城ヶ島 マッチョなジジイが 大暴走

9-1 城ヶ島 見知らぬ男が バンで来た


〔シ〕「結構な人だかりだな。まだ朝七時だよな」

〔餌〕「眠っ――」

〔シ〕「お前そうやって見るとまんま小六だな。おいマジ寝かよ」

 ここはゴールデンウィークにわく神奈川県最南端の観光地・城ヶ島じょうがしまの玄関たる三崎口みさきぐち

 パンダのリュックを抱えたえさは改札外のベンチにどっかり座って夢うつつである。


〔飛〕「シャモさんえささんおはようございます」

〔シ〕「おはよ飛島君。松田君の代わりだって」

〔飛〕「はいっ。青柳あおやぎ部長に誘われて」

〔青〕「お早うございます落語研究会改め草サッカー同好会の皆さま」

 後続の電車に乗って来た放送部の飛島と青柳あおやぎが、シャモを認めてあいさつをする。


〔シ〕「松田君代理の飛島君はともかくとして、何で放送部の部長が来るのよ」

〔青〕「多良橋たらはし先生から、家が久里浜くりはまだったら近いじゃねえか顔出せと」

 にやっと笑うと、青柳あおやぎは撮影機材の入ったバックパックをよいせっとかつぎ直した。




〔多〕「Morning! やあやあマーベラスでゴージャスな朝じゃないか」

 キャンピングカーから顔を出した多良橋たらはしが、眠気を隠しきれない男子高校生の群れに声を掛ける。

〔餌〕「おはようございます」

〔シ〕「まだ仏像と三元さんげんが来てないっすよ」

〔多〕「乗っけてきた。狭いから誰か一人助手席乗って」

 放送部の青柳あおやぎが助手席に乗ると、後ろから黄色いバンが着いて来た。



※※※



〔多〕「Hey Guys!おーい野郎ども。到着だ降りろ」

〔シ〕「あれっここ城ヶ島じょうがしまじゃん。あの後合宿はYMCAでするって言ったくせにやっぱり城ヶ島にしたの」

〔餌〕「多良橋たらはし先生は相変わらず行き当たりばったりですね」

〔多〕「良いだろ。YMCAの開門時間まで時間をつぶししたいの」

〔仏〕「だったら集合時間を遅らせろよな」

 ぶうぶうと不平を漏らす部員に構わず、多良橋たらはしは後ろをついてきた黄色いバンに手を振った。

 バンの側面には【熊ちゃんの店 樫村工務店かしむらこうむてん】と大書たいしょされている。




〔多〕「本日のスペシャルゲストの皆様だ。ていねいにごあいさつなさい」 

〔樫〕「先生スピード出し過ぎですよ」

 バンの助手席から降りてきた生徒は、落語研究会の面々には全く見覚えのない人物だった。


〔樫〕「応援部の樫村かしむらです」

〔熊〕「祖父の熊五郎くまごろうです」

 孫に似てガタイの良いゴマ塩頭のじいさんが片手を上げると、続いて二人の男が黄色いワゴン車から降りてきた。

 ひょろりと背の高い天然パーマと、高校生らしからぬ恰幅かっぷくの良い男子。ともに応援部員である。



〔仏〕「何で応援部が来たんだよ。しかもじいさん連れって」

〔三〕「せっかく海に来たんだからのんびり朝寝でもしましょうや」

〔多〕「時間までウォーキングとストレッチな」

 いぶかし気な仏像と無気力な三元さんげんに構わず、多良橋たらはしはスニーカーのひもをきゅっと締めた。



※※※


~~~


『生まれは大阪育ちは京都、この野田一八のだいっぱち城ヶ島の一つや二つ、軽ーくまーるくクルクルっと何周でもこまねずみみたいに周りますよって』

『面白い事言ってくれるじゃん。じゃ、全員分の荷物持ちぐらい楽々じゃん』

『まじ一八いっぱち超受けるじゃん』


~~~


 じゃんじゃん語と演芸用関西弁をあやつる香水臭い一行を背に、仏像と多良橋たらはしは並んで歩く。

〔仏〕「一体何をたくらんでるんだ。YMCAまで予約して応援部に放送部を駆り出して。あんたを入れて十一人。これで一チーム分になるにはなるが」

〔多〕「いいや、それじゃサッカー部と差別化出来ないだろ」

〔仏〕「だったらあいつら何よ」

〔多〕「がっつく男は嫌われるわよん」

〔仏〕「うざっ。冗談でもサブいぼ立つわ」

 シナを作って多良橋たらはしが仏像をけむに巻こうとしていると、不自然な『じゃんじゃん語』が香水臭い風に乗って聞こえてきた。



~~~



〔監〕『ウミウいねえじゃん』

〔女〕『監督うー。ウミウの代わりに一八いっぱちを飛ばせば良いんじゃん。超オモシロい絵が撮れるじゃん』

〔一〕『ウミウは鳥類あたしは人類。どないして飛べ言いますのん』

〔女〕『竹ざお持って走り高跳たかとびみたいに飛べば出来るじゃん。竹の反動で戻ってくればいいじゃん。一八いっぱち、監督のためなら何でもできるって言ってオーディションに受かったんじゃん』


~~~


〔多〕「香水臭い、うるさい、気持ち悪い」

 後ろを歩く一向にギブアップ宣言を出した多良橋を、仏像は展望台てんぼうだい近くのベンチに座らせた。



※※※



 展望台から引き返した多良橋たらはしと仏像を待ち受けていたのは、見るも無残な三元さんげんの姿である。

〔三〕「脾臓ひぞうが痛え」

 情けなさそうにつぶやく三元さんげんに、精密検査せいみつけんさを受けた方が良いかもなと多良橋たらはしが告げた。


〔三〕「俺どこも悪くないって」

〔多〕「十分おかしいだろ。まだ十七歳よ。身長体重は、あと去年のシャトルランの回数」

〔三〕「158㎝ 89㎏ シャトルランは二十九回です」

〔多〕「いくら何でもそりゃどういう事だよ。シャトルランが二十九回って七十代の記録だぞ。サボってんじゃねえだろうな」

〔三〕「全力です。足が上がらないんですよ」

 がっくりとうなだれながらも立ち上がった三元さんげんに構わず、仏像は磯場いそばで熊五郎にカメラを向ける青柳あおやぎを呼びに行った。




 半裸の熊五郎は、完全に自分の世界に没入していた。

〔応A〕「ナイスバルク!」

〔応B〕「フロントラットスプレッドからのサイドチェスト。仕上がってるよ!」

〔応A〕「ぴちぴち跳ねっるうう! 釣りたてのイサキかっ」

 隣では応援団が熊五郎に向けて謎の呪文を唱えている。


〔仏〕「何これ」

〔青〕「この良さが分からないなんてかわいそうに」

〔仏〕「かわいそうじゃねえよ。分かりたくもないわ」

 三脚サンキャクカメラを覗き込んだまま冷静に告げる青柳あおやぎに、そろそろ移動だぞと告げるも。

〔青〕「後で追いかけるから」

 青柳は熊五郎にすっかり夢中になっていた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る