9-3 運動嫌いの高校生 運動大好きオジサンと

〔仏〕「まさかビーチサッカーって一チーム五人制とか」

〔多〕「正ー解ー!」

 熊五郎が神奈川県の強豪ビーチサッカーチーム『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』のキャプテンだと知った一同は、冷ややかな目で多良橋たらはしを見た。


〔仏〕「落研残留おちけんざんりゅうメンバーが五人だからビーチサッカーなら数がぴったりだなんて、黒砂糖より甘い考えで見切り発車とか」

〔シ〕「それでわざわざビーチサッカー経験者を呼んだ訳」

 仏像とシャモが、白けた目で多良橋たらはしを見る。


〔多〕「こっちだって考えてないように見えて考えてるの」

〔仏〕「そもそも落語研究会にサッカーをさせようって発想からして無考えだろ。ボタンが最初から掛け違ってんの、まったくもう」

 仏像がひたいを抑えてしゃがみこむ。


〔シ〕「そんないい加減なノリで落研を潰したのかよ。最低」

〔餌〕「そりゃ生きがいを奪われた三元さんげんさんもおかしくなるはずです。ほら見てあれ。『老人と海』状態じゃないですか」

 餌が指さした先では、背を丸めた三元が海を前にじっと座り込んでいた。



※※※



「そこまで運動が嫌いなのか」

「嫌いです」

 ネイビーブルーにはやや淡い海をぼんやりと眺める三元さんげん多良橋たらはしが声を掛けると、三元さんげん抑揚よくようのない声で即答する。


「落語をやるなら、体作りはしっかりした方が良い。演目えんもくによってはかなり体力を使うでしょ」

「グループホームやデイケアセンターで笑ってもらえれば十分だし」

 三元の返答に、多良橋たらはしはしばし黙り込んでから口を開いた。


「俺は、サッカーが好きだよ」

「僕は嫌いです」

 そうか、とつぶやくと、多良橋たらはし三元さんげんの後ろに立ってしばし五月初めの海を見つめた。




※※※



〔シ〕「三元と先生遅いな。『かまちょ』が長引いてんのかな」

〔仏〕「朝から何かおかしいとは思ってたんだよ。落語が出来ないのは、三元さんげんにはきついだろうが」

〔シ〕「このシチュエーションを逆手にとって創作落語の一本でも作って見せるのが、噺家魂はなしかだましいってもんじゃねえの」

 呆れ交じりのため息をついたシャモは、えさ飛島とびしまを見ながら水を飲んだ。


〔シ〕「遠目に見てるとお前ら双子みたいな」

〔餌〕「身長と体重以外全然似てませんよ。飛島君って眼鏡をかけたキューピー人形っぽいじゃないですか。僕はパンダっぽいし」

〔飛〕「それ地味に気にしているのに」

 飛島が分かりやすく落ち込んでいると、多良橋が軽快な足取りで走ってくるのが見えた。


〔多〕「待たせて済まん。これより、熊五郎さんからビーチサッカーのレクチャーを受けてもらう。あれ、熊五郎さんたちは」

〔シ〕「いねえな。そう言えば静かだなと思ったんだよ」

〔餌〕「あっ、あんな所に!」

〔仏〕「あのびっくり人間大集合みたいな場に行くの。絶対嫌だって」

 仏像は多良橋たらはしたてにして熊五郎達を伺った。


〔シ〕「おたくの部長、良くあの一団に向かってカメラを回し続けられるね。俺ら落研が色物だとすれば、放送部は真の変態だと思うわ」

〔飛〕「真面目な部だと思って入ったんですが」

 飛島が困惑を隠しもせずにつぶやいた。


〔多〕「いっそ飛島君も草サッカー同好会に転部しよう。君の大好きな松田松尾君もいるよ」

〔飛〕「松田君がいるのに放送部を選んだ僕の気持ち、分かります」

〔餌〕「飛島君、高校で一皮ずるむけた男になろうよ。ヘイ、メーン、カモーンこっち来いよ」

〔飛〕「お断りします」

 飛島はえさ多良橋たらはしの誘いをきっぱりと断る。



〔仏〕「飛島君を部員にするのは諦めろ。今日は松尾代理だから来てくれただけ」

〔多〕「だったらサッカー部の奴をうちに転部させるか」

〔仏〕「いくらサッカー部が練習できない状態だとしても、俺たち素人のお遊びに付き合うほど落ちるわけねえだろ」

〔多〕「落ちるなんて言うなよ。俺は草サッカー同好会としてビーチサッカーの大会を制する野望を持ってるの」

 他愛も無い話をしながら波打ち際の面々に近づくと、そこでは遠目に見えている以上の事態が進行していた。


〔シ〕「バールのようなものを立ててドリブル練習をするのは分かった。でもなぜ足元に剣山けんざんを置くんだ」

 剣山で気持ちよさそうに足のツボを押していた熊五郎が、そろそろ始めるかと声を掛けてきた。



〈熊五郎さんによるビーチサッカーレクチャー〉



〔熊〕「早速だがポジション決めから始めよう。ポジションの呼び方はゴレイロ(GK)、フィクソ(DF)、アラ(MF)、そしてピヴォ(FW)。君らはどのポジションにきたい」

〔餌〕「サッカーをやりたがってるのは先生一人なんで、いきなり言われても」


〔熊〕「ならばそれぞれの性格と体格次第だな。ピヴォ(FW)は的になれてかつきもの強いタイプ。目立ちたがりだとなお良いな」

〔仏〕「シャモだな」

〔餌〕「ゴレイロ(GK)は体形的に三元さんげんさんとして。フィクソ(DF)は背が高い方が良いだろうから消去法で仏像」

〔シ〕「だったらそこのこじんまりとした二人が自動的にアラ(MF)だ」

〔餌〕「名コンビ誕生」

〔飛〕「僕は今回限りの助っ人ですっ」

 ぎゅっと飛島の腕に手を回したえさに、飛島はいやいやと首を振る。


〔多〕「とりあえずそれでやってみるか」

〔熊〕「分かった。ではあちらに」

 熊五郎が指さした先に、バールのようなものが立てられた一角があった。


〔仏〕「狭い。この中でやるの」

〔熊〕「砂の上でプレーをするんだ。慣れないうちはこのサイズを歩くだけでもバテるぞ。良いか若い衆。模範演武もはんえんぶを見せるからしっかとその目に焼きつけろ」

〔シ〕「模範演武もはんえんぶ?! ビーチサッカーって、ボサノバとかレゲエが掛かってる中で気軽にやる感じじゃなかった」

〔熊〕「ビーチサッカーは砂上の格闘技との異名を持つ。そのつもりで模範演武もはんえんぶを見るが良い」

 シャモたちが困惑している中、見慣れたサッカーボールより少し大き目のボールを持った応援部がピッチに入場していった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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