11-2 スカウトマン

〔下〕「まっつん、もう大丈夫なん」

〔松〕「うん、もう平気だよ。環境が変わって体が追いつかなかったみたい」

 HR後の一年七組。

 昼休み後から授業に復帰した松尾がへにゃっと笑うと、下野しもつけもへへへっと笑った。

〔下〕「今日部活なんよな。頑張ってな」

〔松〕「下野しもつけ君も、ってごめん活動出来ないんだった」


〔下〕「そうなんよ。全活動自粛には学校と協会に抗議のメールや電話が結構入ったらしいんだけど。協会も商店街の人も良い顔しないだろうって、理事長が渋っとるみたいなんよ」

〔松〕「大人の世界は大変だ」

 松尾がため息をつくと、下野しもつけもつられるようにため息をついた。


〔下〕「俺はサッカー選手になるって決めとるんよ。それで七組(海外進学コース)におるんだけど、サッカー出来んかったら意味無いんよ」

〔松〕「落研に入ったら練習出来るよ。草サッカーとビーチサッカーだけど」

 松尾はさっそく下野しもつけのスカウトに入る。


〔下〕「ビーチサッカーは興味あるんよ。体幹たいかんは強くなるし浮き球の処理も上手くなるし、一対一も強くなるしフリーキックも自分で蹴らなけりゃだし」


〔松〕「だったら練習に来てよ。多良橋たらはし先生から、飛島君以外に最低一人はスカウトしてこいって言われちゃって」

〔下〕「俺だけ練習に行ったら山下さん達を裏切る気がして。ちょっとごめんな。やっぱサッカー部が早めに活動再開するのにけるわ。あっ、プロレス同好会に声掛けてみんの」


〔松〕「そんなのあったっけ」

〔下〕「あるよー。体は強いし受け身とか出来るんよ」

〔松〕「知り合いいるの」

〔下〕「おらんけど。文化祭で毎年試合やっとるし」


 餌さんなら知らない人にでも声を掛けられるだろうけどと思いながら、松尾はスクールバッグとページヤのエコバッグを肩にかけた。



〈グラウンドにて〉



〔仏〕「松尾大丈夫か。倒れたんだろ無理するな」

〔松〕「そんなにオーバーなものじゃないので大丈夫です。多分慣れない環境に体が追い付かなかっただけでしょう。群馬土産を持って来たので帰りにどうぞ。三元さんげんさんには駅弁も買ってきたかったのですが日持ちがしないから」


〔三〕「とりめしかまめし舞茸まいたけ弁当。味噌まんじゅうにひもかわうどんも食べたいな」

 『駅弁』の一言に三元さんげんの顔がぱあっと輝く。


〔松〕「そうおっしゃると思いまして、三元さんげんさんには特別にひもかわうどんを買ってきました」

〔餌〕「えーずるい! 僕もひもとかわでしばって」

〔仏〕「そんな事を言うから買ってもらえないんだぞ」

 餌のお約束の反応に、仏像がお約束の突っ込みを入れた。



※※※



〔多〕「Hey Guys!  まずは柔軟からだ。政木まさき、お手本」

 アメリカ代表のレプリカユニに身を包んだ多良橋たらはしに指名された仏像は、口をとがらせながら柔軟を始めた。


〔餌〕「アン・ドウ・トロワ」

〔仏〕「フランス語でカウントとるな。やりずらい」

〔餌〕「サトゥ・ドゥア・ティガ」

〔シ〕「時そばジャカルタ編の悪夢が」



〔多〕「そもそもスリーカウントで柔軟はやりにくいだろ。それに何だ三元さんげん。機械油をさしたくなるような動きだな大丈夫か」

〔三〕「大丈夫な訳がないじゃないですか。僕は運動が大嫌いなんですよ」

 三元さんげんは恨めしそうに多良橋たらはしを見上げる。


〔多〕「だったら交代要員こうたいよういんを探したらどうだ。交代要員に演芸を仕込めれば一石二鳥だろ」

〔三〕「どこにそんな奇特きとくな奴が」

 油の切れたロボットのような動きでひざを伸ばしながら、三元さんげんが首をかしげる。


〔松〕「僕のクラスの子が、プロレス同好会を誘えば良いんじゃないかって言っていました」

〔三〕「昭和のプロレスラーの真似してる奴らだよな」

〔シ〕「もはや一並ひとなみ高校の伝統芸だよな」

 シャモが失笑しながら返した。


〔三〕「文化祭で放送部が実況するのな。そう言えば奴ら、文化祭以外は何やってるんだ」

〔松〕「良く分かりませんがその子が言うには、体が強いし受け身が出来るからって」

〔三〕「あいつらはプロレスってより、プロレスのコスプレやってるだけだから」

〔多〕「ちょっと自主練してろ。今からスカウトして来るから」

 渋る三元さんげんに対して、多良橋たらはしが乗り気になった。


〔三〕「知らない奴ですよね」

〔多〕「最初は誰でも知らない奴なんだよ。お前らだってそうだったろ。じゃ行ってくる」

 多良橋たらはしの背中を見送ると、三元さんげんがため息をついた。


〔三〕「知らない奴苦手なんだよな」

〔仏〕「でもそいつらが試合に出てくれれば、三元さんげんは控えで済むじゃん」

〔三〕「そもそもビーチサッカーをやる所からして気に食わねえ。宗像むなかた先生戻ってきてくれ」

 三元さんげんが悲痛な声で叫ぶも。


〔シ〕「宗像むなかた先生は生きながらにして『吾輩わがはい昌華まさか(以下略)』に転生されたのだよ。忘れろ。俺たちの知る宗像むなかた先生はもうどこにもいない」

〔三〕「何でそんな事言うんだよ。きっと目が覚めて」


〔シ〕「目が覚めたから学校を辞めた。俺、偶然宗像むなかた先生を見たのよ」

〔三〕「どこで宗像むなかた先生と会ったんだ。話はしたのか。お元気だったか」

〔餌〕「またあんな変な格好で超音波攻撃を」

〔シ〕「続きは【みのちゃんねる】で。ただいま絶賛編集中。チャンネル登録に良いねもよろしくお願いしまーす。メンバーシップは月額六百円でーす」

 それだけ言うと、シャモはグラウンドを一周し始めた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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