8-1 一並高校サッカー部活動自粛につき。

 臨時休校明けの月曜日。

 暴動後の物々しい空気感が残る中、一並ひとなみ高校へと登校する生徒たちは青空全校集会に出席するためグラウンドへと直進した。


〔仏〕「山下、あの後どうなった。新監督は」

〔山〕「それ所じゃない。あんなにテレビやネットに流されちゃもうお手上げだ」

 仏像がサッカー部の山下に声を掛けるも、最初からあきらめ切ったような表情である。

 大暴動の情報拡散じょうほうかくさんに手を貸したのが、【みのちゃんねる】こと三年生のシャモなのだから余計にたちが悪い。



〔下〕「山下先輩お早うございまっす」

〔山〕「下野しもつけ。お前本当に何にもやってねえだろうな」

 松尾のクラスメイトのサッカー部員である下野しもつけの能天気なあいさつと、山下のくもり顔は対照的だ。


〔下〕「やってないっす。部活休みになったって親に言ったら、弟の学童保育がくどうほいくに代わりに迎えに行けって言われてすぐ帰ったっす。すげーやべー事になってるらしいっすね」

 下野しもつけは、火災の余波で立ち入り禁止になった昇降口しょうこうぐちを指さした。


〔山〕「お前は本当に気楽で良いよな」

〔下〕「あざまっす! あっ、まっつんこっちこっち。おはよー」

 松尾は自分が呼ばれているのだと一瞬分からずにきょろきょろとしていたが、仏像と下野しもつけがそろって手招てまねききしているのに気が付いて、たたたっと駆け寄った。


〔松〕「お早うございます」

〔下〕「まっつんおはーなんよ」

 まっつんなどと呼ばれた事は生まれてこの方無かったし、下野しもつけとは一度昼食を一緒に食べたのみだ。

 戸惑いながらあいさつを返す松尾を引きずるように、下野は『一年』の立て看板向かって駆け出した。



〔山〕「とりあえず今の所処分の対象外になりそうな部員数が、下野しもつけを含めて十五人。ラグビーじゃねえんだよ。シャモの野郎余計な事を」

 リスクをおかして緊急生配信きんきゅうなまはいしんを行ったシャモは、チャンネル登録者数十万人達成と引き換えにサッカー部の恨みを買ったらしい。


〔仏〕「うわさをすればシャモ登場。おいシャモこっち来いよ」

 さすがにバツが悪そうな顔で、仏像に呼ばれたシャモがそろそろと近づいて来た。


〔仏〕「何かサッカー部に言う事ねえ」

〔シ〕「特ダネあざす!」

 ヤケクソ気味に山下に言うと、シャモは『三年』と書かれた立て看板の方に向かおうとした。


〔山〕「『みのちゃんねる』さん。あんたとんでもない事やってくれたんですけど」

〔シ〕「暴れて商店街をめちゃくちゃにした奴らに言えよ。何逆切れしてんの」

 山下に言い捨てるとシャモは今度こそ去っていった。


※※※


 カメラを避ける為には体育館で全校集会をすれば良いのだが、体育館のサッシには投石による大穴がいくつも開いている。

 ずらりと並ぶカメラから身を隠すようにチューリップ帽を被った教頭は、入院中の校長の代わりに話し始めた。


〔教〕「~ゆえに当校サッカー部の全活動を無期限自粛むきげんじしゅくとし、県連盟けんれんめいに報告の上承認しょうにんを得た次第でございます」


〔山〕「おい何も聞いてないぞ」

 仏像の隣に並んでいた山下が思わず声を上げる。


〔教〕「なお、当校草サッカー同好会につきましては、その母体が落語研究会でありまして、当校サッカー部とは全く無関係であります。ゆえに、その活動は継続される事と致します」

〔仏〕「まだやんのかよ」

 仏像が呆れたように天を仰いだ。


※※※ 


〔下〕「全活動自粛ぜんかつどうじしゅくって練習も出来ないって事っすか。そんなのおかしいっすよ」

〔山〕「父兄やOBに相談して、処分を撤回してもらおう。無罪の部員まで練習すらできないのはおかしい」

 全校集会が終わるや否や駆け寄ってきた下野しもつけ達をなだめるように山下は手を叩いた。


〔部A〕「キャプテンのお父さんが弁護士だったはず」

〔部B〕「キャプテンは飲酒写真の中心にいたじゃん」

〔部C〕「使えねえ。他に誰か使えそうな人って」

 彼らを横目にすっくと立ち上がった仏像は、シャモを呼んだ。

 

〔仏〕「なあシャモ。チャンネル登録者数がこの一件のおかげで十万人を突破したんだろ。だったらこいつらの苦境を救える人脈ぐらいはあるだろ」

〔シ〕「まさか全部員対象で無期限に全活動自粛ぜんかつどうじしゅくとはな。よっしゃこの件を取り上げる。無関係の部員に対しての処分が重すぎるって騒ぐ視聴者が続出するだろ」


〔部A〕「マッチポンプでまた稼ぐのか。最低だな」

〔シ〕「俺だって七割を収入から差っ引かれるし色々面倒もあるし。お前ら玉蹴たまけり民が思うほど楽じゃねえよ」

〔部B〕「『みのちゃん』も玉蹴たまけり民デビューしたじゃん」

〔シ〕「好きでなった訳じゃねえ」

 シャモがやさぐれ感たっぷりに、グラウンドにヤンキー座りした。


〈青空全校集会後 『一年』立て看板前〉


〔多〕「松田松尾くーん。ちょっと良いかな」

 多良橋たらはしが松尾に声を掛けた。

 その隣にはいかにも不服そうな顔をした三元さんげんと、にやにやしながらパンダのリュックを背負ったえさの姿。


〔多〕「草サッカー同好会は活動を継続して良いって言われただろ。だからさっそくHR後に昼まで練習するつもりなんだけど。それってマーベラスでしょ」

〔松〕「いや全然」

 多良橋たらはしがウ―ララ―と節をつけて両手を天に向けていると、スマホ経由で呼び出されたらしき仏像とシャモが、苦り切った顔で『一年』の立て看板脇にやって来た。


〔仏〕「何も今日悪目立ちする必要はない。ここで練習したらカメラの餌食えじきになるに決まってるだろ」

〔多〕「『草サッカー同好会』に『スノボの王子様』政木五郎まさきごろうあり。無料で宣伝する絶好の機会だってのに。分からないかな」

〔仏〕「俺の古傷えぐるの止めて」

 冗談とも本気ともつかぬ口調で告げる多良橋たらはしに、仏像は冷え切った声で返す。


〔多〕「本当にもったいないよ。これまでもこれからも、俺はずっと『ゴー君』の大ファンだし。ねえ、自分がどれだけすごいか分かってる」

〔仏〕「止めろって言っているのが聞こえませんか。カメラの放列ほうれつを見ているだけで反吐へどが出るんだよっ」

 仏像はガンっと『一年』の立て看板を蹴ると、まもなく始まるHRの列へと戻っていった。


※※※


 仏像の剣幕けんまくに分かりやすく落ち込んだ多良橋たらはしであったが、三十分もしないうちに『落研用SNS』宛に怪文書かいぶんしょを届けた。


〔シ〕「GW中に草サッカー同好会の強化合宿ってどう言う事だよ。しかも日帰りだって。日帰り入院じゃねえんだぞ」

〔仏〕「場所は城ヶ島じょうがしま。たった五人でどうやってサッカー合宿する気だ」

 下校の人並みに紛れて歩きながら、シャモと仏像が多良橋たらはしの怪文書にため息をつく。


〔三〕「俺は日程的にはどこでも大丈夫だけど、何で城ヶ島じょうがしま。不便すぎる」

〔仏〕「俺は行く気なし。矮星わいせいの機嫌を損ねた所で関係ねえ」

〔餌〕「ええーっ、仏像行かないの」

 仏像はにやつくえさから視線をふいとそむけると、どうすると松尾にたずねた。


〔松〕「僕は群馬に帰りますから無理ですね」

〔餌〕「仏像も松田君もいないなら、僕も行かない」

〔三〕「そうしたら俺とシャモだけじゃん」

〔シ〕「俺と三元さんげんしか来なかった時の顔を見てみたいような」

 がやがやと話しながら駅にたどり着くと、待ってましたとばかりに特急電車がすべり込む。


〔仏〕「じゃあな、三元さんげん。柔軟しろよ。あっ、やべえ忘れ物した!」

 特急の発車アナウンスにあらがうように、仏像は松尾の手を取って電車を降りた。

〔シ〕「まじでか……」

 閉まったドア越しにシャモは仏像と松尾を茫然と見た。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

(2024/7/12 加筆修正)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る