8-2 男二人、三崎口へと逃避行?(ウミウのいない崖 から改題)
〔仏〕「ほら本当に『ページヤ』があるだろ」
特急から降ろされてご機嫌斜めな松尾を『ページヤ』のチョコカスターいちご味で釣った仏像は、
〔松〕「何で『ページヤ』が神奈川にあるの。群馬を離れてたった一か月強なのにすでに懐かしい」
「チョコカスターいちご味以外に何か買ってくか」
「牛三種メガ盛り弁当」
「ここは
「ぎゅうさんしゅ! めがもりべんとう!」
強情な松尾の提案に、仏像は牛三種メガ盛り弁当を二つ取る。
「ゴーさん、チョコカスターいちご味は期間限定でした」
ベーカリーコーナーでしょんぼりと肩を落とす松尾にごめんなと言うと、仏像はチョコカスターバナナ味といちごアイスを二つずつ買い物かごに入れた。
テラス席に腰掛けてチョコカスターバナナ味にいちごアイスを広げていると、大きな鳥が松尾の頭上ぎりぎりをかすめる。
とんびの襲撃に備えつつチョコカスターバナナ味を食べきった二人は、いちごアイスをトンビから守るように手元に抱えた。
「油断もすきもねえな。道理で地元民は中の狭い席にいるのか」
地元民を見習って狭い席に押し込められながらいちごアイスを食べると、時刻はちょうど十一時を回った所だった。
「ここまで来たからには弁当は
「
「そう。レンタサイクルが借りられるからそれで行こう」
松尾と仏像は電動タイプのレンタサイクルを借りると、早速城ヶ島へとこぎ出したはずが――。
食べ盛りの男子らしく、松尾は『三崎のまぐろ』ののぼりが立つ大通り沿いの食堂に向けてこぎ出した。
「そっちじゃない。城ヶ島はこっち」
仏像の声はトラックの走行音にかき消され、松尾はのぼりの前で仏像を待つ。
【新商品 江戸前の味覚『
「帰りに寄りましょう」
松尾の提案にうなずくと、仏像は松尾の前に出て城ヶ島への道を先導した。
〈城ヶ島〉
城ヶ島の自転車置き場にレンタサイクルを置くと、二人は牛三種メガ盛り弁当をぶら下げて歩き始めた。
「これが太平洋かあ」
「松尾の下宿から毎日見えるだろ」
「アレは横浜港」
「太平洋の一部だし」
「ぐぬぬ」
松尾は部活中よりも目に見えて快活な話しぶりである。
「そう言えば群馬は海無し県だもんな。海水浴には行ったことあるの」
「マイアミぐらいです」
「いきなり海外かよ。松尾も
「松尾『も』? 僕は違いますがゴーさんは
「うん。アメリカ生まれで、小五の時に父親の仕事の都合で日本に移住した」
仏像はごきっと首を鳴らした。
「それで三年生にもタメ口なんですか」
「敬語は使えない訳じゃないけど、ついついタメ口になりがち。特に
「どうして
「『メキシコ湾のスーパーノヴァ』って自己紹介して、生徒から『
平日らしくがらんとした芝生広場に二人は腰を下ろした。
「うおおおおっ。テンション上がる。カルビにハラミに塩タンっ」
牛三種メガ盛り弁当を広げてはしゃぐ松尾の声は、四月の空に良く響く。
男子高校生らしい勢いでぺろりと弁当を食べ終えた二人は、
「
「自撮りしようぜ」
互いのスマホで自撮りを終えた二人がハイキングコースを二人占めしながら歩くと、ウミウの
「ウミウいないですね」
「冬場しかいないらしいぞ。冬に来るか」
「絶対寒すぎる」
ぶるりと首をすくめると、二人はさらに東を目指す。
「これで東西の灯台を
※※※
「GWは実家に帰るって言ったじゃないですか。本当はマイアミに行くんです。これ内緒ですよ」
「ああ、『例の件』か」
「ええ。あの、ゴーさんは本当にスノボを辞めた事を後悔していませんか」
聞きづらそうに、口をもごつかせながら松尾がたずねた。
「全く後悔なんてない。日本に移住した時にスノボをすっぱり辞めなかった俺が浅はかだった。もう飛びたくない」
飛んでいいわけがない。
小さくつぶやいた仏像の声を、松尾は聞かないふりをした。
〈三崎口の食堂にて〉
「漬けまぐろ丼二つに
出がけに松尾が見つけた店に立ち寄ると、総白髪を三角巾で隠した女将さんが大きな漬けまぐろがごろごろと乗った丼と『
「これはちょっと、何と言いましょうか。トッテモ
「片言になるまで頑張るんじゃねえ。残せ残せ」
香辛料の効きすぎた吸い物仕立ての『鱈もどき』は、高校生男子には受けない味らしい。
「ここのご主人、落語ファンなんだな。この人な、
口直しにほうじ茶を一口飲んだ仏像が、
「それで、『鱈もどき』って料理はシャモが文化祭でやった『
「へえ、こんな料理が出て来るんですね」
「
「なるほど。それにしても
「
救いようがねえと言いつつ丼のサービスの吸い物を開けると同時に、がらりと店の入り口が開いた。
「あら
「めばちカマ焼きとシラスおろし、生ビール。メジの漬け。後で金目煮つけ定食」
一日中パチンコ屋に居座っていそうなタバコの匂いが染みついた中年男は、カウンターに座るなり貧乏ゆすりを始める。
「ういいっー。ぷへあー」
熊のような毛むくじゃらの手でジョッキをつかむと一気にビールを
「出ようか」
その様に眉をひそめた仏像が小声で松尾に呼びかけると、松尾は小さくうなずいた。
「漬け丼は良かったんだが」
「おごってもらって言うのも何ですが、あの
「無いわ」
二人は口を
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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