13-1 助っ人参上

〔下〕「一年七組の下野しもつけっす。まっつんに誘われて、サッカー部の山下先輩に休部届を出して来ました」

〔多〕「えっ、サッカー部を休部してうちに来たの」

〔下〕「ビーチサッカーは前から興味あったんで」

 サッカー部のいなくなったグラウンドに居並ぶ草サッカー同好会こと落研部員。

 山下に背中を押されて助っ人となった下野しもつけは、リスのようなくりくりした目をまっすぐ多良橋たらはしに向けた。


〔多〕「U hear thatねえ聞いた? 本職もビーチサッカーに興味があるんだって。やっぱり時代はビーチサッカーよ」 

〔仏〕「ありがたく思えよ矮星わいせい下野しもつけ君はサッカーU15日本代表候補だった逸材いつざい中の逸材いつざいだからな。しかも横浜マーリンズジュニアユースの主力だった男だぞ。大切に扱えよ」

 その言葉に多良橋たらはしHoly cowなんてこったい! と叫んだ。


〔多〕「ちなみにサッカー部でのポジションは」

〔下〕「左サイドバックです」


〔多〕「では下野しもつけ君のポジションは左アラ(MF)だ。そして長門ながと君と天河てんが君、こうなる事を信じていたよ」

 放送部の青柳あおやぎの弱みと引き換えにプロレス同好会からやって来た長門ながと天河てんがはうむっとうなずいた。


〔多〕「実は三元さんげん君が体が弱くてね。そこで天河てんが君と長門ながと君に、彼の代わりに交代でゴレイロ(GK)をお願いしたいのだが」


〔長〕「お前は不幸な男だな。俺と競わねばならぬとは」

〔天〕「口で勝って力で負ける。愚かな奴もいたものだ」

 二人は顔を見合わせてうなずきあうと、突然言い争いを始めた。


〔仏〕「青柳あおやぎ呼んで来い青柳あおやぎ! 実況実況」

〔下〕「さあ始まりましたゴレイロ(GK)の座を掛けたプロレス同好会因縁いんねんの対決。解説の松田松尾まつだまつおさん、今回の試合の見どころは」

 仏像のつっこみに呼応するように、下野しもつけが即席で実況アナウンスを始めた。

 

〔松〕「ゴレイロ(GK)は強靭きょうじんな肉体と俊敏性しゅんびんせい、そして当たりの強さがものを言うビーチサッカーのかなめです。対決方法は、ええと。コミッショナーの多良橋たらはし先生」

 いきなり話を振られた松田はぎょっとしながらも下野しもつけのパスを受ける。

〔多〕「PK五本勝負。より多くPKを止めた方を正ゴレイロとする」

 行き当たりばったりながら多良橋たらはしはとっさに口にした。


〔長/天〕「いざ、勝負」

〔仏〕「あれ、結局レフェリー服部は来なかったの」

〔長〕「服部君は進路面談で来れない」

〔天〕「金曜の練習には顔を出すって」

 長門ながと天河てんがは素に戻って仏像に答えると、再びプロレス同好会モードになった。




※※※



〔多〕「岐部きべはん下野しもつけ松田まつだ政木まさきの順で蹴るぞ。三元さんげんは松田君の代わりにPKの録画をしてくれ」

 よっこらしょういちと立ち上がった三元さんげんはゴール裏に陣取った。



〈正ゴレイロ獲得タイトルマッチ 先攻 天河てんが



〔天〕「掛かってこいっ」

 ぴょんぴょんと軽くゴール前で何度か飛んで、腰を落として大の字に手を広げた天河てんがは、がっしりとした体つきに見た目年齢四十代の貫禄かんろくである。

〔多〕「正ゴレイロ争奪戦そうだつせん先攻せんこう 天河てんが長門ながとは後ろを向いて待機。でははじめ」


〔シ〕「あああっ。すかった」

 シャモが右隅を狙って蹴うも力なく転がって天河てんがの足元に収まる。

えさ〕「スコップっ。痛いいいっ」

〔仏〕「学校のグラウンドでスコップ出来る訳ないだろ」

 固い地面につま先を思い切りぶつけたえさがボールをあらぬ方向に飛ばすと、見学に来たサッカー部の山下が苦笑しながらボールを投げ入れる。

〔多〕「山下君もサッカー部を休部して練習に参加しなよ」

 山下は両腕で大きくバツ印を作る。


〔多〕「次、下野しもつけ君」

 剣聖けんせいのような空気をまとった下野しもつけは、笛がなると同時にずばっと天河てんがの左脇を抜いてゴールを揺らす。

〔山〕「ブラボー!」

 山下の声援を背に静かにうなずいて松尾にタッチすると、下野しもつけはじっと天河てんがの動きを見た。


〔多〕「松田君」

 五年前まで地元チームの九番を背負っていた松尾は、久しぶりの感覚に負けぬよう深呼吸を一つすると天河てんがの重心を見定めた。

〔下〕「また抜きすげーっ」

〔山」「おいおいビーチじゃグラウンダーは転がらないぞ」

〔松〕「あ、ビーチの想定忘れてた」


〔多〕「よし、最後は政木まさき

 仏像は声援を送る山下に親指を立てると、片足をボールに軽く乗せて笛を待った。

〔多〕「はじめ」

 笛が鳴るや否や、助走じょそうなしで仏像はネット右上ぎりぎりを狙った。


〔山〕「惜しい! あとちょっと低く」

〔仏〕「だっせー俺。ふかしすぎだろ」

 ゴール裏に陣取る三元さんげんからボールを受け取ると、仏像はシャモにボールを返した。



〈正ゴレイロ獲得タイトルマッチ 後攻 長門ながと



〔多〕「次、後攻こうこう 長門ながと。始め」

 いつの間にか、サッカー部の部員が山下の脇でPKを見ている。


〔多〕「お前ら皆休部してこっち来い。駄目か。じゃ、同じ順番ではじめ」

〔シ〕「よっしゃーってあれ」

 長門ながとの動きを読み切って左を狙ったはずが、長門はあっさりとボールを弾き飛ばす。

〔三〕「【逆張りのシャモ】がPKなんていつまでたっても入るわきゃねえよ」

 その言葉に、シャモ以外の一同がうなずく。


〔長〕「違う蹴り方で挑むべきだったな、坊や」

〔仏〕「天河てんが君の時とシャモの蹴り方全く違うし」

 仏像が冷静に長門に向かって突っ込みを入れている間に、えさがたたたっと山下の元に駆け寄った。


えさ〕「スコップ以外に面白い技ある」

〔山〕「ビーチサッカーの練習だから、浮き球が良いと思う」

〔仏〕「そんな高等技術をこの子が出来ると思う」

えさ〕「まって仏像より僕のが四か月年上。僕五月生まれ、仏像九月生まれ」

 嘘でしょと二人を見比べる松尾に、餌は胸を張る。


〔仏〕「松尾は十一月だよな」

〔多〕「おーいはん。不戦敗にするぞー」

〔餌〕「だめーっ! 笛っ!」

 多良橋たらはしに笛をねだった餌はループシュートを狙ったが。



〔サッカー部〕「ファーっ!」

 三元さんげんがよっこらしょういちと言いながらボールをひろいに行った。

〔三〕「もう限界」

〔シ〕「たったそれだけの動きで。まじでスライム以下だぞ」

 三元さんげんの余りの虚弱きょじゃくぶりにシャモがあきれていると、不意にサッカー部員の目線が鋭くなる。


〔多〕「下野しもつけ君、どうぞ」

 ぴっと笛が吹かれて一呼吸置くと、下野しもつけは美しい放物線を描いた。

〔サッカー部A〕「さすが下野しもつけ。お手本通りのループシュート」

〔サッカー部B〕「どんなボールでもきっちりミートさせるのはさすが」

 下野しもつけは満足そうにうなずくと、松尾にタッチした。


〔仏〕「松尾が勝負師の顔になってる」

〔山〕「相当にきもわってるな」

 松尾は威嚇いかくする長門をじっと見据えると、笛と同時にど真ん中に右足を振り抜いた。


〔山〕「すげーっ! うちのFWに欲しいんですが。何あの体幹たいかんのぶれなさ」

 ゴレイロの長門が思わずのけぞり、ボールがネットのど真ん中を揺らした。

〔サッカー部A〕「花粉眼鏡君が野獣やじゅうになった」

〔サッカー部B〕「野獣眼鏡やじゅうめがねきたあああっ」


 PK合戦の大トリを飾るのは『スノボの王子様』こと、元スノボ全米・ワールドジュニアチャンプの政木五郎まさきごろう――通称仏像――である。


〔多〕「大ラス、政木まさき。今度はふかすなよ」

〔仏〕「あのスーパーゴール二本の後はきついわ」

 正ゴレイロ(GK)の座をけたPK合戦の大ラスを任された仏像は、やりにくそうにボールをもてあそぶ。


〔山〕「オーバーヘッド炸裂さくれつでヨロ」

〔仏〕「どうやってPKでオーバーヘッドすんだよ」

 『本物』のサッカー部のDFである山下のヤジに苦笑しながらも、仏像はボールに右足を掛けて笛を待った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。



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