナー天河てんがか。はたまた赤コーナー長門ながとか」

 視聴覚室におよそ似つかわしくない光景に、仏像は思わず白目をむいた。


〔青〕「おーっと、ここで天河てんががヘッドロック! 長門ながとの顔面をくだく――」

 机が両脇に寄せられた視聴覚室で、プロレス同好会の男子生徒達がくんずほぐれつを繰り広げている。


〔青〕「両者ここまでは一歩もゆずらぬ試合展開。服部大我はっとりたいがレフェリーも実に公正なレフェリング」

 放送部長の青柳のプロレス実況にも、尋常じんじょうならざる熱が入っている。


〔山〕「ああ、プロレス同好会を呼んで試合実況の練習ね」

〔仏〕「とても話せる状況じゃないぞ。あれ、山崎先生どこ行った」

 顧問の山崎不在のまま繰り広げられる試合実況の練習に、山下と仏像が顔を見合わせる。



〔松〕「そうか、青柳あおやぎ部長経由でプロレス同好会を勧誘出来る」

〔仏〕「矮星わいせいが直接勧誘しに行ったよな」

〔松〕「戻って来た時の反応が良くなかったですよね。多良橋たらはし先生なら、勧誘が上出来だったら『Rejoice,Boys!喜べ坊主ども』とか叫びそうなもんじゃないですか」

〔山〕「松田君物まね上手すぎ」

 視聴覚室の入り口で小声で話していると、青柳あおやぎが三人に気が付いた。


〔青〕「入部希望者三名様で」

〔仏〕「Neverねえよ! うちの新入部員がちょっと部長に顔貸せと」

〔青〕「君、合宿映像の話ならちょっと待ってて。今編集中なの」

〔松〕「編集前の映像をちょーっと確認させてもらえませんかね」

 懐かしの刑事ドラマのような口ぶりで、松尾が視聴覚室に入りながら青柳をまっすぐ見据えた。


〔青〕「どうしてそんなに編集前の映像にこだわる。計七時間分あるんだよ時間の無駄だよ」

〔松〕「飛島君、あるよね」

 松尾はミキサー室の飛島に向かって語り掛けた。


〔飛〕「松田君、見ても無駄だと思う。僕が知ってる限り、部長はほとんど熊五郎さんにしかカメラを向けていなかった。上半身裸でサイドチェストを決める熊五郎さんに、荒縄あらなわをもてあそぶ熊五郎さん。それからYMCAを踊る熊五郎さんに」

 ミキサー室から出てきた飛島は、松尾に真実を告げた。


〔青〕「ちょ、ちょっと飛島君」

〔飛〕「それに合宿帰りの食堂で、エゾウコギなめたけ監督って名前の、かなりエッチな作品を撮ってる監督に出会って弟子入り志願してたし」

 飛島の暴露に挙動不審きょどうふしんになった青柳は、エゾウコギなめたけの名前に激しく反応した。


〔青〕「エゾウコギなめ茸監督は天才だよ! 今は無き日々ロマンナイトの流れを汲むエリート中のエリートなんだ。そこらの量産型イメージビデオと一緒にしないでくれたまえよ」

 打ち合わせ中の天河てんが長門ながと服部はっとりも、思わず顔を上げるほどの剣幕けんまくだ。


〔青〕「谷崎潤一郎たにざきじゅんいちろうかげりの美を表現できるのは、エゾウコギなめ茸監督をおいて他にない! 君は監督の最新作、『男女池背脂地獄変なんにょいけせあぶらじごくへん』を一度でも見た事があるのか。

 チャーシューをタコ糸で緊縛きんばく吊るしからあおり撮りするアングルなんて、紅麹べにこうじのテカリが――」

 青柳あおやぎは一気に早口で興奮気味にまくし立てる。



〔松〕「つまり青柳部長あおやぎぶちょうは自らの欲望のおもむくままに、後期高齢者こうきこうれいしゃのイメージビデオ撮影をされていたと」

 青柳あおやぎのマシンガンスピーチを鋭くさえぎった松尾の言葉に、プロレス同好会の部員と放送部員の双方がざわつき始めた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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