城ヶ島 マッチョなジジイが 大暴走

9-1 城ヶ島 見知らぬ男が バンで来た


〔シ〕「結構な人だかりだな。まだ朝七時だよな」

〔餌〕「眠っ――」

〔シ〕「お前そうやって見るとまんま小六だな。おいマジ寝かよ」

 ここはゴールデンウィークにわく神奈川県最南端の観光地・城ヶ島じょうがしまの玄関たる三崎口みさきぐち

 パンダのリュックを抱えたえさは改札外のベンチにどっかり座って夢うつつである。


〔飛〕「シャモさんえささんおはようございます」

〔シ〕「おはよ飛島君。松田君の代わりだって」

〔飛〕「はいっ。青柳あおやぎ部長に誘われて」

〔青〕「お早うございます落語研究会改め草サッカー同好会の皆さま」

 後続の電車に乗って来た放送部の飛島と青柳あおやぎが、シャモを認めてあいさつをする。


〔シ〕「松田君代理の飛島君はともかくとして、何で放送部の部長が来るのよ」

〔青〕「多良橋たらはし先生から、家が久里浜くりはまだったら近いじゃねえか顔出せと」

 にやっと笑うと、青柳あおやぎは撮影機材の入ったバックパックをよいせっとかつぎ直した。



〔多〕「Morning! やあやあマーベラスでゴージャスな朝じゃないか」

 キャンピングカーから顔を出した多良橋たらはしが、眠気を隠しきれない男子高校生の群れに声を掛ける。

〔餌〕「おはようございます」

〔シ〕「まだ仏像と三元さんげんが来てないっすよ」

〔多〕「乗っけてきた。狭いから誰か一人助手席乗って」

 放送部の青柳あおやぎが助手席に乗ると、後ろから黄色いバンが着いて来た。


〔シ〕「おはよ仏像、三元。お前らずるいよ。車の方が絶対楽じゃん」

〔仏〕「いやそうでもねえ」

〔三〕「結構渋滞に捕まったよな」

 仏像と三元がうんざりしながら互いを見合わせた。


〔餌〕「あれ、おにぎりの匂いだ」

〔三〕「【味の芝浜】特製朝弁当。ばあちゃんと母ちゃんが張り切っちゃって」

〔仏〕「三元って母ちゃんそっくりなのな。びっくりした」

 他愛もない話をしているうちに、キャンピングカーが止まる。


〔多〕「Hey Guys!おーい野郎ども。到着だ」

〔シ〕「あれっここ城ヶ島じょうがしまじゃん。あの後合宿はYMCAでするって言ったくせにやっぱり城ヶ島にしたの」

〔餌〕「多良橋たらはし先生は相変わらず行き当たりばったりですね」

〔多〕「良いだろ。YMCAの開門時間まで時間をつぶししたいの」

〔仏〕「だったら集合時間を遅らせろよな」

 シャモがぶうぶうと口をとがらせる中、多良橋は年に似合わぬ軽快な動作で後部座席に回った。

〔多〕「貴重品は持っていけ。その他の荷物は車に置いて行って良いぞ。それから【味の芝浜】さんの特製朝弁当を一人一個ずつ持ってけ」

〔飛〕「アレ、余ってる」

〔多〕「それは助っ人メンバーの分。信号待ちで引っ掛かったんだろ」

〔シ〕「助っ人メンバー。何それ」

〔三〕「GW中に集めたんだとさ。あ、来た来た」

 三元が指さす先には黄色いバン。【熊ちゃんの店 樫村工務店】と大書されている。その側面には【熊ちゃんの店 樫村工務店かしむらこうむてん】と大書たいしょされている。


〔多〕「本日のスペシャルゲストの皆様だ。ていねいにごあいさつなさい」 

〔樫〕「先生スピード出し過ぎですよ」

 バンの助手席から降りてきた生徒は、落語研究会の面々には全く見覚えのない人物だった。

〔樫〕「応援部の樫村かしむらです」

〔熊〕「祖父の熊五郎くまごろうです」

 孫に似てガタイの良いゴマ塩頭のじいさんが片手を上げると、続いて二人の男が黄色いワゴン車から降りてきた。

 ひょろりと背の高い天然パーマと、高校生らしからぬ恰幅かっぷくの良い男子。ともに応援部員だ。


 城ヶ島公園はまだ午前七時半だと言うのに結構な人出である。

 一週間ほど前に松尾と仏像が写真を撮った灯台にはほど遠いエリアにめいめい座ると、【味の芝浜 特製朝弁当】を広げた。

〔餌〕「あれ、おじいちゃんも同行するんですか。運転係じゃなくて」

〔樫〕「そうですね、祖父が是非参加したいと」

 餌の問いに、樫村が明るい声で答える隣で応援部員の様子は穏やかではない。

〔応A〕「おい、何でお前が弁当を食べているんだ。お前は弁当の包み紙食ってろ」

〔応B〕「お前こそコケ食ってろ」

 応援部らしく実に張りのある大声でやり合うものだから、家族連れ達がぎょっとした顔をしながら一同をちらりと見る。


〔多〕「飯を食ったら七時五十分からウォーキングとストレッチな」

〔三〕「ええーっ、せっかく海に来たんだからのんびり朝寝でもしましょうや」

 弁当を空にした三元が、めんどくせーと言いながらごろりと横になった。

 無気力な三元さんげんに構わず、多良橋たらはしはスニーカーのひもをきゅっと締めて早くもウォーキング態勢だ。


※※※


『しかし城ヶ島っつう所はホンマにええとこですなー。こないな絶景は大阪にはおまへんがな。さすが監督、お目が高いわあ』

 演芸用関西弁とでも言えそうな口調の男が、応援部の面々にも負けない良く通る大声で話すのが聞こえてくる。


『じゃん? こんな絶景は大阪にはないじゃん? やっぱり大阪より神奈川がいいじゃん? 時代は神奈川じゃん? 城ヶ島最高じゃん? お前一人で俺らが戻ってくるまで、ここで荷物番してくれても良いじゃん?』


『一八ぼっちじゃん』

 監督と呼ばれる男の口調もキャバクラ嬢的な女達の服装も、まったくもって晴天の朝にそぐわない。

 高いびきをかいていたはずの三元が、たまらずもぞもぞと起きだした。


〔一〕『生まれは大阪育ちは京都、この野田一八城ヶ島の一つや二つ、軽ーくまーるくクルクルっと何周でもこまねずみみたいに周りますよって』

〔監〕『面白い事言ってくれるじゃん。じゃ、全員分の荷物持ちぐらい楽々じゃん』

〔女〕『まじ一八超受けるじゃん』

 『監督』とキャバクラ嬢的な女性たちの荷物をハンガーラックのように掛けられた野田一八氏は、ミノムシが移動するように『じゃんじゃん』とうるさい御一行様の後をふらふらしながら歩き去る。


※※※


 じゃんじゃん語と演芸用関西弁をあやつる香水臭い一行を遠目に見つつ、仏像と多良橋たらはしは並んで歩く。

〔仏〕「一体何をたくらんでるんだ。YMCAまで予約して応援部に放送部を駆り出して。あんたを入れて十一人。これで一チーム分になるにはなるが」

〔多〕「いいや、それじゃサッカー部と差別化出来ないだろ」

〔仏〕「だったらあいつら何よ」

〔多〕「がっつく男は嫌われるわよん」

〔仏〕「うざっ。冗談でもサブいぼ立つわ」

 シナを作って多良橋たらはしが仏像をけむに巻こうとしていると、不自然な『じゃんじゃん語』が香水臭い風に乗って聞こえてきた。


〔監〕『なあ一八、お前俺のためなら何でもできるって言ったじゃん』

〔一〕『そりゃもちろん監督のためなら、例え火の中水の中飛び込みますよって』

〔女A〕『一八口ほどにも無いじゃん。ヘタレじゃん 」

 演芸用関西弁とでも言うべき不自然な言葉で、ミノムシと化した一八いっぱちがベンチにへたり込んだ。


〔監〕『ウミウいねえじゃん』

 ウミウの名所として知られるスポットにたどり着いた監督は、明らかに落ち込んだ様子である。

〔女B〕『ねえねえ一八。何でも出来るんだったらウミウの代わりに飛べば良いじゃん』

〔監〕『天才じゃん。一八がウミウの代わりに飛べば解決じゃん』

〔一〕『ウミウは鳥類あたしは人類。どないして飛べ言いますのん』

〔女A〕『監督の為なら何でもするって言ったじゃん』

〔一〕『飛べたらそらもう人類ちゃいますやん』

 監督の取り巻きの女達に詰められた一八は、こわばった笑みを浮かべる。


〔女C〕『竹ざお持って走り高跳びみたいに飛べば出来るじゃん。竹の反動で戻ってくればいいじゃん』

〔一〕『冗談きっついわー』

〔監〕『ウレタンマットを下に置けば大丈夫じゃん』

〔一〕『まさか本気ですのん。ノースタント!? それはいくらなんでも堪忍してもらえまへんやろか』

〔女A〕『一八の名前が売れる機会じゃん』

〔一〕『あそこから落ちたら訃報欄で名前が売れる奴やないですか。監督も冗談きっついわあ。え、え、竹ざお。なんで竹ざおががここに? これ全部仕込み? きっついわあ」

〔監〕「一八今最高に輝いてるじゃん。イケてるじゃん。このままウミウの代わりにユーキャンフライじゃん。大阪民なら出来るじゃん」

〔女ABC〕「大阪民! 大阪民! ウミウの代わりにユーキャンフライ(三々七拍子のハンドクラップ付き×四)」


〔一〕「済みませんすみません嘘つきました実は吉田村出身の島根民です大阪民って見栄張りました都会に憧れただけなんです許して下さいお願いします皆さんそげなきょーとい事(そんな恐ろしい事)言わんで、あああー(゚Д゚;)」


〔女ABC〕「じゃん、じゃん、じゃんじゃんじゃんじゃん! 野田一八! 野田一八! ウミウの代わりにユーキャンフライ!(三々七拍子のハンドクラップ付き×八)」

 キャバクラチックなコールに見送られ、無言の監督に首根っこを掴まれた野田一八氏の声が遠のいていった。


〔仏〕「俺は何も見なかった。見なかったんだ」

 野田一八氏の名前がニュースと訃報欄で売れる事の無いよう願いつつ、仏像は多良橋を引きつれて元来た道を引き返した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※2024/11/23 加筆

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