9‐2 ビーチサッカー、だと?!

 合宿の目的地であるYMCAに着くと、パンダのリュックを背負ったえさが看板を見上げて歓声を上げた。

〔餌〕「中学の合宿ぶりだ」

〔飛〕「部活ですか」

〔餌〕「うん。吹奏楽部でクラリネットのパートリーダーだったんだよね」


〔シ〕「おーい、そこの中学一年生二人、荷下ろし手伝ってくれー」

〔飛〕「高校一年生ですっ」

 段ボールを抱えていたシャモがえさと飛島に呼びかけると、飛島がぷりぷり怒りながら訂正する。



〔餌〕「おっ、熊五郎くまごろうさんたちも到着ですね」

〔熊〕「Y.M.C.A!」

 運転席を降りるなり、熊五郎は声を掛けながら人文字を作って体をほぐす。


〔青〕「熊五郎さん、後でそれ撮影させてください。この荒縄あらなわも存分に活用していただきまして」

〔多〕「この荒縄あらなわはトレーニング用。熊五郎さん用じゃないの」

 荒縄をひょいと手に取って熊五郎に近寄る放送部長の青柳あおやぎに、多良橋たらはしくぎをさす。



〔多〕「三元さんげんは歩いているだけであのへばり具合だからな。少し車で寝て気が向いたら顔を出せとは言ってある」

〔シ〕「何という重役待遇じゅうやくたいぐう

 シャモの一言に一同がうなずいた。



〈海岸にて〉



〔多〕「まずは砂浜ラン。次に綱引きトレーニングをしよう」

〔熊〕「綱引きで俺に勝てるかな」

 力こぶを見せつけながら熊五郎が不敵に笑う。



〔餌〕「すっごいムキムキっ。熊五郎さんっておいくつなんですか」

〔熊〕「今年で喜寿きじゅだよ」

〔多〕「数えで七十七歳ですか。僕も見習わないとなあ。いやあお若い」

〔熊〕「今でもバキバキ現役の大工だ。若いモンには負けんよ。さあ、若い衆。俺についてこれるかな」

 いうなり海水を含んだ重い砂浜をものともせず、熊五郎は半世紀前の青春ドラマよろしく走り出す。


〔多〕「自分のペースを守れ。足腰を鍛えるメニューだぞ」

 運動不足の落研メンバーがふうふう言いながら走り切ると、荒縄が海岸に横たえられた。




〔多〕「次は綱引き。中心の目印がこのラインからどちらかに出た時点で、フラッグを上げろ」

 よっこらしょういちと言いながら砂浜に降りてきた三元さんげんに、多良橋たらはしは黄色いフラッグを渡した。


〔シ〕「オイ誰が熊五郎くまごろうさんと対面すんだよ、俺絶対嫌だぞ」

〔餌〕「ここはワールドジュニアチャンプが行くしかない」

〔仏〕「何で俺?! 絶対嫌。すごく獣臭けだものくさい」

〔飛〕「僕行きますっ」

 先頭を押し付け合う落研メンバーをかき分けるように、松尾代理の飛島が勢いよく熊五郎くまごろうと向かい合った。


〔シ〕「助っ人大丈夫か。熊五郎さんの太ももと助っ人の胴体の太さが一緒だよ」

〔飛〕「松田君ならここで正面切って向き合うはずだから。僕、松田君の代理だもの」

〔熊〕「男に二言はねえぞ、兄ちゃん」

〔飛〕「はいっ、手加減無用!」


〔仏〕「いや、手加減してもらえよ頭脳戦なんだよ。いたいけな子供相手に本気だそうとする自分が恥ずかしいと思わせろって」

〔飛〕「松田松尾君は、そんな卑怯ひきょうな手を使う男じゃないですっ!」

 飛島は小さな胸板を張って、熊五郎と向き合った。


〔熊〕「ほらほら早くしやがれってんだ。俺の上腕二頭筋じょうわんにとうきんが爆発しそうなんだぜ」

〔多〕「|On your mark――. Ready――.Go!《位置について、用意、ドン》」

〔熊〕 【Roar!】


〔仏〕「何で叫び声がアメコミ調なんだよ」

〔多〕「はい熊五郎さんチームの勝ち」

 三元さんげんがフラッグを上げる間もなく、熊五郎くまごろうチームの勝利が確定した。



〔多〕「へばるのはまだ早い。この後は熊五郎くまごろうさん直伝じきでんのプランクだ」

〔熊〕「近頃の若い者は頭ばっかりきたえやがって足腰がなってねえ。俺がきたえ直してやる」

〔仏〕「えっ。熊五郎くまごろうさんがまさかのトレーナーなの」

 ぎょっとした顔を隠そうともしない仏像に、熊五郎がかかっと笑った。


〔多〕「消防団の団長にしてビーチサッカーチームの主将でもある」

〔熊〕「平均年齢七十二歳のいずれ劣らぬつわもの五人。人呼んで瀬谷せや五闘将ごとうしょう。ビーチサッカー神奈川県大会準決勝に勝ち進んだ『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』の主将・樫村熊五郎かしむらくまごろうとはこの俺の事」

〔一同〕「ビーチサッカー?」

 いつもてんでんばらばらに話している一同が、珍しく声をそろえた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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