9‐2 ビーチサッカー、だと?!
第二展望台から引き返した多良橋と仏像を待ち受けていたのは、見るも無残な三元の姿だった。
〔三〕「脾臓が痛え」
ふうふうと脂肪のついた脇腹を抑える三元の顔を、餌が覗き込んでいる。
〔多〕「グラウンドで歩いているのと距離はそんなに変わらんぞ」
〔三〕「飯食って時間が経ってなかったから」
情けなさそうにつぶやく三元に、精密検査を受けた方が良いかもなと多良橋が告げた。
〔三〕「俺どこも悪くないって」
〔多〕「十分おかしいだろ。まだ十七歳よ。身長体重は。去年の体力測定のシャトルランは何回だった」
〔三〕「一五八センチメートル 八九キログラム。シャトルランは二十九回です」
〔多〕「いくら何でもそりゃどういう事だよ。シャトルランが二十九回って七十代の記録だぞ。サボってんじゃねえだろうな」
〔三〕「全力です。足が上がらないんですよ」
がっくりとうなだれながらも立ち上がった三元に構わず、仏像は磯場で半裸を披露する熊五郎に青柳達を呼びに行った。
〔応A〕「ナイスバルク!」
〔応B〕「フロントラットスプレッドからのサイドチェスト。仕上がってるよ!」
〔応A〕「ぴちぴち跳ねっるうう! 釣りたてのイサキかっ」
珍妙な曲に合わせてボディビルダーさながらのポーズを決めていく熊五郎は、完全に自分の世界に没入していた。隣では応援団が熊五郎に向けて謎の呪文を唱えている。
〔仏〕「何この変な曲」
磯場に続く階段の踊り場で、仏像はあっけにとられた。
〔青〕「この曲を知らないなんてかわいそうに」
〔仏〕「知りたくもないわ。それより、そろそろ移動だぞ」
〔青〕「まだ二番が残ってる。後で追いかけるから」
カメラをのぞき込んでいた
仏像が多良橋よろしく両手を天に上げて首を左右に振ると、背後から熊五郎の野太い低音ヴォイスが響いた。
〔熊〕「ヘイ、メーン。カモーンこっち来いよ」
〔仏〕「俺?! いやあっ!」
手の平を上に向けながら、怪しげに手招きをする応援部と熊五郎から逃げ出すと、仏像は息を切らせて階段を駆けあがった。
〔仏〕「矮星、俺は朝からとんでもないものを見ちまったぜ。何で寄りにもよってあいつらを呼んだんだよ」
〔多〕「そりゃ応援部だし」
〔仏〕「あの爺さん何者だよ」
〔多〕「樫村君の爺ちゃんだよ。工務店を経営してる」
〔仏〕「そりゃあの車見りゃ分かるって。何だよあのガタイの良さ。カメラ慣れ。そして妙に甘いバスボイス。あいつ一体何者なんだって」
〔多〕「だから熊ちゃんの店 樫村工務店の」
〔仏〕「もう良い! 矮星出禁な」
セミロングのウェーブヘアを風になびかせてそっぽを向くと、仏像は少し前を行く三元達の元へと駆け出した。
※※※
合宿の目的地であるYMCAに着くと、パンダのリュックを背負った
〔餌〕「中学の合宿ぶりだ」
〔飛〕「部活ですか」
〔餌〕「うん。吹奏楽部でクラリネットのパートリーダーだったんだよね」
〔シ〕「おーい、そこの中学一年生二人、荷下ろし手伝ってくれー」
〔飛〕「高校一年生ですっ」
段ボールを抱えていたシャモが
〔餌〕「おっ、
〔熊〕「Y.M.C.A!」
運転席を降りるなり、熊五郎は声を掛けながら人文字を作って体をほぐす。
〔青〕「熊五郎さん、後でそれ撮影させてください。この
〔多〕「この
荒縄をひょいと手に取って熊五郎に近寄る放送部長の
〔多〕「
〔シ〕「何という
シャモの一言に一同がうなずいた。
〈海岸にて〉
〔多〕「まずは砂浜ラン。次に綱引きトレーニングをしよう」
〔熊〕「綱引きで俺に勝てるかな」
力こぶを見せつけながら熊五郎が不敵に笑う。
〔餌〕「すっごいムキムキっ。熊五郎さんっておいくつなんですか」
〔熊〕「今年で
〔多〕「数えで七十七歳ですか。僕も見習わないとなあ。いやあお若い」
〔熊〕「今でもバキバキ現役の大工だ。若いモンには負けんよ。さあ、若い衆。俺についてこれるかな」
いうなり海水を含んだ重い砂浜をものともせず、熊五郎は半世紀前の青春ドラマよろしく走り出す。
〔多〕「自分のペースを守れ。足腰を鍛えるメニューだぞ」
運動不足の落研メンバーがふうふう言いながら走り切ると、荒縄が海岸に横たえられた。
〔多〕「次は綱引き。中心の目印がこのラインからどちらかに出た時点で、フラッグを上げろ」
よっこらしょういちと言いながら砂浜に降りてきた
〔シ〕「オイ誰が
〔餌〕「ここはワールドジュニアチャンプが行くしかない」
〔仏〕「何で俺?! 絶対嫌。すごく
〔飛〕「僕行きますっ」
先頭を押し付け合う落研メンバーをかき分けるように、松尾代理の飛島が勢いよく
〔シ〕「助っ人大丈夫か。熊五郎さんの太ももと助っ人の胴体の太さが一緒だよ」
〔飛〕「松田君ならここで正面切って向き合うはずだから。僕、松田君の代理だもの」
〔熊〕「男に二言はねえぞ、兄ちゃん」
〔飛〕「はいっ、手加減無用!」
〔仏〕「いや、手加減してもらえよ頭脳戦なんだよ。いたいけな子供相手に本気だそうとする自分が恥ずかしいと思わせろって」
〔飛〕「松田松尾君は、そんな
飛島は小さな胸板を張って、熊五郎と向き合った。
〔熊〕「ほらほら早くしやがれってんだ。俺の
〔多〕「|On your mark――. Ready――.Go!《位置について、用意、ドン》」
〔熊〕 【Roar!】
〔仏〕「何で叫び声がアメコミ調なんだよ」
〔多〕「はい熊五郎さんチームの勝ち」
〔多〕「へばるのはまだ早い。この後は
〔熊〕「近頃の若い者は頭ばっかり
〔仏〕「えっ。
ぎょっとした顔を隠そうともしない仏像に、熊五郎がかかっと笑った。
〔多〕「消防団の団長にしてビーチサッカーチームの主将でもある」
〔熊〕「平均年齢七十二歳のいずれ劣らぬ
〔一同〕「ビーチサッカー?」
いつもてんでんばらばらに話している一同が、珍しく声をそろえた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2024/11/23 加筆
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